第三十六話 十二隻
港へ着いた瞬間。
桐生は足を止めた。
「……多いな」
夜の海に、灯りが並んでいる。
一隻。
二隻。
その奥にも。
十二隻の大型商船が、沖を埋め尽くしていた。
港では鐘が鳴り続けている。
「荷役を起こせ!」
「倉庫を空けろ!」
「三番桟橋は塩が残ってるぞ!」
怒号。
荷車。
松明。
眠っていた港町が、一気に目を覚ましていた。
「すげぇな」
ガイルが素直に呟く。
「喜んでる場合じゃありません」
リディアが港を見回す。
「十二隻なんて、今のアストラでは捌けません」
「え?」
「桟橋が足りない。倉庫も足りない。荷役も足りない」
「じゃあ断るのか?」
「それはもっと駄目です」
「どっちだよ」
「だから困ってるんです!」
その時。
「領主はどこだ!」
船から大柄な男が降りてきた。
日に焼けた肌。
派手な赤い外套。
後ろには数人の商人。
「私です」
エレノアが前へ出る。
男は一瞬驚いたが、すぐに頭を下げた。
「失礼。南方商業連合のダリオだ」
「アストラ港なら三日で王都へ荷を送れると聞いた」
「三日?」
桐生が反応する。
「誰からです?」
「黒い鳥の連中だ」
全員の視線がカイルへ向いた。
「……俺?」
「お前だよ!」
ガイルが突っ込む。
カイルは少し考えた。
「ああ」
「前に護衛した商人に言ったな」
「この港を使えば、北の大港を回るより早いって」
「十二隻来るとは思わねぇだろ」
「言い方!」
リディアが額を押さえる。
ダリオが眉をひそめた。
「できないのか?」
その一言で空気が変わった。
桐生は港を見る。
十二隻。
全部を一度に入れるのは無理。
だが。
「できます」
リディアが振り返る。
「桐生さん?」
「三日で王都へ届ければいいんですよね?」
「ああ」
「荷物全部?」
「当然だ」
「それは無理です」
「おい!」
「でも」
桐生は船を見る。
「三日以内に、王都へ向けて全部出発させることならできます」
ダリオの目が細くなった。
「違いは?」
「ここから先は船じゃない」
桐生は港の奥。
街道を指差した。
「馬車です」
◇
「無理です」
今度はリディアが即答した。
「馬車が足りません」
港の事務所。
机の上に地図を広げる。
「今すぐ使える荷馬車は二十八台」
「十二隻分を運ぶなら?」
「最低でも百台以上」
「全然足りねぇな」
ガイルが言う。
「船で運べば?」
カイルが首を振る。
「王都へ入る河川は遠回りだ」
「だからこいつらはアストラに来たんだろ」
桐生は地図を見る。
港。
街道。
王都。
そして周辺の村。
「馬車って」
「領内に二十八台しかないんですか?」
「いえ」
エレノアが答える。
「農家や職人が持っているものまで数えれば、もっとあります」
「でも商用ではありません」
「走れば同じです」
「また雑なことを……」
リディアが呆れる。
「集めましょう」
「どうやって?」
桐生は窓を開けた。
港では人が走り回っている。
「金を払います」
◇
翌朝。
城壁に一枚の張り紙が出た。
港にも。
市場にも。
村へ向かう道にも。
荷馬車求む。
王都まで一往復。
通常の運送料の二倍。
「二倍!?」
エレノアが声を上げた。
「そんなに払うんですか?」
「払うのは俺たちじゃありません」
「え?」
桐生はダリオを見る。
「ですよね?」
ダリオが笑った。
「三日で出せるなら払う」
「荷が腐る方が高くつく」
香辛料。
染料。
南方布。
薬草。
特に薬草は時間が経てば価値が落ちる。
高い運賃でも。
早く着く方が得をする。
「でも」
リディアが桐生を見る。
「馬車を集めるだけでは足りません」
「分かってます」
問題は荷役だ。
十二隻から荷を降ろす。
種類ごとに分ける。
馬車へ積む。
王都へ送る。
今の港の人数では間に合わない。
「人も募集します」
「また二倍?」
「それは破産します」
「安心しました」
「一日ごとの日当で」
漁師。
農家。
職人。
仕事の空いている者。
領内中から集める。
ガイルが腕を組んだ。
「そんな簡単に来るか?」
桐生は港の向こうを見る。
「来ますよ」
今のアストラには。
金を稼ぐ場所が少ない。
なら。
仕事を作ればいい。
◇
昼。
「七十二台!」
エレノアが報告書を持って走ってきた。
「もう?」
「農村から次々来ています!」
「あと二十八」
「違います」
リディアが言う。
「全部を同時に運ぶ必要はありません」
桐生が顔を上げる。
「どういうことです?」
「一番価値が落ちやすいものから先に出す」
リディアは積荷一覧を机に広げた。
「薬草」
「次に染料」
「その後に香辛料」
「布は最後」
桐生は少し笑った。
「なるほど」
「何です?」
「いや」
「俺、全部動かすことしか考えてなかったので」
「珍しいですね」
「たまにはあります」
「もっとあってもいいですよ」
「厳しくないですか?」
だが。
それで動き方が変わった。
「薬草から降ろせ!」
「一番桟橋を空けろ!」
「布の船は沖で待機!」
「荷馬車は薬草優先!」
港全体が動き始める。
最初に入港する船を決める。
降ろす順番を決める。
荷馬車を待たせない。
空いた桟橋へ次の船を入れる。
一隻。
また一隻。
滞っていた流れが、少しずつ速くなる。
「おい桐生!」
カイルが船上から叫ぶ。
「三番桟橋、あと半刻で空くぞ!」
「次の船入れてください!」
「了解!」
黒鴎団の小舟が沖へ走る。
海上では彼らが商船を整理する。
陸ではリディアが荷を振り分ける。
ガイルは騎士を率いて街道を確保。
エレノアは村から来た人々の登録と支払いを取りまとめていた。
桐生は一度、手を止めた。
誰か一人が全部やっているわけじゃない。
自分が命令しなくても。
それぞれが判断して動いている。
「桐生さん!」
リディアの声が飛ぶ。
「ぼーっとしない!」
「すみません!」
感動している暇はなかった。
◇
二日目の夕方。
「九隻!」
最後の薬草を積んだ馬車が街道へ出る。
歓声が上がった。
「残り三隻!」
「いけるぞ!」
港の人間たちが沸く。
ダリオも満足そうに笑っていた。
「予想以上だ」
「まだ終わってませんよ」
「分かっている」
ダリオは一枚の紙を差し出した。
「今回の使用料だ」
桐生が受け取る。
数字を見る。
「……金貨百八十枚?」
「桟橋、荷役、保管」
「それに手配料だ」
ガイルが覗き込む。
「おお!」
「待ってください」
桐生は言う。
「ここから人件費が出ます」
「またか!」
「働いた人に払うのは当然でしょう!」
だが。
リディアが帳簿を持ってくる。
「それでも」
指で数字を示した。
「領側に残るのは金貨九十六枚」
九十六枚。
魔石を一つも売らず。
新しく借金もせず。
二日で作った金だ。
「あといくらだ?」
ガイルが聞く。
リディアが帳簿をめくる。
優先使用権。
塩。
港湾収入。
確定している入金。
「税に回せる現金は――」
計算する。
「金貨五百二十一枚」
不足は。
三百十九枚。
期限まで。
あと八日。
「いけるんじゃねぇか?」
ガイルが笑う。
「まだです」
「でも」
エレノアも少し笑っていた。
「見えてきましたね」
「はい」
桐生も頷く。
その時だった。
港の入口から怒鳴り声が響いた。
「止めろ!」
振り返る。
街道から戻ってきた荷馬車。
一台ではない。
三台。
五台。
次々と戻ってくる。
「何で戻ってきた!?」
ガイルが走る。
先頭の御者が馬車から飛び降りた。
「道が塞がれてる!」
「何?」
「王都へ向かう東街道!」
「財務院の兵が検問を張ってる!」
桐生の表情が消えた。
「理由は?」
「密輸品の取り締まりだと!」
「荷物を全部調べる!」
「通行許可が出るまで三日かかるって!」
ダリオの顔色が変わる。
「三日?」
薬草。
染料。
急ぐからこそ。
高い金を払ってアストラへ来た。
「話が違うぞ」
商人たちの空気が変わる。
桐生は街道を見る。
期限を縮めるだけではなかった。
港に客が来ることまで。
潰しにきた。
「グレゴールか」
ガイルが剣へ手をかける。
「検問を斬って通るか?」
「駄目です」
「じゃあどうする!」
桐生は地図を開いた。
東街道。
王都へ向かう最短路。
そこが塞がれた。
「別の道は?」
エレノアが首を振る。
「北は山です」
「南へ戻れば?」
「大きく迂回します」
リディアが答える。
「五日は余計にかかる」
「海は?」
カイルが地図を見る。
「王都へ直接は入れねぇ」
八日。
税。
三百十九枚。
そして今。
商人たちから得た信用まで失いかけている。
桐生は地図を見つめた。
東は塞がれた。
南は遅い。
北は山。
海は王都へ続いていない。
――本当に?
「カイルさん」
「あ?」
「王都まで行けなくていいです」
「何?」
桐生は海岸線を指でなぞる。
アストラから北東。
王都へ向かう街道の途中。
海に最も近づく場所。
「ここ」
「船を着けられませんか?」
カイルが地図を覗き込む。
しばらく黙った。
「港はねぇぞ」
「港じゃなくていい」
「荷物を降ろせればいいです」
「岩場だ」
「小舟なら?」
カイルの口元が上がる。
「……面白ぇこと考えるな」
リディアも地図を見る。
そして気付いた。
「検問の」
「向こう側に出る」
桐生が答える。
道が塞がれたなら。
道を使わなければいい。
カイルが黒鴎団へ向き直った。
「野郎ども!」
「久しぶりに――」
黒い旗が風を受ける。
「海賊らしい航海をするぞ!」
港に歓声が上がった。
だが桐生はまだ知らなかった。
その岩場には。
王都が東街道を封鎖した、本当の理由が待っていた。




