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第三十四話 十三日で金を作れ

「残り十三日」


 執務室の黒板に、桐生は大きく書いた。


 その下に。


 不足 金貨八百四十枚。


「……改めて見ると嫌な数字だな」


 ガイルが腕を組む。


「魔石を売れば一発じゃねぇのか?」


「売りません」


「なんでだよ!」


「昨日話したでしょう」


 鉱床の規模すら分かっていない。


 価格も分からない。


 権利関係も固まっていない。


 そんな状態で原石を売り始めれば、アストラが魔石を持っていると宣伝するだけだ。


「それに」


 桐生は机の上の魔石を摘まんだ。


「困った時にこれを売ればいい、となったら終わりです」


「何が?」


「考えなくなる」


 ガイルが露骨に嫌そうな顔をする。


「お前、たまに金に厳しすぎないか?」


「金がない領地で金に甘くしてどうするんです」


「それはそうだが……」


「桐生さん」


 リディアが帳簿を置いた。


「話を戻しましょう」


 現在使える現金。


 十三日以内に入ってくる予定の金。


 確定している支払い。


 すべてを並べる。


「足りませんね」


「はい」


「塩の売上を前倒しできませんか?」


 エレノアが尋ねる。


「多少なら」


 リディアが答える。


「ですが買い手に値下げを要求されるでしょう」


「港の使用料を上げる?」


「商人が逃げます」


「黒鴎団の護衛料は?」


 カイルが鼻で笑った。


「始めたばかりだぞ。俺たちを餓死させる気か」


「……八百四十枚」


 エレノアが数字を見つめる。


「やっぱり魔石を――」


「方法はあります」


 桐生が言った。


 全員が見る。


「ただ」


「ただ?」


「失敗すると、信用を失います」


 ガイルが顔をしかめた。


「また面倒そうなの出てきたな」


「今回は本当に面倒です」


 桐生は黒板に新しい言葉を書いた。


 十三日後の金を、今日もらう。


「……どういう意味です?」


 エレノアが首を傾げた。


「先に売ります」


「何を?」


「これから作るものを」


◇


 午後。


 港の広場には十数人の商人が集められた。


 リディアが呼んだ者たちだ。


「急に集めて何の話だ?」


「また倉庫か?」


「まさか海賊の次は魔物でも売るのか?」


「それはちょっと見てみたいですね」


 桐生が言うと、リディアに肘で小突かれた。


「話を進めてください」


「はい」


 桐生は商人たちの前に立つ。


「皆さんに売りたいものがあります」


「塩なら買ったぞ」


「塩じゃありません」


「土地か?」


「違います」


「じゃあ何だ」


 桐生は港を指差した。


 荷馬車が行き交っている。


 倉庫では人が荷を運び。


 沖には黒鴎団の船。


 以前とは明らかに景色が変わっていた。


「この港で」


「これから商売する権利です」


 沈黙。


「……権利?」


 一人の商人が眉をひそめる。


「北側に新しい倉庫と荷捌き場を作ります」


「完成後、区画ごとに貸し出す」


「その優先使用権を、今売ります」


 別の商人が笑った。


「まだ建ってもいない倉庫をか?」


「はい」


「火事で資材も燃えたんだろ?」


「半分は」


「完成しなかったら?」


「返金します」


「金がないのに?」


 笑いが起きる。


 当然だ。


 桐生も笑った。


「だから、条件を付けます」


 用意していた紙を広げる。


「十三日以内に税を払えなかった場合」


「優先使用権の代金は全額返済義務として残す」


「さらに完成が期限を超えた場合、最初の三か月は使用料を取りません」


 笑いが止まった。


「逆に今買えば?」


 リディアが尋ねる。


「完成後一年間、通常より安い固定料金で使えます」


 一人の商人が腕を組んだ。


「つまり、お前たちが失敗すれば俺たちが得をする?」


「俺たちが成功しても得します」


「……妙な売り方だな」


「だから買ってください」


「雑だな!」


 今度は本当の笑いが起きた。


 だが。


 誰も帰らない。


 一人の商人が尋ねた。


「黒鴎団の護衛は?」


「別料金です」


「そこは付けろよ!」


 カイルが後ろから怒鳴る。


「俺たちを無料で働かせんな!」


 また笑いが起きた。


 空気が軽くなる。


 その中で。


 最前列の男だけが笑っていなかった。


「俺は買う」


 全員が振り返る。


 塩の取引にも参加していた商人だった。


「本気ですか?」


「ああ」


 男は港を見渡す。


「一か月前なら買わなかった」


「ここには何もなかったからな」


「だが今は違う」


「塩が動いた」


「海賊被害も減った」


「昨日まで海賊だった連中が護衛まで始めた」


 カイルが小声で呟く。


「昨日までって言うなよ……」


「それに」


 商人は桐生を見る。


「北側の土地を王都に取られそうになって、それでも残った」


「だったら賭けてもいい」


 金貨の入った袋が机へ置かれた。


 重い音がした。


「一区画」


 桐生は袋を見る。


 最初の一人。


「ありがとうございます」


「ただし」


 男が笑う。


「完成しなかったら、本当に三か月無料だからな」


「完成させますよ」


「それじゃ俺が損するだろ」


「どっちですか」


 周囲から笑い声が上がる。


「じゃあ俺も一つ」


「俺は二つ欲しい」


「待て。港側の区画はどこだ?」


「先に地図を見せろ!」


 突然、人が動き始めた。


「押すな!」


「順番です!」


 リディアが声を張る。


 桐生は一歩下がった。


 売っているのは、まだ存在しない倉庫。


 正確には。


 未来だ。


 ここなら商売ができる。


 そう思ってもらえなければ、一枚も売れない。


 これは借金とは違う。


 信用を金に変えている。


 そしてその信用は。


 必ず、後から返さなければならない。


◇


 夕方。


「金貨三百二十枚」


 リディアが数え終えた。


「……一日で?」


 エレノアが目を丸くする。


「あと五百二十枚だな!」


 ガイルが喜ぶ。


「待ってください」


「まだ何かあるのかよ」


「この三百二十枚」


 桐生は袋を見た。


「全部使えるわけじゃありません」


「は?」


「倉庫を建てる金も必要です」


 ガイルの顔が絶望に変わる。


「金って増えねぇな……」


「使うからですよ」


「じゃあ使うな!」


「倉庫建ちませんよ」


「くそっ!」


 カイルが腹を抱えて笑っている。


 その時。


 リディアが帳簿を見ながら言った。


「でも桐生さん」


「はい?」


「これ、倉庫だけにする必要あります?」


 桐生が見る。


「どういうことです?」


「商人が欲しがっているのは倉庫そのものじゃない」


「この港で稼げる場所ですよね」


 桐生の目が止まった。


 リディアは地図を広げる。


「なら、もっと売れるものがあります」


 港の一角。


 まだ使われていない場所を指差す。


「店」


「工房」


「船の修理場」


「宿」


「食堂」


 次々と指が動く。


「全部、先に募集したら?」


 ガイルが桐生を見る。


「……お前と同じ顔してきたぞ」


「失礼ですね」


「褒めてませんよ」


 リディアが即答する。


 だが桐生は笑っていた。


 倉庫だけではない。


 港そのもの。


 人が集まるなら。


 必要な商売はいくらでもある。


「やりましょう」


「明日から?」


「いや」


 桐生は窓を見る。


 まだ日が沈み切っていない。


「今日からです」


「おい、もう夕方だぞ」


「十三日しかないので」


 その瞬間。


 外から馬の蹄が聞こえた。


 猛烈な速度で城へ近づいてくる。


「何だ?」


 ガイルが窓へ向かう。


 一騎。


 王都の紋章を付けた騎士だった。


 城門の前で馬から飛び降りる。


 ほどなくして。


 執務室へ、一通の封書が届けられた。


「レオンさんから?」


 エレノアが封を確認する。


「いえ」


 表情が変わった。


「王都財務院……」


 桐生が受け取る。


 封を切った。


 短い文章だった。


 だが。


 最後まで読んだ桐生は、黙った。


「何て書いてある?」


 ガイルが尋ねる。


 桐生は紙を机へ置いた。


 アストラ領に対する徴税期限を変更する。


 ガイルの顔が明るくなる。


「延期か!」


「違います」


 桐生は首を振った。


「三日前倒しです」


 部屋が凍った。


「……は?」


 三十日の期限まで。


 残り十三日だった。


 それが今。


 残り十日。


 そして書面の最後には。


 新しい担当者の名前が記されていた。


 レオンではない。


 アルベルトでもない。


 桐生はその名前を見つめた。


 王国財務卿 グレゴール・クロイツ。


 クロイツ家当主。


 どうやら。


 本当に怒らせるべき相手が――


 ようやく出てきたらしい。

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