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第三十三話 共犯者

「王都を、この領地の共犯者にします」


 レオンは桐生を見つめた。


「……意味を聞いても?」


「魔石の存在を報告します」


「桐生さん?」


 エレノアが驚いて振り返る。


 ガイルも立ち上がった。


「お前、さっきまで隠す話してただろ!」


「隠し続けるのは無理です」


 桐生は魔石を机に置いた。


「アルベルトが知っている。クロイツ家も知っている。二十年前に関わった人間もいる」


「俺たちだけの秘密には、もうできません」


「だから王都へ渡す?」


「違います」


 桐生は首を振った。


「王都にも、儲けてもらうんです」


 レオンの目が細くなった。


「続けてください」


「魔石鉱床の存在を王都へ報告する。ただし、採掘権そのものは渡さない」


「そんな条件を王都が飲むと?」


「飲ませます」


「どうやって?」


 桐生は紙を三枚並べた。


 一枚目に、王都。


 二枚目に、アストラ。


 三枚目に、商人・職人。


「王都が欲しいのは何です?」


「魔石でしょう」


「違います」


 レオンが黙る。


「魔石から得られるものです」


「税収。軍事利用。安定供給」


「原石そのものが欲しいわけじゃない」


 レオンが椅子へ座った。


「なるほど」


「だから、そこを保証する」


 桐生は王都の紙に書き込む。


 一定量の優先供給。


 加工品への課税。


 採掘量の報告。


「その代わり」


 アストラの紙へ書く。


 領主家による採掘権の維持。


 王都による権利保護。


 無許可の買収・採掘の禁止。


「王都自身に、この土地を守らせる」


 ガイルが腕を組んだ。


「そんなうまくいくか?」


「うまくいかせる理由を作ります」


「何だ?」


「王都が一番困る状況です」


 エレノアが首を傾げる。


「一番困る……?」


「奪い合いですよ」


 桐生は地図を広げた。


「魔石が見つかったと公表するだけなら、貴族も商会も集まってくる」


「王都からすれば面倒です」


「誰に権利を与えるか」


「価格をどうするか」


「軍がどれだけ確保するか」


「争いになる」


「だったら最初から」


 桐生はアストラを指差した。


「ここで管理させた方が楽です」


 レオンが小さく笑う。


「王都に仕事を増やさない代わりに、利益だけ渡す」


「言い方」


「違いますか?」


「いいえ」


 レオンは少し楽しそうだった。


「非常に役人が好みそうな提案です」


「でしょう?」


「褒めていません」


◇


「でも」


 エレノアが魔石を見つめる。


「それでは結局、王都に依存することになりませんか?」


 桐生はすぐには答えなかった。


「なります」


「え?」


「最初は」


 エレノアを見る。


「今のアストラには、これを守る力がない」


「そこは認めないといけない」


 騎士団は小さい。


 黒鴎団も三隻。


 金もない。


 魔石鉱床を独占できるほど強くない。


「でも、ずっと守ってもらう必要はない」


「魔石で稼ぐ」


「その金で港を大きくする」


「工房を作る」


「人を呼ぶ」


「船を増やす」


「領地そのものを強くする」


「いつか」


 桐生は地図のアストラを指で叩いた。


「守ってもらわなくても、誰も手を出したくない場所にする」


 ガイルが笑った。


「そっちの方が好きだな」


「俺もだ」


 カイルも頷く。


 レオンだけは黙っていた。


「問題があります」


 やがて口を開く。


「何です?」


「王都へ報告した瞬間、情報は広がる」


「でしょうね」


「財務院だけでも、クロイツ派の人間は少なくありません」


「だから」


 桐生はレオンを見る。


「あなたに頼みたい」


「私に?」


「王都に話を通せる」


「でもクロイツとは敵対している」


「今のところ一番都合がいい」


「信用していないと言っていませんでしたか?」


「今もしてません」


「随分失礼ですね」


「だから契約にするんです」


 レオンが眉を上げた。


◇


 桐生は新しい紙を取り出した。


「魔石の報告は、まずあなた一人にします」


「もう見ていますが」


「正式には、です」


「それで?」


「王都には、鉱床の規模を伏せる」


 レオンの表情が変わった。


「虚偽報告をしろと?」


「違います」


「まだ調査してないから分からない」


「それは事実です」


 レオンが一瞬黙る。


「……続けてください」


「調査団を作る」


「王都側からあなた」


「アストラ側から俺たち」


「魔石の専門家も入れる」


「採掘量を確認してから、正式な契約を結ぶ」


「その間に情報が漏れたら?」


「調査を止める」


「王都への供給も止まる」


 レオンが桐生を見た。


「なるほど」


 情報を守る理由を。


 王都側にも持たせる。


「共犯者、ですか」


「はい」


「嫌な表現ですね」


「でも分かりやすいでしょう」


「否定はしません」


 レオンは紙を手に取った。


「ただし私にも条件があります」


「何でしょう」


「アルベルトを引き渡してください」


 空気が変わった。


 ガイルが眉をひそめる。


「王都へ連れていくのか?」


「彼には答えてもらうことがある」


「クロイツ家と財務院の関係」


「二十年前の件」


「今回の不正」


 桐生は考える。


 アルベルトは敵だった。


 だが今は。


 魔石の危険性を教えたのも彼だ。


「本人に聞きます」


「拒否したら?」


「渡しません」


 レオンの目が鋭くなる。


「犯罪者ですよ」


「それを決めるのは俺じゃない」


「でも」


 桐生はレオンを見る。


「本人の知らないところで、また誰かに人生を決められるのは違うと思う」


 少しの沈黙。


 レオンが息を吐いた。


「あなたは合理的なのか甘いのか、時々分からなくなる」


「よく言われます」


「誰に?」


「今初めて言われました」


「……そうですか」


 カイルが吹き出した。


◇


 翌朝。


 アルベルトは城の一室にいた。


 拘束はされていない。


 ただし扉の外には騎士が二人。


「王都へ?」


「はい」


 桐生が答える。


「レオンさんが連れていきたいそうです」


「断れば?」


「ここに残れます」


 アルベルトが怪訝な顔をする。


「私を憎んでいないのか?」


「かなり迷惑でしたよ」


「資材も燃えましたし」


「ならなぜ」


「あなたを罰することが、俺の仕事じゃないからです」


 アルベルトはしばらく桐生を見る。


「……甘いな」


「かもしれません」


「その甘さで、いつか人が死ぬ」


 桐生は答えなかった。


 あり得る。


 だからこそ、簡単には決められない。


「それに」


 桐生は続ける。


「あなたには、まだ聞きたいことがあります」


「魔石か」


「はい」


「教えると思うか?」


「教えてください」


「随分素直だな」


「知らないので」


 アルベルトが呆れたように笑った。


 そして。


「王都へ行く」


 桐生が顔を上げる。


「いいんですか?」


「クロイツ家は私を切る」


「今回の失敗を全部、私一人の責任にしてな」


 その声には妙な確信があった。


「だったら?」


「先に売る」


 アルベルトが笑った。


 昨日までとは違う笑みだった。


「クロイツ家が隠しているものを、全部な」


◇


 昼。


 レオンの船が港を離れた。


 甲板にはアルベルト。


 二人は最後までこちらを見なかった。


「行っちまったな」


 ガイルが言う。


「ええ」


「信用していいのか?」


「してません」


「じゃあ何で行かせた」


「戻ってくる理由を作ったからです」


「何だ?」


 桐生は答えず、エレノアを見る。


 彼女の手には。


 アルベルトから渡された一枚の紙があった。


 王都にあるクロイツ家の倉庫一覧。


 そして、その一番下。


 赤い印が付けられた場所。


 王都第七倉庫。


 その横には短く書かれている。


 ――地下保管庫あり。


 エレノアが尋ねる。


「ここに何があるんでしょう」


「分かりません」


 桐生は海へ消えていく船を見る。


「でもアルベルトさんは言ってました」


 出航直前。


 彼は桐生に一言だけ残した。


 ――二十年前の帳簿は、まだ終わっていない。


 クロイツ家。


 魔石。


 飢饉。


 そして先代領主。


 まだ何かが残っている。


 だが。


「まずは」


 桐生は城へ振り返った。


「こっちを片付けましょう」


「何を?」


「税金です」


 ガイルが固まった。


「あ」


「忘れてました?」


「……ちょっとだけ」


「俺もです」


 三十日の期限まで。


 残り十三日。


 魔石という宝を見つけた。


 だがまだ、一枚も売っていない。


 そしてアストラには――


 相変わらず、金がなかった。

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