第三十二話 宝の値段
「この領地は、一度滅びかけた」
アルベルトの言葉に、ガイルの笑みが消えた。
「どういう意味だ」
「そのままだ」
アルベルトは瓦礫にもたれたまま、足元の魔石を見る。
「二十年前、最初にこれを見つけたのはクロイツ商会だった」
「待ってください」
桐生が遮る。
「ここはアストラ領です。なぜクロイツ商会が?」
「当時、この一帯は鉱山として貸し出されていた」
「領主家の借金と関係が?」
「そうだ」
金貨三千枚。
北部港湾用地を担保にした、あの契約。
桐生の中で線が繋がる。
「金を貸して、調査権を得た」
「そして魔石を見つけた」
アルベルトが頷いた。
「だが問題が起きた」
「何です?」
「採れすぎた」
一瞬、意味が分からなかった。
カイルが眉を寄せる。
「いいことじゃねぇか」
「普通ならな」
アルベルトは小さな魔石を拾った。
「魔石は王国中で使われている」
「灯り。暖房。工房。そして軍事」
「産出量が限られているから高い」
桐生は理解した。
「大量に出回れば、値段が下がる」
「それだけではない」
アルベルトが魔石を投げる。
桐生が受け取った。
小さい。
こんな石一つが金貨より高い。
「魔石を持つ者は力を持つ」
「大量に持てば?」
エレノアが尋ねる。
「軍を動かせる」
空気が変わった。
「だから王都は欲しがる?」
「王都だけではない」
「貴族、商会、軍、隣国」
「存在を知れば全員が来る」
アルベルトは周囲を見渡した。
「こんな小さな領地に、それを守れると思うか?」
誰も答えない。
港を守るだけでも黒鴎団の力を借りた。
魔石鉱山ともなれば話が違う。
「だから隠したんですか」
桐生が聞く。
「クロイツ家が?」
「……違う」
アルベルトが答える。
「エドワード・アストラだ」
エレノアが息を呑んだ。
◇
二十年前。
飢饉の最中。
先代領主エドワードは、クロイツ商会の倉庫から小麦を持ち出した。
その裏で。
クロイツ商会はアストラ領で魔石鉱床を発見していた。
「エドワードは取引を持ちかけた」
「取引?」
「魔石の存在を公表しない代わりに、飢饉の件も表に出さない」
カイルが鼻で笑う。
「互いに弱みを握ったわけか」
「そうだ」
「でも」
エレノアが首を振る。
「それなら、どうして父は借金まで背負ったまま……」
「守るためだ」
「何を?」
「鉱山を掘らせないために」
アルベルトは北を指差す。
「借金が残り、権利関係が曖昧なら、大規模開発はできない」
「クロイツ家も勝手には掘れない」
「アストラ家も掘らない」
奇妙な均衡。
二十年間。
それで魔石は地中に眠り続けた。
「でも俺たちが倉庫を建てようとした」
桐生が呟く。
「均衡を壊したんですね」
「そういうことだ」
アルベルトが桐生を見る。
「お前が余計なことを始めた」
「俺のせいみたいに言わないでください」
「半分はお前のせいだ」
「半分も?」
カイルが吹き出した。
「気にするところそこかよ」
だが桐生の頭は別のところへ動いていた。
「アルベルトさん」
「何だ」
「あなたは魔石をどうするつもりだったんです?」
アルベルトが黙る。
「北側の土地を取り戻して」
「地下の帳簿を消して」
「鉱床も押さえる」
「まさか、また隠すため?」
「……そうだ」
ガイルが目を見開く。
「嘘つけ」
「信じる必要はない」
「じゃあ放火は?」
「私ではない」
「地下へ忍び込ませたのは?」
「帳簿を回収するためだ」
「それを普通、証拠隠滅って言うんですよ」
桐生が言うと、アルベルトは睨んできた。
「では公表するか?」
桐生は黙る。
「王都に報告しろ」
「アストラに巨大な魔石鉱床がありますとな」
「その翌月には王都軍が来る」
「貴族が権利を主張する」
「商人が土地を買い漁る」
「隣国にも情報が漏れる」
「この領地は豊かになる前に食い荒らされる」
桐生は魔石を握った。
宝を見つけた。
なのに使えない。
いや。
本当に?
◇
城へ戻ったのは深夜だった。
アルベルトは騎士団の監視下へ置いた。
逃げない。
本人もそう言った。
執務室。
机の中央には魔石が一つ。
全員がそれを見ている。
「で?」
ガイルが沈黙に耐えられなくなった。
「どうすんだ」
「掘らない」
エレノアが答えた。
「父が守ったものです」
「危険なら、このまま――」
「それも違うと思います」
桐生が言った。
エレノアが見る。
「二十年前は、それが最善だった」
「でも、その結果」
桐生は机に積まれた帳簿を見る。
「この領地は貧しいままです」
道路。
港。
塩田。
税。
すべて金がないことから始まった。
「じゃあ掘るのか?」
「その二択じゃないです」
桐生は紙を一枚置いた。
中央に書く。
魔石。
その周囲に線を伸ばす。
王都。
軍。
商会。
隣国。
職人。
領民。
「価値が高すぎるから狙われる」
「なら」
もう一つ書く。
アストラだけのものにしない。
リディアが眉を上げた。
「どういう意味です?」
「一人占めするから、奪いに来るんです」
「だったら最初から利益を配る」
ガイルが嫌そうな顔をする。
「せっかく見つけたのに?」
「全部取ろうとして全部失うよりいいでしょう」
「誰に配るんです?」
桐生は紙を見る。
「まず王都」
「税として魔石を納める?」
「それもありです」
「次に職人」
「加工技術をここに集める」
「黒鴎団には輸送」
カイルが笑う。
「俺たちまで入ってんのか」
「嫌です?」
「報酬次第だな」
「そして領民には――」
桐生の手が止まった。
金を配る?
違う。
それでは一度で終わる。
鉱山で雇う?
それだけでも弱い。
もっと。
魔石が採れなくなった後にも残るもの。
「……加工」
桐生が呟いた。
「何です?」
「魔石そのものを売るから駄目なんです」
全員を見る。
「ここで加工してから売る」
「何に?」
エレノアが尋ねる。
「分かりません」
「おい!」
「だから職人を呼ぶんです」
桐生は少し笑った。
「魔石を掘る領地じゃない」
「魔石を使って何かを作る領地にする」
原石だけを売れば。
価格は相手が決める。
採り尽くせば終わる。
だが技術が残れば違う。
「港があります」
「船があります」
「塩で商人との繋がりもできた」
「土地もある」
そして。
魔石。
「全部、繋がる」
リディアが地図を見る。
「工房を北側に?」
「はい」
「倉庫だけじゃない」
「工房街を作る」
ガイルが笑った。
「随分でかくなったな」
「最初は小さくですよ」
桐生も笑う。
「失敗したら困るので」
エレノアが魔石を手に取る。
「父は、これを隠した」
「はい」
「私は」
青い光が彼女の瞳に映る。
「使ってみたいです」
桐生は頷いた。
「やりましょう」
その時。
扉が開いた。
「随分楽しそうですね」
レオンだった。
「ノックしてください」
「しました」
「聞こえませんでした」
「でしょうね」
レオンは机の魔石を見る。
表情が変わる。
「……それは?」
誰も答えない。
レオンの視線が桐生へ向く。
「桐生殿」
「はい」
「それは、どこで?」
桐生は少し考えた。
レオンは味方ではない。
そう本人が言った。
そして今。
アストラが持つ最大の秘密を。
王都の財務官が目の前にいる。
桐生は魔石を手に取った。
「レオンさん」
「何でしょう」
「取引しませんか」
レオンの眉が動く。
「内容は?」
桐生は笑った。
「王都を――」
「この領地の共犯者にします」




