第三十一話 魔法は金になる
青白い光が、夜空を染めていた。
「……何だ、あれ」
ガイルが呟く。
北の山。
遠く離れた城からでも見えるほど巨大な光の柱が立っている。
やがて扉が勢いよく開いた。
「頭!」
黒鴎団の男が転がり込む。
「アルベルトが入った屋敷です!」
「突然、屋敷が吹き飛んで……地面に馬鹿でかい魔法陣が!」
エレノアの表情が変わった。
「魔法陣?」
「知ってるんですか?」
桐生が聞く。
「知っているというより……」
エレノアは窓の外を見る。
「魔法はあります。でも、あんなものは見たことがありません」
桐生は少しだけ黙った。
この世界に来てから、魔法という言葉自体は何度か聞いていた。
だが生活の中心にあるわけではない。
火を点ける。
水を少し動かす。
傷の治りを助ける。
使える者も限られている。
便利ではある。
だが、何でもできる力ではない。
少なくとも。
今まではそう聞いていた。
「行きましょう」
「だと思ったよ」
ガイルはもう剣を取っていた。
◇
屋敷へ着いた頃には、光は消えていた。
代わりに。
「……でかいな」
カイルが呟く。
屋敷の半分が消えている。
焼けたわけではない。
石壁が内側から押し潰されたように崩れていた。
その中央。
地面に巨大な円形の紋様が刻まれている。
「触らないでください」
エレノアが止める。
「魔力が残っています」
「分かるんですか?」
「少しだけ」
エレノアが手を近づける。
淡い光が指先に集まった。
桐生が固まる。
「……使えるんですか?」
「本当に少しですよ」
「初めて見ました」
「そうでしたっけ?」
「そうです」
「……言ってませんでした?」
「聞いてません」
こんな状況でなければ、もう少し詳しく聞きたい。
だが。
「桐生!」
ガイルの声が飛んだ。
瓦礫の奥。
一人の男が倒れている。
「アルベルト?」
駆け寄る。
生きている。
意識もあった。
「……来たか」
アルベルトが苦しそうに笑う。
「随分、派手に負けましたね」
「笑えない冗談だ」
「何があったんです?」
アルベルトは答えない。
「老人は?」
その瞬間。
アルベルトの表情が変わった。
「逃げろ」
「え?」
「ここから離れろ!」
地面が光った。
「下がれ!」
ガイルが桐生を突き飛ばす。
直後。
ドンッ!
地面から青白い光が噴き出した。
「うわっ!」
桐生は地面を転がった。
何だ。
何が起きている。
魔法陣の中央から、何かが浮かび上がっていた。
人ではない。
青白い光の塊。
それが少しずつ形を作る。
腕。
脚。
巨大な身体。
「魔導兵……?」
エレノアが呟いた。
「何です、それ」
「昔、戦争で使われたものです」
「こんな大きなものは知りませんけど」
光の巨人が腕を振り上げる。
「散れ!」
ガイルが叫んだ。
巨大な拳が地面へ叩きつけられる。
轟音。
土と石が吹き飛ぶ。
「これは俺の仕事だな!」
ガイルが剣を抜く。
「待ってください!」
「待てるか!」
そのまま突っ込む。
速い。
巨人の拳をかわし、脚へ剣を叩き込む。
ガキン!
「硬ぇ!」
剣が弾かれた。
「頭!」
黒鴎団も武器を構える。
「囲め!」
カイルの号令で男たちが散る。
巨人が次の一撃を放つ。
ガイルが避ける。
カイルたちが背後から斬りつける。
だが。
「効いてねぇぞ!」
傷がない。
桐生は地面に伏せながら巨人を見る。
分からない。
剣も使えない。
魔法も知らない。
こういう時、自分には何もできない。
――本当に?
「エレノアさん!」
「はい!」
「あれ、何で動いてるんです?」
「え?」
「生き物じゃないんでしょう!」
「魔力です!」
「どこから?」
エレノアが魔法陣を見る。
「おそらく、あの術式から……」
「なら!」
桐生は叫んだ。
「本体じゃなくて、そっちを壊してください!」
エレノアの目が見開かれる。
「ガイルさん!」
「聞こえた!」
ガイルが巨人の攻撃を引きつける。
「嬢ちゃん! やれ!」
「でも、どうやって……」
エレノアは魔法陣を見る。
巨大な円。
複雑な線。
その中を光が走っている。
「全部壊す必要あります?」
桐生が叫ぶ。
「一箇所でいい!」
「繋がってるなら、どこか一つ切れば止まる!」
エレノアが息を呑む。
「……やってみます!」
両手を地面へ向ける。
淡い光が集まる。
桐生が初めて見る。
この世界の魔法。
「《水穿》!」
鋭い水流が地面を撃ち抜いた。
魔法陣の線が一つ。
切れる。
巨人の右腕が消えた。
「おお!?」
ガイルが笑う。
「当たりだ!」
「もう一つ!」
エレノアが再び魔法を放つ。
二本目。
三本目。
線が切れるたび、巨人の身体が崩れていく。
「行けぇ!」
ガイルが最後の一撃を叩き込んだ。
青白い巨体が砕け散る。
光の粒が夜空へ舞った。
静寂。
「……終わった?」
桐生が立ち上がる。
「みたいですね」
エレノアは息を切らしていた。
「すごいですね、魔法」
「そこですか?」
「いや、だって初めて見たので」
「今?」
エレノアが呆れたように笑った。
◇
「で」
カイルが倒れたアルベルトを見下ろす。
「何だったんだ、これは」
アルベルトはしばらく黙っていた。
やがて。
「魔石だ」
「魔石?」
「魔力を蓄える石だ」
桐生が瓦礫を見る。
青く光る小さな石が、いくつも散らばっている。
「これが?」
「ああ」
「昔は兵器に使われた」
「今は?」
「採れる場所がほとんどない」
アルベルトが苦しそうに身体を起こす。
「だから価値がある」
桐生の目が止まる。
「価値?」
「金貨より高い」
全員が黙った。
桐生はゆっくり地面を見る。
魔法陣。
散らばった魔石。
そして。
この屋敷。
「ここで採れるんですか?」
アルベルトは答えない。
それだけで十分だった。
「まさか……」
エレノアも気付く。
「北側の土地?」
アルベルトが目を閉じた。
「クロイツ家が欲しかったのは」
桐生が続ける。
「港でも、倉庫でもない」
「地下にある魔石だ」
だから二十年間。
土地の担保を解除しなかった。
だから開発しようとした途端に動いた。
だから地下の記録を消そうとした。
「じゃあ」
ガイルが笑う。
「金の問題、全部解決じゃねぇか!」
「待ってください」
桐生が即座に止めた。
「何だよ!」
「本当に採れる量があるか分からない」
「採掘費用も分からない」
「売れる相手も分からない」
「危険性も分からない」
「でも金貨より高いんだろ?」
「高く売れるものと、儲かるものは別です」
ガイルが露骨に嫌そうな顔をした。
「お前、こういう時だけ夢がねぇな」
「金の話なので」
カイルが吹き出す。
だが桐生は地面を見つめていた。
もし本当に。
大量の魔石が眠っているなら。
これは単に税を払えるという話ではない。
領地そのものを変えられる。
港。
船。
工房。
魔法。
今まで別々だったものが、また繋がるかもしれない。
「……面白い」
「ほら、やっぱり楽しそうじゃねぇか」
ガイルが笑う。
その時。
「勘違いするな」
アルベルトの声がした。
桐生が振り返る。
「何をです?」
「あれを掘れば儲かる?」
アルベルトは笑っていなかった。
「逆だ」
「何が?」
「あの魔石鉱床が見つかったから」
アルベルトはゆっくり桐生を見る。
「二十年前――」
「この領地は、一度滅びかけたんだ」
夜風が吹き抜ける。
桐生は足元の青い石を見る。
突然現れた、莫大な価値。
だがそれは。
宝ではなく――
次の問題だった。




