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第二十四話 裏切り者の使い道

「娘が、人質に取られています」


 ロイドの言葉に、誰もすぐには反応できなかった。


 エレノアがゆっくり椅子へ腰を下ろす。


「三年前から……?」


「はい」


「どうして、私に言ってくれなかったんですか」


 ロイドは俯いた。


「言えば殺すと」


「娘だけではありません。妻も王都にいます」


「私はここで働き続け、領地で起きたことを報告する。それが二人を生かす条件でした」


 ガイルが机を叩いた。


「誰だ!」


「誰に脅されている!」


「それは……」


 ロイドの唇が震える。


 だが名前は出てこない。


「言え!」


「ガイルさん」


 桐生が止めた。


「こいつは俺たちを売ったんだぞ!」


「分かってます」


「なら――」


「でも今欲しいのは怒る相手じゃない」


 桐生はロイドを見る。


「その先にいる人間です」


 ガイルが黙る。


 桐生はロイドの正面へ座った。


「どうやって連絡していたんですか」


「伝書鳥です」


「頻度は?」


「何か動きがあれば、その日のうちに」


「返事は?」


「ほとんどありません」


「指示はどうやって?」


「月に一度、王都から商人が来ます。その者から」


 桐生の目が止まった。


「次はいつです?」


 ロイドが恐る恐る顔を上げる。


「……四日後です」


 桐生は笑った。


 ガイルが嫌な予感を察したような顔をする。


「おい」


「何です?」


「その顔をすると、大抵ろくなことを考えてない」


「失礼ですね」


「何をするつもりだ」


 桐生はロイドへ向き直った。


「いつも通り報告してください」


「……え?」


 ロイドだけではない。


 全員が固まった。


「桐生さん?」


「ただし」


 桐生は紙を一枚取り出した。


「今日から、送る内容は俺が決めます」



「正気か?」


 ガイルはまだ納得していなかった。


 ロイドを別室へ移したあとも、険しい顔で桐生を睨んでいる。


「内通者を捕まえたんだぞ」


「はい」


「普通は牢へ入れる」


「入れたら、相手にバレます」


「……あ」


 エレノアが声を漏らした。


「ロイドから連絡が来なくなる」


「そうです」


 桐生は机に地図を広げた。


「向こうはまだ、ロイドさんが捕まったことを知らない」


 リディアが面白そうに椅子へ座る。


「つまり、こちらから相手に情報を渡せる」


「ええ」


「嘘の情報を」


「それだけじゃありません」


 桐生は四日後の日付を丸で囲んだ。


「向こうから人が来る」


 ガイルの目が光った。


「そいつを捕まえるのか」


「まだです」


「またか!」


「一人捕まえても、その上が逃げるでしょう」


「じゃあどうする」


「泳がせます」


 桐生は地図の王都へ指を滑らせた。


「誰のところへ帰るのか見たい」


 部屋が静かになる。


 リディアが小さく笑った。


「随分、悪い顔をするようになりましたね」


「褒め言葉として受け取ります」



 その夜。


 桐生は一人で執務室に残っていた。


 机には三十日の期限までに必要な金額。


 その横には、これまで打った手が並んでいる。


 港。


 塩田。


 北側の土地。


 黒鴎団。


 一つずつ歯車は噛み合ってきた。


 だが、まだ足りない。


「あと十八日……」


 その時。


 扉が開いた。


「まだ起きていたんですか?」


 エレノアだった。


「エレノアさんこそ」


「眠れなくて」


 彼女は桐生の向かいへ座る。


 しばらく沈黙が続いた。


「ロイドのこと」


 エレノアが呟いた。


「私、少しショックでした」


「そうでしょうね」


「父の代から働いてくれていた人です」


「裏切られていたと知った時、最初は怒りました」


 桐生は黙って聞いていた。


「でも、娘さんの話を聞いたら……分からなくなって」


「怒っていいですよ」


 エレノアが顔を上げる。


「事情があっても、やったことまで消えるわけじゃない」


「でも」


 桐生は少し考えた。


「事情を知ってから、どうするか決めればいい」


 エレノアはしばらく桐生を見ていた。


「桐生さんは、不思議ですね」


「何がです?」


「すぐに人を信じるように見えるのに」


「全然、信じてない」


「酷い言い方ですね」


 二人とも少し笑った。


「信用するのと、確認しないのは別です」


「ロイドさんにも事情があった。それは信じます」


「でも、言っていることが全部本当かは確認する」


「カイルさんも?」


「もちろん」


「リディアさんも?」


「当然です」


「私も?」


 桐生の動きが止まった。


 エレノアは笑っている。


「どうなんです?」


「……領主に答えづらい質問しないでください」


「ふふっ」


 久しぶりに、エレノアが声を出して笑った。


 だが。


 次の瞬間だった。


 ――ドンッ!


 城全体が揺れた。


「きゃっ!」


 窓の外が赤く光る。


 桐生が立ち上がった。


「何だ!?」


 廊下から怒号が聞こえる。


「火事だ!」


「水を持ってこい!」


「北だ!」


 桐生とエレノアは窓へ走った。


 城下の向こう。


 巨大な炎が夜空へ上がっている。


 場所を見た瞬間、桐生の血の気が引いた。


「まさか……」


 扉が勢いよく開く。


「桐生!」


 ガイルだった。


 鎧を着る暇もなかったのか、剣だけを持っている。


「北側の土地だ!」


 三人は走った。



 現場へ着いた時には、すでに多くの人が集まっていた。


「水!」


「こっちにも!」


「燃え移るぞ!」


 建設資材が燃えている。


 北側の土地へ運び込んでいた木材。


 倉庫建設のために用意したものだった。


 リディアも駆けつけていた。


「桐生さん!」


「被害は?」


「分かりません! でも資材の半分近くが……」


 桐生は炎を見る。


 偶然ではない。


 そう直感した。


「ガイルさん」


「ああ」


 ガイルも同じ顔をしている。


「放火だ」


 その時。


「桐生!」


 カイルの声がした。


 黒鴎団の男たちが何かを引きずってくる。


 一人の男だった。


「こいつが火をつけてるところを見た」


 ガイルが男の胸ぐらを掴む。


「誰に命令された!」


 男は笑った。


「遅い」


「何?」


「もう始まってる」


 桐生の背筋に悪寒が走る。


「何がです?」


 男は燃え上がる資材を見ながら笑った。


「お前たちは、金がないんだろ?」


「……だから?」


「倉庫も建たない」


「税も払えない」


「海賊まで飼い始めた」


 エレノアの顔が強張る。


 男は桐生を見る。


「あと十八日」


 桐生の表情が変わった。


 なぜ知っている。


 税の期限まで。


「誰だ」


 桐生が低い声で聞いた。


「誰があなたを送った」


 男は答えない。


 ただ笑っていた。


 その時。


 港の方向から鐘が鳴った。


 一度。


 二度。


 三度。


 だが警鐘ではない。


 船の入港を知らせる鐘だった。


 夜の港へ、一隻の大型船が入ってくる。


 リディアが目を凝らした。


「……王都の船?」


 帆には王家の紋章。


 その船から、一台の豪華な馬車が降ろされる。


 やがて北側の土地へ向かってきた。


 炎に照らされた道を、馬車がゆっくり進む。


 桐生たちの前で止まった。


 扉が開く。


 降りてきたのは、銀髪の男だった。


 上等な外套。


 胸には王都の紋章。


 男は燃え上がる土地を眺めると、まるで予定通りだと言わんばかりに微笑んだ。


「これはこれは」


「随分と大変なことになっていますね」


 エレノアが警戒する。


「あなたは?」


 男は優雅に一礼した。


「失礼」


「王都財務院、特別監査官」


「アルベルト・クロイツと申します」


 桐生を見る。


「あなたが桐生殿ですね」


「……そうですが」


「お噂はかねがね」


 アルベルトは微笑んだ。


「港を変え」


「塩田を変え」


「海賊まで味方につけたとか」


 桐生の目が細くなる。


 やはり知っている。


 アルベルトは燃える木材を背景に、一枚の書類を取り出した。


「本日より」


「アストラ領の財務を、王都の管理下に置きます」


 エレノアの顔色が変わった。


「どういう意味ですか?」


「そのままの意味です」


 アルベルトは穏やかに答えた。


「領主エレノア様には――」


 一拍置く。


「領地経営から退いていただきます」


 炎が大きく弾けた。


 残り十八日。


 桐生たちの前に。


 初めて明確な『敵』が姿を現した。

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