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第二十三話 誰が見ている

翌朝。


 桐生は城の執務室で、一枚の紙を見つめていた。


 北側新倉庫建設予定地。


 黒鴎団との契約。


 港の改革。


 塩田の取引。


 ガイルが腕を組む。


「王都に全部筒抜け、か」


「全部ではありません」


 桐生は紙を机へ置いた。


「だから厄介なんです」


「どういうことです?」


 エレノアが尋ねる。


「俺たちが話したこと全部が漏れているなら、誰かが会議を盗み聞きしている。でも王都が知っているのは、実行したことばかりです」


 リディアが目を細める。


「誰かが、動きを見て報告している?」


「たぶん」


「なら城の人間を全員調べるか」


 ガイルが立ち上がる。


「待ってください」


「またか」


「今捕まえても、証拠がない」


「じゃあ放っておくのか?」


「逆です」


 桐生は地図を広げた。


「もう一度、漏らします」


 三人が黙った。


「……わざと?」


 エレノアが聞く。


「はい」


 桐生は紙を三枚取り出した。


「違う情報を」



 その日の午後。


 三つの計画が城内を駆け巡った。


 一つ目。


 北側の土地に巨大な造船所を建てる。


 二つ目。


 黒鴎団へ領地の巡回権を与える。


 三つ目。


 王都へ納める税を、塩で現物納付する。


 もちろん。


 全部嘘だった。


 しかも、それぞれ伝えた相手が違う。


「これで何が分かる?」


 ガイルが小声で尋ねる。


「王都がどの情報に反応するかです」


「なるほど」


 ガイルがニヤリとする。


「一番早く動いた情報を知っている奴が怪しい」


「そういうことです」


「でも」


 エレノアが不安そうに二人を見る。


「城の人を疑うんですよね」


 その声には迷いがあった。


 ここで働く者たちは、父の代から領地を支えてきた。


 その中に裏切り者がいる。


 簡単に受け入れられる話ではない。


「エレノアさん」


 桐生は静かに言った。


「まだ誰も裏切り者とは決まってません」


「……え?」


「王都へ情報を送る理由も分からない」


「金かもしれない。脅されているかもしれない。それとも――」


 桐生は言葉を切った。


「本人は、領地のためだと思っているかもしれない」


 エレノアは少し驚いた顔をした。


「捕まえる前に、理由を聞きます」


「その後で決めましょう」


 エレノアはゆっくり頷いた。



 二日後。


 何も起きなかった。


 三日目。


 それでも王都から動きはない。


「失敗じゃないのか?」


 ガイルが欠伸をする。


「三日だぞ」


「そうですね……」


 桐生も少し焦り始めていた。


 三十日の期限は待ってくれない。


 内通者探しだけに時間を使うわけにもいかない。


 その時だった。


「桐生さん!」


 エレノアが勢いよく扉を開けた。


「レオンさんが来ています!」


「レオンが?」


 桐生たちは急いで応接室へ向かった。



 レオンはいつもの無表情で座っていた。


「お忙しそうですね」


「おかげさまで」


「今日は何の用でしょう」


「確認です」


 レオンは一枚の書類を机へ置いた。


「王都から問い合わせが来ました」


 桐生とガイルが目を合わせる。


「内容は?」


「黒鴎団についてです」


 ガイルの表情が変わった。


 二つ目。


 巡回権の情報だ。


「黒鴎団へ、この領地の海上巡回権を与える予定があるのか、と」


 エレノアが息を呑む。


 桐生は黙った。


 この情報を伝えた相手は限られている。


「答えは?」


 レオンが尋ねる。


「ありません」


「では誤報ですね」


「ええ」


 レオンは書類を畳んだ。


 それだけで帰ろうとする。


「レオンさん」


「何でしょう」


「この問い合わせ」


「誰から来たんですか」


 レオンの足が止まった。


「お答えできません」


「でしょうね」


 桐生は笑った。


「では、もう一つ」


「王都はこの情報を、いつ知ったんです?」


 レオンは少しだけ桐生を見る。


「昨日の朝です」


 桐生の笑みが消えた。


 嘘の情報を流した翌朝。


 早すぎる。


「ありがとうございました」


「……何か仕掛けましたね?」


「さあ」


 今度は桐生が答えなかった。


 レオンは一瞬だけ口元を緩め、そのまま部屋を出ていった。



「分かったぞ」


 扉が閉まるなり、ガイルが立ち上がった。


「二つ目を伝えた連中を捕まえる」


「まだです」


「なんでだ!」


「人数が多い」


 黒鴎団の巡回権について伝えたのは、城の文官たちだった。


 全部で十二人。


「十二人全員を尋問するんですか?」


「……面倒だな」


「それに、犯人がその十二人とは限らない」


「どういう意味だ?」


「誰かから聞いた可能性もあります」


 ガイルが頭を掻く。


「じゃあどうする」


 桐生は少し考えた。


 その時。


 廊下の向こうから声が聞こえた。


「失礼します!」


 一人の若い兵士が飛び込んでくる。


「何だ!」


「城門で妙な男を捕まえました!」


「妙な男?」


「はい」


 兵士は戸惑った様子で続ける。


「城から出ようとしていたんですが……」


「荷物の中から、これが」


 机へ置かれたのは、小さな筒だった。


 エレノアが顔を上げる。


 桐生も見覚えがあった。


 鳥の脚に括りつけるための伝書筒。


「中身は?」


「ありません」


「空です」


 ガイルが剣を掴む。


「連れてこい」



 数分後。


 一人の男が連れてこられた。


 桐生はその顔を見て、言葉を失った。


 知らない人間ではなかった。


 港の改革にもいた。


 塩田にもいた。


 黒鴎団が港を守った日も。


 いつも少し離れたところで、黙って働いていた男。


「……あなたでしたか」


 男は俯いたまま答えない。


 エレノアの顔色が変わった。


「ロイド……?」


 男がゆっくり顔を上げる。


「申し訳ありません」


 エレノアの声が震えた。


「どうして?」


 ロイドは唇を噛んだ。


「私は……」


 言葉が続かない。


 ガイルが机を叩く。


「誰に送っていた!」


 ロイドの肩が跳ねる。


「答えろ!」


「ガイルさん」


「止めるな、桐生!」


「聞き方を変えましょう」


 桐生はロイドの前へ椅子を置いた。


 そして座る。


「ロイドさん」


「……はい」


「あなたが情報を送っていた相手は聞きません」


 ロイドが顔を上げた。


 ガイルまで驚いている。


「一つだけ教えてください」


 桐生は静かに尋ねた。


「なぜ、やったんですか」


 長い沈黙。


 やがてロイドの目から、一筋の涙が落ちた。


「……娘がいるんです」


 エレノアの表情が変わる。


「王都に」


 ロイドは震える手を握り締めた。


「三年前から――」


「人質に取られています」


 部屋から、音が消えた。


 桐生は何も言わなかった。


 ようやく内通者を見つけた。


 だが。


 どうやら本当に見つけなければならない敵は――


 その男ではなかった。

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