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第二十一話 黒鴎団、出航

地上へ出た瞬間、潮風と警鐘が桐生たちを襲った。


 カン、カン、カン――。


 港中に鐘が鳴り響いている。


「沖を見ろ!」


 ガイルが叫ぶ。


 水平線の向こう。


 五隻の船が、こちらへ向かっていた。


 先頭の帆には、赤い蛇。


「赤蛇団だ」


 カイルの顔から、先ほどまでの軽さが消える。


「略奪だけが目的の連中だ。港まで来れば、金だけじゃ済まねぇ」


 港では商人たちが荷を放り出して逃げ始めていた。


「船を出せ!」


「荷物は後だ!」


「女子供を城へ!」


 怒号が飛び交う。


 エレノアは青ざめながらも港を見渡した。


「ガイル。騎士団は?」


「陸なら戦える。だが海戦の訓練なんざしてねぇ」


 五隻。


 対して港に停泊する武装船はない。


 桐生はカイルを見る。


「黒鴎団は?」


「三隻だ」


「勝てますか」


「無理だな」


 即答だった。


「赤蛇は数だけじゃねぇ。正面からぶつかれば、こっちも半分は沈む」


「じゃあ逃げるんですか?」


 カイルが桐生を睨む。


「安い挑発だな」


「質問です」


「……チッ」


 カイルは沖を見る。


「逃げるなら今だ。俺たちなら追いつかれねぇ」


 その時。


 港から子供の泣き声が聞こえた。


 商人が荷を捨てる。


 職人たちが家族を逃がしている。


 ヨハンたちが必死に積み上げた塩も、そのままだ。


 カイルはその光景を黙って見ていた。


「カイルさん」


「何だ」


「さっきの話、覚えてますか」


「海を守れってやつか?」


「はい」


「……まさか今からやれって言うんじゃねぇだろうな」


「今やらないで、いつやるんです?」


 カイルが目を見開く。


 そして、笑った。


「本当にイカれてんな、お前」


 黒鴎団の男たちへ振り返る。


「船を出すぞ!」


「頭!」


「相手は五隻ですよ!」


「見りゃ分かる!」


 カイルが怒鳴る。


「ここで逃げたら、あの若造に一生笑われる!」


「理由そこかよ!」


 海賊たちから笑いが起きた。


 空気が変わる。


 さっきまで人を襲おうとしていた男たちが、次々と船へ走っていく。


 エレノアが桐生を見る。


「本当に戦わせるんですか?」


「いいえ」


「え?」


 桐生はカイルを呼び止めた。


「正面からは戦わないでください」


 カイルが振り返る。


「だったらどうする」


「あなた、さっき言いましたよね」


 桐生は沖を指差す。


「この海を一番知っているのは、自分たちだって」


「……ああ」


「だったら海で勝つ必要はない」


「この海に勝ってもらいましょう」


 カイルの目が細くなる。



 数分後。


 古い海図が桟橋に広げられた。


「ここです」


 桐生が港の南側を指差す。


「この辺りだけ、水深が浅い」


 カイルが地図を見る。


「岩礁地帯だ」


「大型船なら?」


「満潮なら通れる。だが今は――」


 カイルが海を見る。


 そして笑った。


「なるほどな」


「赤蛇団は、この港に来たことがありますか?」


「ほとんどない。黒鴎団の縄張りだからな」


「なら知らない」


「たぶんな」


「誘い込めますか」


 カイルの笑みが大きくなる。


「それなら三隻もいらねぇ」



 黒い帆が上がった。


 白い鳥。


 黒鴎団の旗だ。


「出航!」


 カイルの号令で、三隻の船が港を飛び出した。


 港から歓声は上がらない。


 人々にとって彼らは海賊だ。


 むしろ恐怖の目で見送っている。


 黒鴎団は赤蛇団へ向かって一直線に進んだ。


 やがて双方の距離が縮まる。


「頭!」


「向こうが気付きました!」


 赤蛇団の船が進路を変える。


 五隻すべてが黒鴎団へ向かってきた。


「来たぞ!」


 カイルが笑う。


「逃げろ!」


 三隻が一斉に反転した。


 赤蛇団が追う。


 黒鴎団が逃げる。


 港から見ていたガイルが眉をひそめる。


「おい」


「本当に逃げてるぞ」


「それでいいんです」


 桐生は海から目を離さない。


 一隻。


 二隻。


 三隻。


 赤蛇団の船が岩礁地帯へ入っていく。


 黒鴎団は速度を落とさない。


 まるで岩の位置が見えているかのように、船体を左右へ滑らせていく。


 対する赤蛇団も追う。


 その瞬間だった。


 ――ドォン!


 海上に轟音が響いた。


 先頭の船が大きく傾く。


「何だ!?」


 ガイルが叫ぶ。


 船底が岩礁へ乗り上げていた。


 後続船が慌てて舵を切る。


 だが遅い。


 ――ドン!


 二隻目。


 さらに三隻目。


 狭い水路で船同士が進路を塞ぎ始める。


「今だ!」


 遠くでカイルの声が響いた。


 逃げていた三隻が、一斉に反転する。


「行けぇぇぇ!」


 黒鴎団が襲いかかった。


 動けない赤蛇団。


 自由に動く黒鴎団。


 矢が飛び交い、鉤縄が敵船へ食い込む。


 だがカイルたちは船を沈めない。


 帆を切る。


 舵を壊す。


 武器を海へ捨てさせる。


 一隻ずつ、戦う力だけを奪っていく。


「……強い」


 エレノアが呟いた。


「違います」


 桐生は首を振る。


「知ってるんです」


「自分たちが戦う場所を」


 やがて。


 赤蛇の旗が、一つ。


 また一つと降りていった。



 夕暮れ。


 三隻の黒い船が港へ戻ってきた。


 先頭には白い鳥の旗。


 桟橋に立つ人々は静まり返っていた。


 カイルが船から降りる。


 その瞬間。


 一人の少年が走り出した。


「ありがとう!」


 母親が慌てて追いかける。


「こら!」


 だが少年は止まらない。


「船、守ってくれた!」


 カイルが固まった。


 海賊たちも顔を見合わせる。


 やがて。


 誰かが手を叩いた。


 パチ。


 パチ、パチ。


 それが少しずつ広がっていく。


 港を守った海賊たちへ。


 拍手が送られていた。


「……気持ち悪ぃな」


 カイルが頭を掻く。


 桐生は笑った。


「慣れてください」


「これから増えますよ」


「何がだ」


「ありがとうって言われることです」


 カイルは桐生を睨んだ。


 だが、少しだけ笑った。


「まだ仲間になるとは言ってねぇぞ」


「そうでした」


 桐生は手を差し出した。


「じゃあ改めて」


「黒鴎団の船と、この海の知識」


「アストラに貸してもらえませんか」


 カイルは差し出された手を見る。


 後ろには黒鴎団。


 目の前には、自分たちへ拍手を送る港の人々。


 しばらく黙ったあと――


 その手を握った。


「条件がある」


「聞きましょう」


「俺たちは誰の部下にもならねぇ」


「構いません」


「船も旗も俺たちのものだ」


「もちろん」


「稼ぎは?」


「そこは交渉しましょう」


「チッ。そこだけ即答しねぇのか」


「大事なところなので」


 カイルが声を上げて笑った。


「気に入った!」


 黒鴎団から歓声が上がる。


 こうしてアストラは――


 海賊を討伐する代わりに、


 海賊と契約した。


 だが。


 その様子を港から遠く離れた丘の上で見ている者がいた。


 黒い外套の人物は、黒鴎団と桐生をしばらく見つめる。


 そして懐から小さな紙を取り出した。


 そこには、桐生たちしか知らないはずの計画が書かれていた。


 北側新倉庫建設予定地。


 人物は紙を握り潰す。


「……また、報告しなければ」


 その姿は森の中へ消えた。


 桐生たちはまだ知らない。


 敵は海の向こうだけではない。


 すでに――


 領地の中にいる。

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