第十九話 剣では勝てない
「エレノアを囲め!」
ガイルの号令と同時に、騎士たちが動いた。
狭い地下通路。
逃げ道は一つ。
その出口を、黒鴎団が塞いでいる。
「桐生、お前も下がれ!」
ガイルが剣を構えた。
桐生は素直に後ろへ退く。
こういう時まで出しゃばるほど、自分の腕を過信してはいない。
剣なんてまともに握ったことすらないのだ。
黒い外套の男が片手を上げる。
次の瞬間、三人の海賊が飛び出した。
「来い!」
ガイルが真正面から迎え撃つ。
金属音が地下に炸裂した。
一人目の剣を弾き、そのまま柄で顎を打ち抜く。
身体を捻って二人目の斬撃をかわすと、足を払った。
速い。
桐生が目で追うのがやっとだった。
「団長、右!」
「分かってる!」
騎士たちも続く。
狭い通路では人数差が生きない。
前に出られるのはせいぜい三人。
ガイルを先頭にした騎士たちが、黒鴎団を押し返していく。
「すごい……」
エレノアが思わず呟いた。
ガイルが剣を振り抜く。
海賊の剣が宙を舞った。
「次!」
桐生は初めて理解した。
普段は豪快に笑っている男が、なぜ騎士団長なのか。
強い。
圧倒的に。
黒鴎団の男も、それに気付いたらしい。
「なるほど」
男が静かに剣を抜く。
「アストラの狂犬か」
「懐かしい呼び名だな」
ガイルが笑った。
「海賊相手なら、今でも現役だ!」
二人が同時に踏み込んだ。
激しい金属音。
一撃。
二撃。
三撃。
ガイルが押す。
男が受ける。
さらにガイルが踏み込む。
「おらぁ!」
渾身の一撃。
男の剣が弾かれた。
「終わりだ!」
ガイルが剣を振り上げる。
「待ってください!」
桐生の声が響いた。
剣先が、男の首筋で止まった。
「……何だ、桐生」
ガイルの声には明らかな苛立ちがあった。
「あと一歩だぞ」
「殺したら聞けません」
「何をだ」
桐生は帳簿を持ち上げた。
「二十年前のことです」
黒鴎団の男の目が変わった。
やはり知っている。
桐生はその反応を見逃さなかった。
「あなたたちは海賊なんですよね」
「……そうだ」
「なら教えてください」
桐生は帳簿を開く。
「どうして海賊が、飢饉の村に小麦を運んでいるんですか」
男の表情が固まった。
周囲の海賊たちも動きを止める。
ガイルが眉をひそめた。
「どういう意味だ」
「この帳簿には、二十年前の取引が残っています」
桐生はページをめくった。
「小麦、豆、干し肉。」
「飢饉の真っ最中に大量の食料を仕入れている」
「それだけなら転売目的とも考えられる」
「でも、売値がおかしい」
リディアが後を継いだ。
「ほとんど仕入れ値と同じです。輸送費を考えれば赤字でしょうね」
地下に沈黙が広がる。
桐生は男を見る。
「海賊なら、こんな商売はしない」
「むしろ飢饉なら値段を吊り上げればいい」
男は何も答えない。
「あなたたちは本当に、商船を襲っていたんですか」
「桐生」
ガイルの声が低くなる。
「何を言っている」
「分かりません」
桐生は正直に答えた。
「だから聞いているんです」
そして男を見る。
「俺は、あなたたちの話を聞きたい」
しばらく誰も動かなかった。
やがて男が小さく笑った。
「変な奴だな」
「領主の人間が、海賊の話を聞く?」
「必要なら」
「俺たちはお前たちを殺しに来たんだぞ」
「それでもです」
桐生は一歩前へ出た。
「俺は肩書きより、何をしてきたかで判断したい」
「この帳簿を見る限り、少なくとも俺が聞いていた海賊像とは違う」
男はしばらく桐生を見つめていた。
そして、首筋に当てられたガイルの剣を指で押し退ける。
「いいだろう」
ガイルの眉が跳ねた。
「勝手に動くな」
「殺すなら殺せ」
男は構わず続けた。
「だが、その前に一つだけ教えてやる」
男は帳簿を指差した。
「俺たちは商船を襲って海賊になったんじゃない」
「王都に逆らったから、海賊にされたんだ」
エレノアが息を呑む。
「どういうことですか」
「二十年前の飢饉。」
男の声から、先ほどまでの余裕が消えた。
「王都は食料を買い占めた」
「値段が上がるまで倉庫から出さなかった」
リディアの顔が強張る。
「そんな……」
「村じゃ人が死んでいた」
「子供まで泥を食ってた」
男は吐き捨てるように言った。
「だから俺たちの親父たちは、王都の倉庫から食料を奪った」
「そして村へ配った」
ガイルの剣がわずかに下がる。
「それで……海賊に?」
「王都にとっちゃ、自分たちの船を襲った賊だ」
「間違っちゃいない」
男は笑った。
だが、その目は笑っていなかった。
「セイル商会は潰された」
「土地も船も奪われた」
「生き残った連中は海へ逃げた」
「それが黒鴎団だ」
桐生は手元の帳簿を見る。
黒鴎団。
海賊。
犯罪者。
そう呼ばれてきた者たちにも、別の側から見た歴史があった。
「だったら」
桐生が顔を上げる。
「どうして今も海賊を続けているんですか」
男は少し黙った。
「他に何ができる」
その答えだけは、妙に乾いていた。
「船乗りと犯罪者の集まりだ」
「王都じゃ仕事もできない」
「港へ入れば兵に追われる」
「生きるには、奪うしかない」
桐生は男を見つめる。
船を持っている。
航海ができる。
海を知っている。
危険な航路も知っている。
そして、この土地にはこれから荷物が集まる。
一つの考えが頭の中で繋がった。
桐生の表情が変わる。
「だったら。」
「何だ」
「海賊、辞めませんか」
誰も言葉を発しなかった。
ガイルですら、桐生を見て固まっている。
男がゆっくり眉を寄せた。
「……お前、今なんて言った?」
桐生は笑った。
「奪うより稼げる仕事があります」
「あなたたちの船。」
「俺に貸してください」




