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第十八話 海賊の金庫

「金庫……?」


 エレノアが古い地図を覗き込む。


 確かに、北の土地の端に小さな建物が描かれていた。


「財宝でも隠してあるのか?」


 ガイルの声に、リディアが首を振る。


「それなら二十年も放置するでしょうか。黒鴎団が今も存在するなら、とっくに持ち出しているはずです」


「同感です」


 桐生は新旧二枚の地図を重ねた。


 現在の地図では、金庫があった場所には何もない。


 建物そのものが消えていた。


「見に行きましょう」


「今からか?」


「明るくなるまで待ちます」


 桐生は脅迫状を机に置いた。


「相手が何者か分からない以上、わざわざ夜に有利な条件で戦う必要はありません」


 ガイルが満足そうに頷いた。


「それなら話が早い。明日は俺の部下を連れていく」


「お願いします」


「ただし、目立たない人数で」


「なぜだ?」


「本当に見つけたいのは金庫じゃないからです」


 桐生は短剣で刺された脅迫状を見る。


「これを送ってきた人です」



 翌朝。


 桐生たちは十人ほどの騎士を連れ、北の荒れ地へ向かった。


 昨日と変わらない景色だった。


 腰まで伸びた雑草。


 崩れかけた石壁。


 その向こうには青い海が広がっている。


「地図では、この辺りです」


 エレノアが古い地図を確認する。


 しかし、金庫らしき建物はない。


 ガイルが周囲を見回した。


「跡形もないな」


「建物なら、です」


 桐生はしゃがみ込んだ。


 草を掻き分ける。


 地面には不自然なほど大きな石板が埋まっていた。


「ガイルさん」


「おう」


 二人が草を取り除くと、鉄製の取っ手が姿を現した。


「地下か」


 ガイルが笑う。


「海賊らしくなってきたじゃねぇか」


 騎士たちが石板を持ち上げる。


 冷たい空気が地下から吹き上がった。


 暗闇の奥へ、石造りの階段が続いている。


「私も行きます」


 エレノアが言った。


「危険です」


 ガイルが即座に止める。


「私の領地です」


 エレノアは珍しく引かなかった。


「二十年間、何があったのか誰も知らなかった。その責任は、今の領主である私にもあります」


 ガイルは何か言おうとしたが、諦めたように頭を掻く。


「俺から離れるなよ」



 地下は思った以上に広かった。


 ランプの光が石壁を照らす。


 古い木箱。


 腐食した武器。


 酒樽。


 そして奥には、巨大な鉄扉があった。


「これが金庫か」


 扉には黒鴎団と同じ白い鳥が刻まれている。


 ガイルが剣を抜いた。


「下がってろ」


 騎士たちと力を合わせ、錆びた扉をこじ開ける。


 ギィィ――。


 重い音が地下に響いた。


 エレノアがランプを掲げる。


 全員が息を呑んだ。


「……何もない?」


 金貨も宝石もなかった。


 代わりに並んでいたのは、棚いっぱいの紙だった。


「帳簿?」


 リディアが一冊を手に取る。


 保存状態は悪い。


 それでも文字は読める。


「船名、積み荷、金額……取引記録ですね」


 ガイルが露骨に落胆する。


「なんだよ。宝じゃないのか」


 だが桐生は動かなかった。


 棚から一冊を抜き、ページをめくる。


 小麦。


 木材。


 鉄。


 塩。


 普通の取引だ。


 ところが途中から記載が変わった。


 船名の横に、王都の紋章。


 さらに別のページには貴族家の名。


「リディアさん」


「はい」


「二十年前、この辺りでは飢饉がありましたか?」


 リディアは考え込む。


「ありました。大飢饉です。食料価格が何倍にもなって、多くの村が消えたと父から聞いています」


 桐生は帳簿を彼女へ渡した。


「これを」


 リディアが読み進める。


 表情が変わった。


「……小麦?」


「それも大量です」


「でも、おかしい」


 エレノアが帳簿を覗く。


「何がですか?」


「この価格です」


 リディアが指差す。


「当時の相場より、ずっと安い」


 桐生は次の帳簿を開いた。


 同じだった。


 セイル商会は飢饉の最中、大量の食料を運んでいる。


 しかも利益などほとんど出ない価格で。


「海賊が……食料を?」


 エレノアが呟く。


「まだ分かりません」


 桐生は慎重に答えた。


 その時。


「桐生!」


 ガイルの怒声が地下に響いた。


 入口の方向から、金属がぶつかる音がする。


 騎士が転がり込んできた。


「団長!」


「襲撃です!」


「何人だ!」


「分かりません! ですが――」


 その瞬間。


 ヒュンッ。


 一本の矢が暗闇から飛んできた。


 ガイルが剣で叩き落とす。


「エレノアを守れ!」


 騎士たちが一斉に剣を抜いた。


 ランプの向こう。


 階段を塞ぐように、黒い影が次々と現れる。


 その中央から、一人の男が歩いてきた。


 黒い外套。


 腰には湾曲した剣。


 胸には、白い鳥。


「その帳簿から手を離せ」


 低い声が地下に響いた。


 ガイルが桐生たちの前へ立つ。


「黒鴎団か」


 男は答えない。


 代わりに剣を抜いた。


 その後ろで、十数本の刃が一斉に光る。


 桐生は帳簿を握り締めた。


 どうやら二十年前に何があったのか。


 その答えを知る者が――


 向こうからやって来た。

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