第十八話 海賊の金庫
「金庫……?」
エレノアが古い地図を覗き込む。
確かに、北の土地の端に小さな建物が描かれていた。
「財宝でも隠してあるのか?」
ガイルの声に、リディアが首を振る。
「それなら二十年も放置するでしょうか。黒鴎団が今も存在するなら、とっくに持ち出しているはずです」
「同感です」
桐生は新旧二枚の地図を重ねた。
現在の地図では、金庫があった場所には何もない。
建物そのものが消えていた。
「見に行きましょう」
「今からか?」
「明るくなるまで待ちます」
桐生は脅迫状を机に置いた。
「相手が何者か分からない以上、わざわざ夜に有利な条件で戦う必要はありません」
ガイルが満足そうに頷いた。
「それなら話が早い。明日は俺の部下を連れていく」
「お願いします」
「ただし、目立たない人数で」
「なぜだ?」
「本当に見つけたいのは金庫じゃないからです」
桐生は短剣で刺された脅迫状を見る。
「これを送ってきた人です」
◇
翌朝。
桐生たちは十人ほどの騎士を連れ、北の荒れ地へ向かった。
昨日と変わらない景色だった。
腰まで伸びた雑草。
崩れかけた石壁。
その向こうには青い海が広がっている。
「地図では、この辺りです」
エレノアが古い地図を確認する。
しかし、金庫らしき建物はない。
ガイルが周囲を見回した。
「跡形もないな」
「建物なら、です」
桐生はしゃがみ込んだ。
草を掻き分ける。
地面には不自然なほど大きな石板が埋まっていた。
「ガイルさん」
「おう」
二人が草を取り除くと、鉄製の取っ手が姿を現した。
「地下か」
ガイルが笑う。
「海賊らしくなってきたじゃねぇか」
騎士たちが石板を持ち上げる。
冷たい空気が地下から吹き上がった。
暗闇の奥へ、石造りの階段が続いている。
「私も行きます」
エレノアが言った。
「危険です」
ガイルが即座に止める。
「私の領地です」
エレノアは珍しく引かなかった。
「二十年間、何があったのか誰も知らなかった。その責任は、今の領主である私にもあります」
ガイルは何か言おうとしたが、諦めたように頭を掻く。
「俺から離れるなよ」
◇
地下は思った以上に広かった。
ランプの光が石壁を照らす。
古い木箱。
腐食した武器。
酒樽。
そして奥には、巨大な鉄扉があった。
「これが金庫か」
扉には黒鴎団と同じ白い鳥が刻まれている。
ガイルが剣を抜いた。
「下がってろ」
騎士たちと力を合わせ、錆びた扉をこじ開ける。
ギィィ――。
重い音が地下に響いた。
エレノアがランプを掲げる。
全員が息を呑んだ。
「……何もない?」
金貨も宝石もなかった。
代わりに並んでいたのは、棚いっぱいの紙だった。
「帳簿?」
リディアが一冊を手に取る。
保存状態は悪い。
それでも文字は読める。
「船名、積み荷、金額……取引記録ですね」
ガイルが露骨に落胆する。
「なんだよ。宝じゃないのか」
だが桐生は動かなかった。
棚から一冊を抜き、ページをめくる。
小麦。
木材。
鉄。
塩。
普通の取引だ。
ところが途中から記載が変わった。
船名の横に、王都の紋章。
さらに別のページには貴族家の名。
「リディアさん」
「はい」
「二十年前、この辺りでは飢饉がありましたか?」
リディアは考え込む。
「ありました。大飢饉です。食料価格が何倍にもなって、多くの村が消えたと父から聞いています」
桐生は帳簿を彼女へ渡した。
「これを」
リディアが読み進める。
表情が変わった。
「……小麦?」
「それも大量です」
「でも、おかしい」
エレノアが帳簿を覗く。
「何がですか?」
「この価格です」
リディアが指差す。
「当時の相場より、ずっと安い」
桐生は次の帳簿を開いた。
同じだった。
セイル商会は飢饉の最中、大量の食料を運んでいる。
しかも利益などほとんど出ない価格で。
「海賊が……食料を?」
エレノアが呟く。
「まだ分かりません」
桐生は慎重に答えた。
その時。
「桐生!」
ガイルの怒声が地下に響いた。
入口の方向から、金属がぶつかる音がする。
騎士が転がり込んできた。
「団長!」
「襲撃です!」
「何人だ!」
「分かりません! ですが――」
その瞬間。
ヒュンッ。
一本の矢が暗闇から飛んできた。
ガイルが剣で叩き落とす。
「エレノアを守れ!」
騎士たちが一斉に剣を抜いた。
ランプの向こう。
階段を塞ぐように、黒い影が次々と現れる。
その中央から、一人の男が歩いてきた。
黒い外套。
腰には湾曲した剣。
胸には、白い鳥。
「その帳簿から手を離せ」
低い声が地下に響いた。
ガイルが桐生たちの前へ立つ。
「黒鴎団か」
男は答えない。
代わりに剣を抜いた。
その後ろで、十数本の刃が一斉に光る。
桐生は帳簿を握り締めた。
どうやら二十年前に何があったのか。
その答えを知る者が――
向こうからやって来た。




