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第十七話 黒い旗

「海賊だと?」


 ガイルの声が低くなる。


 先ほどまで土地の使い道を話していた空気が、一瞬で消えた。


「リディア。本当に間違いないのか」


「ええ。幼い頃、父に連れられて港へ来た時に何度か見ました。黒地に白い鳥の旗です」


「白い鳥……」


 ガイルが立ち上がった。


「黒鴎団だ」


 エレノアが息を呑む。


「知っているんですか?」


「知っているも何も、この海域で一番厄介な連中だ。商船を襲い、積み荷を奪う。先代の頃には討伐隊も出ている」


 桐生は地図から顔を上げた。


「それが、どうして領地の土地に?」


「分からん」


 ガイルは険しい表情のまま首を振る。


「俺が騎士団に入った頃には、あそこはもう荒れ地だった」


「調べましょう」


 桐生はすぐに立ち上がった。


「今からですか?」


「三十日のうち、一日でも無駄にはできません」



 城の地下書庫には、先代以前の記録が残されていた。


 エレノアがランプを掲げ、ガイルが埃まみれの木箱を引っ張り出す。


「これか?」


「港湾記録……二十年前」


 桐生は箱の中身を机へ広げた。


 船の入港記録。


 土地の使用記録。


 古い契約書。


 その大半は黄ばみ、文字も薄れている。


「ありました!」


 エレノアが一枚の書類を取り出した。


 そこには北側の土地を示す地図と、一つの名前が記されていた。


 ――セイル商会。


「商会?」


 ガイルが眉をひそめる。


「海賊じゃないのか」


 リディアが書類を覗き込む。


「セイル商会……聞いたことがあります」


「昔、この辺りで船を何隻も持っていた商会です。でも二十年ほど前に消えたはずです」


 桐生は契約書を読み進める。


 港湾倉庫。


 船舶修理所。


 船員宿舎。


 土地の使用料も、きちんと支払われている。


「普通の商会ですね」


「表向きはな」


 ガイルが別の記録を投げ出した。


「見ろ」


 王都からの通達だった。


 セイル商会を海賊行為への関与を理由に営業停止。


 資産を没収。


 関係者を追放。


 桐生は二つの書類を並べた。


 商会として活動していた記録。


 海賊として処分された記録。


「黒鴎団はセイル商会だった?」


「あるいは関係があったか、だな」


 ガイルが答える。


 エレノアが不安そうに尋ねた。


「でも、二十年前の話ですよね?」


「だったら今は――」


 コン、コン。


 書庫の扉が鳴った。


 全員が振り返る。


 こんな時間に地下書庫を訪ねる者などいない。


 ガイルが無言で剣へ手を掛けた。


「誰だ」


 返事はない。


 もう一度。


 コン、コン。


 ガイルが扉へ近づき、一気に開けた。


 誰もいなかった。


「……何だ?」


 廊下にも人影はない。


 だが。


「ガイルさん」


 エレノアが扉を指差した。


 一枚の紙が、短剣で突き刺されている。


 ガイルが引き抜こうとする。


「待ってください」


 桐生が止めた。


 紙の中央には、絵が描かれていた。


 黒い海。


 その上を飛ぶ、一羽の白い鳥。


「黒鴎団……」


 リディアの顔が強張る。


 その下には、短い文章があった。


 ――北の土地に触れるな。


 ――次は、船を沈める。


 部屋から音が消えた。


 ガイルは短剣を引き抜き、怒りを露わにする。


「舐めやがって……!」


「すぐ兵を集める。港も封鎖するぞ」


「待ってください」


 桐生が言った。


「何を待つ!」


「海賊が城まで入り込んでるんだぞ!」


「だからです」


 桐生は脅迫状を手に取った。


 妙だった。


 土地を奪われた海賊が怒っている。


 それだけなら分かる。


 だが、二十年間何もなかった土地だ。


 それを使おうとした途端に脅迫状が届いた。


「俺たちがあの土地を調べたのは今日です」


 ガイルの動きが止まる。


「……何?」


「計画を知っているのは、この部屋にいる人間とバルド。それから数人の部下だけです」


 リディアの表情も変わった。


「情報が早すぎる……」


「ええ」


 桐生は脅迫状を裏返した。


 そこには何もない。


 それでも、妙な胸騒ぎがした。


「海賊が怖いのは、俺たちが土地を使うことじゃないのかもしれない」


「では、何を?」


 エレノアが尋ねる。


 桐生は机に広げられた二十年前の地図を見る。


 倉庫。


 修理所。


 宿舎。


 そして、その奥。


 現在の地図には存在しない、小さな建物が一つだけ描かれている。


「……これ」


 桐生が指差した。


「何ですか?」


 誰も答えられない。


 ただ、その建物の横には古い文字で一言だけ記されていた。


 『金庫』


 桐生は地図を見つめた。


「どうやら、あの土地にはまだ何かあるみたいですね」

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