第十七話 黒い旗
「海賊だと?」
ガイルの声が低くなる。
先ほどまで土地の使い道を話していた空気が、一瞬で消えた。
「リディア。本当に間違いないのか」
「ええ。幼い頃、父に連れられて港へ来た時に何度か見ました。黒地に白い鳥の旗です」
「白い鳥……」
ガイルが立ち上がった。
「黒鴎団だ」
エレノアが息を呑む。
「知っているんですか?」
「知っているも何も、この海域で一番厄介な連中だ。商船を襲い、積み荷を奪う。先代の頃には討伐隊も出ている」
桐生は地図から顔を上げた。
「それが、どうして領地の土地に?」
「分からん」
ガイルは険しい表情のまま首を振る。
「俺が騎士団に入った頃には、あそこはもう荒れ地だった」
「調べましょう」
桐生はすぐに立ち上がった。
「今からですか?」
「三十日のうち、一日でも無駄にはできません」
◇
城の地下書庫には、先代以前の記録が残されていた。
エレノアがランプを掲げ、ガイルが埃まみれの木箱を引っ張り出す。
「これか?」
「港湾記録……二十年前」
桐生は箱の中身を机へ広げた。
船の入港記録。
土地の使用記録。
古い契約書。
その大半は黄ばみ、文字も薄れている。
「ありました!」
エレノアが一枚の書類を取り出した。
そこには北側の土地を示す地図と、一つの名前が記されていた。
――セイル商会。
「商会?」
ガイルが眉をひそめる。
「海賊じゃないのか」
リディアが書類を覗き込む。
「セイル商会……聞いたことがあります」
「昔、この辺りで船を何隻も持っていた商会です。でも二十年ほど前に消えたはずです」
桐生は契約書を読み進める。
港湾倉庫。
船舶修理所。
船員宿舎。
土地の使用料も、きちんと支払われている。
「普通の商会ですね」
「表向きはな」
ガイルが別の記録を投げ出した。
「見ろ」
王都からの通達だった。
セイル商会を海賊行為への関与を理由に営業停止。
資産を没収。
関係者を追放。
桐生は二つの書類を並べた。
商会として活動していた記録。
海賊として処分された記録。
「黒鴎団はセイル商会だった?」
「あるいは関係があったか、だな」
ガイルが答える。
エレノアが不安そうに尋ねた。
「でも、二十年前の話ですよね?」
「だったら今は――」
コン、コン。
書庫の扉が鳴った。
全員が振り返る。
こんな時間に地下書庫を訪ねる者などいない。
ガイルが無言で剣へ手を掛けた。
「誰だ」
返事はない。
もう一度。
コン、コン。
ガイルが扉へ近づき、一気に開けた。
誰もいなかった。
「……何だ?」
廊下にも人影はない。
だが。
「ガイルさん」
エレノアが扉を指差した。
一枚の紙が、短剣で突き刺されている。
ガイルが引き抜こうとする。
「待ってください」
桐生が止めた。
紙の中央には、絵が描かれていた。
黒い海。
その上を飛ぶ、一羽の白い鳥。
「黒鴎団……」
リディアの顔が強張る。
その下には、短い文章があった。
――北の土地に触れるな。
――次は、船を沈める。
部屋から音が消えた。
ガイルは短剣を引き抜き、怒りを露わにする。
「舐めやがって……!」
「すぐ兵を集める。港も封鎖するぞ」
「待ってください」
桐生が言った。
「何を待つ!」
「海賊が城まで入り込んでるんだぞ!」
「だからです」
桐生は脅迫状を手に取った。
妙だった。
土地を奪われた海賊が怒っている。
それだけなら分かる。
だが、二十年間何もなかった土地だ。
それを使おうとした途端に脅迫状が届いた。
「俺たちがあの土地を調べたのは今日です」
ガイルの動きが止まる。
「……何?」
「計画を知っているのは、この部屋にいる人間とバルド。それから数人の部下だけです」
リディアの表情も変わった。
「情報が早すぎる……」
「ええ」
桐生は脅迫状を裏返した。
そこには何もない。
それでも、妙な胸騒ぎがした。
「海賊が怖いのは、俺たちが土地を使うことじゃないのかもしれない」
「では、何を?」
エレノアが尋ねる。
桐生は机に広げられた二十年前の地図を見る。
倉庫。
修理所。
宿舎。
そして、その奥。
現在の地図には存在しない、小さな建物が一つだけ描かれている。
「……これ」
桐生が指差した。
「何ですか?」
誰も答えられない。
ただ、その建物の横には古い文字で一言だけ記されていた。
『金庫』
桐生は地図を見つめた。
「どうやら、あの土地にはまだ何かあるみたいですね」




