表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
16/27

第十六話 何もない土地

「未来そのものに、金を出してもらいましょう」


 桐生の言葉に、誰も反応しなかった。


 バルドが地図を覗き込み、眉間に皺を寄せる。


「……荒れ地だぞ?」


「だからいいんです」


「意味が分からん」


「見に行きましょう」


 桐生は地図を丸めて立ち上がった。


「ここで話すより早い」



 港の北側。


 そこには、本当に何もなかった。


 腰まで伸びた雑草。


 ところどころに転がる岩。


 海から吹き付ける風を遮るものすらない。


「見事に何もないな」


 ガイルが呆れたように呟く。


 バルドはさらに露骨だった。


「これに金を出せと?」


「ええ」


「昨日は感心したが、今日は撤回する。お前は馬鹿だ」


 リディアまで苦笑している。


「さすがに私も、今回はバルドさんに賛成です」


 桐生は気にせず歩き出した。


「リディアさん。港の倉庫、足りないと言っていましたよね」


「ええ。以前からです。荷が増えれば、さらに足りなくなります」


「バルドさん。追加の荷馬車を十台呼びましたね」


「ああ」


「どこに置きました?」


「港の外だ。中は混んでいたからな」


 桐生が振り返る。


「じゃあ、ここにあったら?」


 バルドの表情がわずかに変わった。


 桐生は地面に一本の線を引いた。


「港で降ろした荷をここへ運ぶ。塩も木材も、一度ここに集める」


 もう一本。


「王都へ行く荷馬車は、港の中まで入らない。ここで積み替える」


 さらに大きな四角を描く。


「倉庫を建てる」


 リディアがしゃがみ込み、地面の図を見る。


「港の外に……?」


「はい」


「船のための港と、荷物を置く場所を分けるんです」


 バルドが腕を組んだ。


「待て。それなら倉庫を一つ建てればいいだけだろう」


「それじゃ面白くない」


 桐生は即答した。


「ここに商人を集めます」


「……商人?」


「倉庫だけじゃない。荷馬車の修理屋、宿、食堂。商人が荷物を預けて、次の商売へ向かえる場所を作る」


 話しているうちに、桐生自身の声が弾んでいく。


「港に船が来る。荷が集まる。荷が集まれば商人が来る。商人が来れば金が落ちる。そうすれば、さらに船が来る」


 何もない荒れ地だった。


 だが桐生には、もう違う景色が見えていた。


 倉庫が並ぶ。


 荷馬車が行き交う。


 商人が値段を叫び、船乗りが酒を飲み、職人が荷を運ぶ。


 港町そのものが、大きくなっていく。


「……面白い」


 リディアが呟いた。


 目つきが変わっていた。


「倉庫を私に貸すんですか?」


「貸してもいい。自分で建ててもいい。条件次第です」


「他の商会にも?」


「もちろん」


「私だけじゃないの?」


「一社だけに貸したら競争がなくなるでしょう」


 リディアの笑顔が消えた。


「それは困りますね」


「でしょう?」


「だから早い者勝ちです」


 今度はバルドが笑った。


「なるほど。リディア、お前がいらんなら私が取るぞ」


「誰がいらないと言いました?」


 二人の間に火花が散る。


 ガイルが桐生の隣へ寄ってきた。


「……お前、わざとやってるだろ」


「何がです?」


「いや。いい」



 城へ戻る頃には、話が具体的になっていた。


 第一倉庫をヴァレンス商会。


 第二倉庫をバルド。


 建設費はそれぞれが負担する。


 代わりに一定期間、土地の使用権を与える。


 領地には使用料が入る。


 商売が増えれば、さらに税収も増える。


 エレノアが指を折りながら確認する。


「つまり……土地そのものは売らない?」


「売りません」


 桐生は即答した。


「今は金がないから、売りたくなる。でも、この場所はこれから価値が上がる」


「だったら持っておく」


 バルドが感心したように顎を撫でた。


「金に困っている人間ほど、土地を売りたがるものだがな」


「だから困り続けるんです」


 桐生は地図を広げる。


「価値が上がるものは手放さない。その代わり、使う権利を売る」


 エレノアが計算を終え、顔を上げた。


「二つの商会から最初の使用料を受け取れば……税の不足分のかなりの部分が埋まります」


「まだ足りません」


 桐生は言った。


「でも、これなら未来の売上を食いつぶさずに済む」


 塩田には金を残せる。


 港にも投資できる。


 そして領地には、毎年金を生む土地が残る。


 三十日を生き延びるためだけの策ではない。


 その先を作るための策だった。


「よし」


 ガイルが立ち上がった。


「なら明日から建てるぞ」


「いや、待ってください」


 リディアが止めた。


 その顔から、先ほどまでの楽しそうな表情が消えている。


「どうしました?」


「この土地、本当に領地のものなんですよね?」


 エレノアが頷く。


「資産台帳にはそう書かれています」


「台帳には?」


 リディアはその言葉を繰り返した。


 そして、ゆっくり地図の一点を指差す。


「ここには昔、別の建物がありました」


 エレノアが首を傾げる。


「建物?」


「ええ。私も子供の頃なので、詳しくは知りません」


 リディアは港の北側を見つめる。


「でも覚えています」


「大きな旗が立っていた」


「黒い船の旗です」


 ガイルの表情が変わった。


「……黒い船?」


 リディアが頷く。


「海賊です」


 部屋の空気が一変した。


 桐生は地図へ視線を落とす。


 何もないはずの土地。


 そこに、消された過去がある。


「なるほど」


 桐生は小さく呟いた。


「簡単には使わせてくれないらしい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ