第十三話 仕組みは裏切らない
翌朝。
塩田には、普段より多くの人が集まっていた。
職人だけではない。
港の商人。
近隣の農民。
そして、王都の商人バルドも腕を組んでその様子を眺めている。
「随分と見物人が増えましたね。」
エレノアが少し緊張した様子で呟く。
桐生は小さく笑う。
「商売は勝つと人が集まります。」
「負けても、人が集まります。」
「だから今日は負けられません。」
ヨハンが職人たちを集め、大きな声を張る。
「昨日決めた通りだ!」
「王都行き、港行き、村行きで荷を分けろ!」
「迷ったら止めるな! 俺を呼べ!」
職人たちは一斉に動き出した。
昨日まで怒鳴り合っていた荷馬車も、今日は列が自然と三つに分かれていく。
バルドは黙ったまま、その様子を見つめていた。
◇
「親方!」
一人の若い職人が駆け寄る。
「王都行きの荷が予定より早く終わります!」
「港行きを回せ!」
ヨハンが即座に指示を飛ばす。
すると、今度は別の職人が叫んだ。
「こっちは荷車が足りません!」
「三台回せ!」
誰かが判断を待つことはない。
止まらない。
迷わない。
昨日までとは別の塩田だった。
ガイルが感心したように呟く。
「まるで軍隊だな。」
桐生は首を振る。
「違います。」
「軍隊は命令で動きます。」
「これは目的で動いています。」
◇
昼を過ぎた頃だった。
バルドの部下が慌てて駆け寄ってきた。
「旦那!」
「荷馬車が足りません!」
「追加で呼びますか!」
バルドは舌打ちした。
「……呼べ。」
「すぐにだ。」
そのやり取りを見ていたリディアが、小さく笑う。
「桐生さん。」
「勝負は決まりましたね。」
「いいえ。」
桐生は視線を外さない。
「ここからです。」
「え?」
「相手は二十年、商売をしてきた人です。」
「この程度では終わりません。」
その言葉どおりだった。
バルドは部下へ何か耳打ちする。
部下は馬に飛び乗り、王都街道へ駆け出していった。
ヨハンが眉をひそめる。
「何を企んでやがる。」
桐生は答えない。
ただ、街道の先を見つめていた。
◇
夕方。
土煙を上げながら、新たな荷馬車が姿を現した。
一台。
二台。
三台。
……十台。
塩田の職人たちがざわめく。
「十台も……。」
「全部、王都の荷馬車だ。」
バルドは満足そうに笑った。
「確かに出荷量は増えた。」
「なら、こちらも運ぶ量を増やせばいい。」
「これで全部買い取れる。」
リディアの表情が曇る。
「そんな……。」
バルドは最初から勝負に負けるつもりなどなかった。
出荷が増えれば、自分も荷馬車を増やす。
資金力で押し切る。
それが王都最大級の商人のやり方だった。
ガイルが悔しそうに拳を握る。
「金の力か……。」
しかし。
桐生だけは笑っていた。
「ようやく、本気になってくれました。」
バルドが眉をひそめる。
「何がおかしい。」
「バルドさん。」
桐生は静かに一歩前へ出る。
「あなた。」
「一番大事なことを忘れています。」
潮風が吹き抜ける。
バルドの笑みが、初めて消えた。




