第十二話 交渉の値段
塩田に沈黙が落ちた。
王都の商人は、桐生をじっと見つめる。
「塩田を潰す?」
男は鼻で笑った。
「面白いことを言う。」
「私は商人だ。安く買いたいだけだよ。」
「もちろんです。」
桐生は穏やかに頷く。
「私でもそうします。」
その返事は予想外だったのか、男は少しだけ目を細めた。
「では話は終わりだ。」
「その値段で売ってくれ。」
「一つだけ。」
桐生は男の荷馬車へ目を向ける。
「今回は何台で来られましたか。」
「五台だ。」
「帰りも五台で足りますか。」
男の表情が止まる。
「……何が言いたい。」
「足りませんよね。」
桐生は荷台に積まれた麻袋を見つめながら続ける。
「この塩田は今日から出荷量が増えます。」
「五台では積み切れない。」
「つまり。」
「あなたは最初から、追加の荷馬車を呼ぶつもりだった。」
周囲がざわつく。
リディアも驚いたように商人を見る。
「違いますか。」
男は何も答えない。
桐生は静かに笑う。
「本当に価値がない商品なら。」
「追加の荷馬車なんて用意しません。」
男は舌打ちした。
「……よく見てる。」
「仕事ですから。」
桐生はさらりと返す。
「あなたは安く買いたい。」
「私たちは適正な価格で売りたい。」
「それ自体は悪いことじゃありません。」
「では、どうする。」
男が腕を組む。
桐生は一歩近づいた。
「勝負をしませんか。」
「勝負?」
「今日一日、この塩田を見てください。」
「もし出荷量が昨日までと変わらないなら、その値段で売ります。」
リディアが息を呑む。
「桐生さん!」
あまりにも危険な条件だった。
しかし桐生は続ける。
「逆に。」
「出荷量が増えたら。」
「価格は市場価格で買っていただく。」
商人は黙り込んだ。
護衛たちも顔を見合わせている。
「怖いですか。」
桐生が静かに問う。
その一言に、男の眉がぴくりと動いた。
「誰に言っている。」
「王都で二十年商売してきた私に。」
「ええ。」
桐生は笑う。
「あなたは塩の価値を知っている。」
「だから今日ここへ来た。」
「違いますか。」
長い沈黙。
やがて男は大きく笑った。
「はっはっは!」
「面白い!」
「久しぶりだ。」
「商売で勝負を挑まれたのは。」
リディアが小さく息を吐く。
ヨハンは腕を組みながら呟いた。
「若造……。」
「本当に商売人だな。」
男は桐生へ手を差し出した。
「いいだろう。」
「勝負だ。」
「私の名はバルド。」
「王都で塩を扱って二十年。」
「負ける気はない。」
桐生もその手を握る。
「私もです。」
その握手を見つめながら、リディアは小さく笑った。
「値段の交渉ではない。」
「信用を賭けた勝負ですね。」
桐生は頷く。
「商売は、そこから始まります。」
潮風が吹き抜ける。
三十日の期限まで、残り二十六日。
塩田を舞台にした最初の商売勝負が、幕を開けた。




