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第十一話 利益は誰のものだ

「始めろ!」


 ヨハンの一声で、塩田が一斉に動き出した。


 昨日までとは違う。


 荷馬車を到着順ではなく、積み荷の行き先ごとに分ける。


 王都行き。


 港行き。


 近隣の村行き。


 最初は職人たちも戸惑っていたが、ヨハンが先頭に立つと動きは早かった。


「次!」


「港行きはこっちだ!」


「空いたぞ、どんどん回せ!」


 塩田に響く声が、昨日より力強い。


 ガイルは腕を組みながら感心した。


「同じ人数なのに、こんなに違うものか。」


 桐生は答えず、荷馬車の流れを目で追っていた。


 列が消えていく。


 人が止まらない。


 荷物も止まらない。


 その時、一人の若い職人が駆け寄ってきた。


「ヨハン親方!」


「港行きの荷が、もう全部出ました!」


 ヨハンは目を丸くする。


「……昼前だぞ。」


 普段なら夕方までかかる仕事だった。


 周囲からどよめきが起こる。


「本当に早く終わった。」


「まだ昼なのに。」


「これなら午後は王都行きも積めるぞ。」


 職人たちの表情が少しずつ明るくなっていく。



 その様子を見ていたリディアは帳簿を閉じた。


「支配人。」


「はい。」


「今日一日で、荷馬車は何往復できますか。」


 支配人は計算を始める。


「普段は一往復です。」


「今日は……。」


 何度も指を折りながら数え、顔を上げた。


「二往復できます。」


 リディアは静かに笑う。


「つまり売れる塩が倍になる。」


「いえ。」


 桐生が首を振った。


「今日だけなら倍にはなりません。」


「ですが。」


「一年後は変わります。」


 リディアは桐生を見る。


「理由は?」


「商人は儲かる商売を選びます。」


「この塩田が早いと分かれば、もっと荷が集まる。」


「人も集まる。」


「結果として、この領地が選ばれる。」


 リディアは納得したように頷いた。


「利益は今日生まれるんじゃない。」


「未来から積み上がる。」


「そういうことですね。」


「はい。」



 そこへ、一人の商人が慌てた様子で駆け込んできた。


「リディア様!」


「王都の商人です!」


 振り返ると、豪華な服を着た男が数人の護衛を連れて立っていた。


 男は塩田を一瞥し、鼻で笑う。


「ずいぶん騒がしい塩田だ。」


「君がヴァレンス商会の代表か。」


 リディアが一礼する。


「ご用件は。」


「今年の塩は全部買い取る。」


 周囲がざわつく。


 ヨハンも動きを止めた。


 男は続ける。


「ただし値段はこちらが決める。」


 そう言って提示した金額に、リディアの表情が曇る。


「……安すぎます。」


「市場価格の七割です。」


 男は肩をすくめる。


「嫌なら結構。」


「王都には他にも塩田がある。」


「困るのは君たちだ。」


 エレノアは悔しそうに拳を握る。


 三十日以内に税を払うには、売上が必要だ。


 しかし、この値段では利益がほとんど残らない。


 ガイルが剣の柄へ手を掛ける。


「随分と舐めた話だな。」


「待ってください。」


 桐生は一歩前へ出た。


 王都の商人は桐生を見て笑う。


「君は?」


「領主補佐です。」


「なら商売は素人だ。」


 男は余裕たっぷりに言い放つ。


「商売は交渉じゃない。」


「力だ。」


 桐生は少しだけ笑った。


「そうですね。」


「だから、一つだけ確認させてください。」


「あなたは塩を買いに来たんですか。」


「それとも。」


 一拍置く。


「塩田を潰しに来たんですか。」


 男の笑みが、一瞬だけ消えた。

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