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元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜【1,500,000pv感謝】  作者: 水縒あわし
王都編

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第一回講義『逃走と悲鳴』



 翌朝、俺とロウェナは並んで玄関を出た。




 ロウェナは真新しい革の鞄を背負い、俺はいつもの剣を腰に吊るしている。




「いってらっしゃい。お二人とも、気をつけて」



 クリスがエプロン姿で見送ってくれた。




 まるでどこにでもある一般家庭?の朝の風景だ。




「ああ。そっちも戸締まりは頼んだぞ」



「いってきます!」



 石畳の道を二人で歩く。




 朝の光が建物の影を長く伸ばし、通りには開店準備をする商店主や、市場へ向かう主婦たちの姿が見える。




「えど、きょうからせんせい?」



 ロウェナが俺の顔を見上げて尋ねた。




「ああ。……まあ、柄じゃないがな」



「えどならだいじょうぶだよ! つよいもん!」



「強さと教える上手さは別物だ。……ま、お前も学校で喧嘩するなよ」



 大通りの交差点で、俺たちは別れた。




 ロウェナは学校へ、俺は職場――冒険者ギルドの訓練場へ。




 魔境への旅立ちではなく、完全に「通勤」の気分だ。


俺は少し肩を回し、あくびを噛み殺しながら歩を進めた。



          ◇



 ギルド併設の屋外訓練場には、すでに二十名ほどの新人冒険者が集まっていた。




 装備だけは一丁前に揃えた者や、見るからに夢と希望に燃えている若者たちだ。ランクはEからDといったところか。




「おい、聞いたか? 今日の教官、あの『早足』らしいぜ」



「オルトロスを一瞬で狩ったっていう、噂のAランクか?」



「すげぇ剣技を教えてもらえるかもな!」



 俺が近づくと、そんなヒソヒソ話が聞こえてきた。




 期待に目を輝かせている彼らには悪いが、俺が教えるのはそんな華やかなもんじゃない。




「……時間だな」



 俺は鐘の音が鳴ると同時に、彼らの前に立った。




「今日から臨時で教官を務める、エドウィンだ」




 ざわめきが収まり、全員の視線が俺に集中する。




「座学は嫌いだ。挨拶もそこそこに、すぐに体を動かすぞ」



 俺の言葉に、新人たちが一斉に武器に手をかけた。




 やる気だけは十分だ。



だが、俺はそれを手で制した。




「武器はいらん。……全員、荷物を背負ったまま、あの木の根元からここまで全力で走れ」



「は……?」



 先頭にいた少年が呆けた声を上げた。




「聞こえなかったか? 走れと言ったんだ。……行けっ!」



 俺が手を叩くと、彼らは戸惑いながらも走り出した。




 ガチャガチャと装備が鳴り、重そうなリュックが揺れる。




「遅い! もっと足を上げろ!」



「次は荷物を捨てて走れ! 判断が遅い奴は置いていくぞ!」



「大声で『助けてくれ!』と叫びながら走れ! 声が小さい!」



 ひたすら走らせ、叫ばせ、荷物を捨てさせる。




 三十分も経つ頃には、訓練場は荒い息遣いと不満の空気で充満していた。




「……ふざけんな!」



 ついに、一人の若者が立ち止まり、地面に剣を叩きつけた。




 体格が良く、リーダー格らしき少年だ。




「俺たちは剣術を習いに来たんです! こんな臆病者の訓練、やってられるか!」



 その言葉を皮切りに、周囲の生徒たちも口々に叫び始めた。




「そうだ! 金返せ!」



「Aランクって言っても、大したことないんじゃないか?」



「俺たちは魔物を倒したいんだ!」



 俺は腕を組んだまま、冷めた目で彼らを見回した。




 予想通りの反応だ。




「……なるほど。剣術が見たいか」



 俺は静かに歩み寄り、抗議した若者の前に立った。



「いいだろう。……お前、名前は?」



「ガイルだ!」



「よし、ガイル。俺は剣を抜かない。お前は本気で俺を殺すつもりで掛かってこい」



「なっ……馬鹿にしてんのか!?」



「してないさ。……来いよ」



 俺が手招きすると、ガイルは顔を真っ赤にして剣を構えた。




 模範的な構えだ。道場か何かで習ったのだろう。




「うおおおおッ!」




 雄叫びと共に、大振りの斬撃が迫る。



 速いが、殺意が丸見えだ。



 俺は半歩だけ横に動き、その剣を躱した。




「――ッ!」




 ガイルが勢い余って前のめりになった瞬間。




 俺は足元の砂を、爪先で思い切り蹴り上げた。




 バサッ!




「ぐわっ!? め、目が……!」



 視界を奪われ、怯むガイル。




 俺はその無防備な脛を、硬い革靴の底で容赦なく踏みつけた。




 ゴキッ。




「ぎゃっ!」



 悲鳴を上げてバランスを崩したガイルの胸倉を掴み、俺はそのまま足を払って地面に叩きつけた。




 ドサァッ!




 砂煙が舞う。




 俺は倒れたガイルの上に馬乗りになり、拳を振り上げた――寸前で止めた。




 シン……と、訓練場が静まり返る。




 剣など一度も振っていない。




 だが、圧倒的な経験値の差を見せつけられ、新人たちは息を呑んでいた。




「……ゴブリンは『始め』なんて言ってくれない。狼は『一対一』で戦ってくれない」



 俺はガイルの胸倉を放し、立ち上がって泥を払った。




「お前らが憧れてる英雄ごっこがしたいなら、劇団にでも入れ。俺が教えるのは、泥水をすすってでも明日生きて帰るための技術だ」



 俺は凍りついている新人たちを見回した。




「荷物を捨てる判断の遅さが死を招く。声の小ささが救助を遠ざける。……それが分かった奴だけ、明日も来い」




 数秒の沈黙の後。




 パラパラと、数名の生徒が逃げるように去っていった。




 だが、残った半数以上の目は、先ほどまでの侮蔑の色ではなく、真剣なものに変わっていた。




「……くそっ」



 地面に這いつくばっていたガイルが、悔しそうに拳で土を叩いた。




 そしてよろりと立ち上がると、充血した目で俺を睨み――深く頭を下げた。




「……明日も、お願いします」



 その言葉に、他の生徒たちも慌てて姿勢を正した。




「……ふん。勝手にしろ」



          ◇



 カーン、カーン……。




 夕方の鐘が鳴り響く。




「よし、時間だ。解散」



 俺は鐘が鳴ると同時に指導を切り上げた。




 泥だらけになった生徒たちが、疲労困憊の様子で座り込むのを尻目に、俺はさっさと出口へと向かう。




「お疲れ様でした! 教官!」



 背後から飛んできた声に、俺は片手を上げて応えた。



          ◇



 家に帰り着くと、美味しい匂いが漂っていた。




 玄関を開ける。




「ただいま」



「おかえりなさい、師匠!」



「おかえりー! えど!」



 クリスとロウェナが出迎えてくれる。




 この瞬間が、一番ホッとする。




「初仕事、どうでしたか?」



 クリスが冷えたエールの入ったジョッキを渡してくれた。




 俺はそれを一気に煽り、プハッと息を吐いた。




「……まあ、悪くない。見込みのある奴も数人はいたさ」



 脳裏に、泥まみれになりながら頭を下げたあの若者の顔が浮かぶ。




 かつての衛兵時代の部下たちを思い出し、俺は少しだけ口元を緩めた。




「そっちはどうだった?」



「ロウェナちゃんが学校での出来事をたくさん話してくれましたよ。ね?」



「うん! きょうね、算術の授業ですごいって褒められたの!」



「へえ、そりゃすごいな」



 俺はロウェナの頭を撫でながら、空になったジョッキをテーブルに置いた。




 教官としての仕事も、悪くない。




 この平穏な日常を守るための金が稼げるなら、多少の説教くらいはしてやろう。




 俺は二度目の乾杯の代わりに、夕食のシチューへと手を伸ばした。



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