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元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜【1,500,000pv感謝】  作者: 水縒あわし
王都編

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ギルドの頭脳と、二人の教官



 朝、師匠とロウェナを送り出した後、クリスは腕まくりをして家事に取り掛かった。




 洗濯、掃除、夕食の下準備。




 広い屋敷ならともかく、この家ならば一時間もあれば十分だ。




 午前十時。




 窓ガラスを曇り一点なく磨き上げ、ハーブティーを一口飲んだところで、クリスはふと気づいた。




「……暇ですね」



 Bランク冒険者としての登録は済ませたが、依頼を受ける予定はない。




 師匠はギルドで教官の仕事、ロウェナは学校。




 一人で留守番をするには、この時間はあまりにも長すぎた。




「……そうだ。師匠に差し入れでも持っていきましょうか」



 クリスはバスケットにサンドイッチを詰めると、身支度を整えて家を出た。




 名目は差し入れだが、実態は暇つぶしと職場見学だ。



          ◇



 冒険者ギルドの扉を開けると、そこは戦場だった。




 魔物との戦いではない。



怒号と悲鳴が飛び交う、書類と数字の戦場だ。




「おい! 報酬の計算が合わねぇぞ! 銀貨が二枚足りねぇ!」



「ですから、それは税金と手数料です!」



「依頼書にこんな条件書いてなかったぞ! 詐欺だ!」



「書いてあります! 一番下のここ、小さい文字で!」



「誰か! この報告書の字が汚すぎて読めないわ! 解読班!」



 カウンターの中では、受付嬢たちが目の下に隈を作り、髪を振り乱して対応に追われていた。




 師匠が外で体を張っている間に、中は中で地獄絵図が広がっていたらしい。




 クリスはため息を一つ吐くと、スッとカウンターの横から中へと入った。




「失礼、少し手伝いますよ」



「えっ? あ、クリスさん!?」



 受付嬢が驚くのをよそに、僕はまず怒鳴っている冒険者の前に立った。




「報酬の件ですね。……拝見します」



 クリスは彼が突きつけてきた明細書を手に取り、一瞬で目を通した。




「計算は合っていますよ。今回の討伐数はゴブリン十二体。単価は銅貨八枚。合計で銀貨九枚と銅貨六枚。そこからギルド手数料の一割と、素材の買い取り査定の手数料、さらに装備のレンタル代を引くと……はい、銀貨七枚。ぴったりです」



 クリスは流れるように暗算し、内訳を指差しながら説明した。




 冒険者は目を白黒させ、口をパクパクさせた後、バツが悪そうに引き下がった。




「つ、次は君だ。契約書の件だな?」



 クリスは隣で揉めている冒険者に振り返った。



「ええと……『荷物の破損は報酬から天引き』ってのが……」



「契約書の第4条第2項ですね。ここに明記されています。字が読めなかったのですか? それとも読み飛ばしましたか?」



「うぐっ……」



「署名をした時点で、君は内容に同意したことになります。文句があるなら、次からは辞書を持って契約に来ることですね」



 ぐうの音も出ない正論で黙らせると、クリスはバックヤードの机に向かった。




 そこには「解読不能」として積み上げられた報告書の山があった。




「……ふむ。これは独特な走り書きですね。東部の方言訛りも入っている」



 インク壺とペンを引き寄せ、片っ端から清書を始めた。




 実家で教えてくれた先生の古文書の様な走り書きの解読に比べれば、酔っ払った冒険者の字など絵本のようなものだ。




 サラサラサラ……。




 静寂が戻ったギルド内に、クリスのペンが紙を走る音だけが響く。




 三十分後。




 山積みだった書類はすべて綺麗に分類され、計算ミスも修正されて処理済みボックスに収まっていた。




「か、神様……!」



 受付嬢たちが涙目で手を合わせている。




 奥から出てきたギルドマスターも、信じられないものを見る目でクリスを見ていた。




「君……本当にBランク冒険者なのか? 宮廷の文官か何かじゃないのか?」



「ただの物好きな冒険者ですよ」



 クリスは微笑んでペンを置いた。



          ◇



「しかし、ひどい有様ですね」



 マスターが出してくれた茶を啜りながら、クリスは言った。




「ああ……。エド君が外で『死なない体』を作ってくれているが、駆け出し連中の中にはこうして『社会的に死にそうな』馬鹿どもが溢れているのが現状だ」



 マスターは頭を抱えた。




 読み書き計算ができないため、不利な契約を結ばされたり、無茶な計画で破産したり文句を言う新人の冒険者が後を絶たないという。




「ならば、僕が教えましょうか?」



「え?」



「筋肉だけでなく、脳も鍛えなければ一流ではありません。……ちょうど、師匠の授業も終わる頃でしょう」



          ◇



 午後。




 訓練を終え、泥だらけになった新人たちを連れたエドが戻ってきた。




「よう。差し入れを持ってきたと思ったら、随分と面白いことになってるみたいだな」



 エドはニヤリと笑い、新人たちを会議室に押し込んだ。




「よし、今日のシゴきは終わりだ。……次は『座学』だ。大人しく聞けよ」



「えぇー……勉強かよ……」



「眠くなりそうだぜ……」



 不満げな声を上げる新人たちの前に、僕は立った。




 黒板にチョークで大きく文字を書く。




『損をしない契約』と『生き残るための計算』。

「皆さん、金貨は欲しいですか?」



 クリスが問いかけると、全員が「おう!」と即答した。




「では、命は惜しいですか?」



「当たり前だろ!」



「ならば、この講義は役に立ちます」



 クリスはチョークを折らんばかりの勢いで、契約書の拡大図を描いた。




「先ほど、文字が読めずに報酬を三割も減らされた冒険者がいました。彼はここに小さく書いてある『搬送中の破損は報酬から天引き』という一文を読めなかったからです」



 教室がざわつく。




 自分事として捉えた瞬間、彼らの目の色が変わった。




「次に、これを見てください」



 食料と水、ポーションの重量と消費量の計算式を書いた。




「五人のパーティで三日間の遠征。必要な水と食料、そして予備のポーション。……この計算を間違えるとどうなるか」



 クリスはにっこりと微笑み、冷酷な事実を告げた。




「現場に辿り着く前、ただの移動の途中で餓死します。あるいは、脱水症状で動けなくなったところをゴブリンに襲われて終わりです」



 ヒュッ、と誰かが息を呑む音が聞こえた。




 剣の腕以前の問題で死ぬ。



そのリアリティが、彼らの背筋を凍らせたようだ。




「……生き残りたければ、計算しなさい。稼ぎたければ、文字を覚えなさい」



 クリスの言葉に、反論する者はいなかった。




 全員が真剣な表情で、慣れない手つきながらもメモを取り始めた。



          ◇



 夕暮れ時。




 ギルドマスターから正式に「事務顧問」兼「座学教官」としての契約を打診されたクリスは、それを快諾してエドと共に帰路についた。




「助かるよ。あいつらに計算を教えるのは俺には無理だ」



 エドが肩をすくめる。




「役割分担ですね。……これで家計も安泰ですし、師匠と同じ時間帯で働けます」



「お前が裏にいると思うと、給料の計算間違いもなさそうで安心だ」



「ええ、任せてください。一銅貨たりとも誤魔化させませんから」



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― 新着の感想 ―
料理上手で気立てがよく家計を預かり昼食を持って職場を訪れる・・・どこに出しても恥ずかしくない良妻っぷり
 チンピラの兄貴分やってた頃が嘘のようだ(笑)(尚、黒歴史)
更新お疲れ様です。 今更ながらの話ですが、結構な地位のお貴族様の血筋なんでしょうなぁクリスって…。 読み書きや簡単な計算は下級貴族でも教育を受けられるでしょうが、文官と誤認されるレベル=それ以上の教…
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