特別教官の打診と、家族会議
翌日、俺とクリスは再び冒険者ギルドにいた。
掲示板の前で腕を組み、唸り声を上げていると、背後から声をかけられた。
「……君か? 最近、王都から流れてきたという『早足のエドウィン』というのは」
振り返ると、眼鏡をかけた神経質そうな男が立っていた。
ギルドの制服を着ているが、受付の人間ではない。管理職の空気を漂わせている。
「人違いなら良かったんだが、あいにく俺だ。何か不手際でもあったか?」
俺が警戒して答えると、男は首を横に振った。
「いや。むしろ逆だ。君の経歴を見せてもらったよ」
男は俺たちのステータスカードの写しと思われる紙を指で弾いた。
「ギルドへの登録と同時にBランク認定。……通常ならあり得ない特例中の特例だ」
男の目は、珍しい猛獣を見るような、値踏みするような色を帯びていた。
「それに、ヴァイデでのオーガ騒動の解決。さらには、あの『灯台』での一件……。君が関わったとされる案件は、どれも難易度が常軌を逸している」
灯台での戦い。そしてヴァイデでの事件。
どちらも公には語っていないが、ギルドの上層部には情報が回っていたようだ。
武術大会のことまではバレていないようだが、それでも十分すぎるほど目立っているらしい。
「単に運が良かっただけだ」
「運だけでBランクとして登録され、あのような修羅場を生き残ることはできんよ。……そこでだ。君に折り入って相談がある」
男は俺たちを奥の応接室へと招き入れた。
◇
「新人教官、だと?」
出された茶に口もつけず、俺は聞き返した。
「ああ。君のような実戦経験豊富な人間に、新人たちの指導を頼みたいのだ」
「それに、以前この領都で衛兵をやっていたのも知っている」
男――人事担当の職員によると、最近のギルドは新人冒険者の死亡率増加に頭を抱えているらしい。
そこで、ただ剣を振るうだけでなく、「生き残るための技術」を教えられる人間を探していたという。
「条件は悪くないぞ。勤務は週に五日、朝から夕方まで。場所はこの街の訓練場だ。日当もランクに応じた額を保証する」
俺とクリスは顔を見合わせた。
定時上がり、街から出なくていい、そして高収入。
まさに俺たちが探し求めていた「理想の定職」だ。
「……いい話だ。だが、俺はBランクだぞ? 指導役には不足じゃないか?」
「そこが問題だ」
職員は痛いところを突かれたという顔をした。
「教官を務めるには、規定により『Aランク』以上の資格が必要なんだ。君の実力がAランク相当であることは経歴が証明しているが、規則は規則でね」
「じゃあ、無理ってことか」
「いや。特例措置がある」
職員は一枚の書類をテーブルに置いた。
「『昇格試験』を受けてくれ。これに合格すれば、君を即時Aランクとして認定し、教官として正式採用する」
Aランク。
冒険者の中でも一握りのエリートだ。
だが、俺が注目したのはそこではない。
「試験の内容は?」
「こちらが指定する魔物の単独での討伐だ。期間は一週間。……その間、街に戻ることはできない」
「一週間……」
俺は眉をひそめた。
一週間、家に帰れない。
ロウェナは昨日、学校に通い始めたばかりだ。
新しい環境に慣れるまでは、できるだけそばにいてやりたいと思っていた矢先だ。
「……少し、考えさせてくれ。即決はできない」
「構わんよ。だが、席を空けておくのは明日までだ」
◇
その夜。
夕食のシチューを囲みながら、俺はギルドでの話を切り出した。
「一週間、試験のために家を空けることになる。……その間、ロウェナの世話や家のことはクリスに任せきりになっちまう」
俺はスプーンを置いて、二人を見た。
「今の俺にとって、一番大事なのはこの生活だ。やっと落ち着いたのに、いきなり一週間もいなくなるのは……正直、気が進まない」
それが本音だった。
Aランクという名誉よりも、毎晩ロウェナと飯を食う時間の方が、今の俺には価値がある。
俺の言葉を聞いて、クリスが静かに口を開いた。
「師匠。僕の意見を言わせてもらうなら……受けるべきです」
「クリス?」
「一週間は長いです。ですが、この試験に受かれば、あなたは『定時で帰れる安定した職』と『Aランクという社会的信用』を同時に手に入れられます。それは、これからの長い生活を守るための、最強の盾になるはずです」
クリスの理路整然とした言葉に、俺は黙り込んだ。
正論だ。分かってはいる。だが……。
「……ロウェナはどう思う?」
俺は隣で黙々とパンを食べていたロウェナに水を向けた。
彼女は食べる手を止め、ナプキンで口を拭うと、真っ直ぐに俺を見た。
「えど」
「ん?」
「わたし、こどもだよ」
「……ああ、知ってる」
「でもね、赤ちゃんじゃないよ」
ロウェナは真剣な顔で言った。
「がっこうにいって、おともだちもできた。じもよめるし、クリスもいる。……だから、えどがいなくても、一週間くらいなら平気だよ」
「ロウェナ……」
「それにね」
彼女は椅子から降りて、俺の目の前に立った。
そして、俺の手をギュッと握った。
「えどは、すごいんでしょ? BランクとかAランクとかよくわからないけど、えどがつよいのは知ってるもん」
その瞳に、不安の色はなかった。
あるのは信頼と、ほんの少しの誇らしさだ。
「わたし、がっこうがんばる。だから、えどもしけん、がんばって」
ガツン、と頭を殴られたような気がした。
俺はいつの間にか、彼女を「守らなきゃいけない存在」として小さく見積もっていたのかもしれない。
だが、彼女はもう、自分の足で立ち始めている。
寂しいなんて思っていたのは、俺の方だけだったのか。
「……ははっ、参ったな」
俺は力なく笑い、ロウェナの頭をガシガシと撫でた。
「そうか。お前がそう言うなら、俺がウジウジ悩んでる場合じゃないな」
俺は顔を上げ、クリスを見た。
「クリス。一週間、留守を頼む」
「はい。任されました。家の守りは完璧にしておきます」
クリスが頼もしく頷く。
俺は深呼吸をして、残りのシチューを一気に平らげた。
「よし! 決めた。Aランク試験、受けてやる!」
「がんばれー!」
ロウェナがパチパチと拍手をする。
その笑顔に見送られ、俺の腹は決まった。
家族のために、一週間だけ「家族」を休んで、「冒険者」になる時が来たようだ。




