静かすぎる食卓と、冒険者の求職活動
翌朝、俺たちは真新しい革の鞄を背負ったロウェナを、学校の校門まで送り届けた。
「いってきます!」
ロウェナは元気に手を振り、校門をくぐり抜けて校舎へと駆けていった。
その背中は、昨日まで魔物の気配に怯えていた小さな少女とは違い、どこか頼もしく見えた。
「……行っちまったな」
俺はポツリと呟いた。
「ええ。昨日の今日で、あっという間でしたね」
隣に立つクリスも、立住まいを直しながら感慨深げに校舎を見上げている。
俺たちは顔を見合わせ、苦笑しながら家路についた。
◇
家に帰り、俺たちは遅めの朝食をとることにした。
淹れたてのコーヒーと、ベーコンエッグ。いつも通りのメニューだ。
カチャ、カチャ……。
食器が触れ合う音だけが、やけに大きく響く。
「……静かだな」
俺はカップを置いて呟いた。
「ロウェナちゃんがいないと、こんなにも広く感じるんですね」
クリスもカップを持ち上げ、少し困ったように笑った。
いつもなら、「これおいしい!」「きょうはなにをするの?」とロウェナの声が響いているはずの時間だ。
それが、今はシーンとしている。
掃除も洗濯も終わっている。魔物の襲撃もない。
……やることが、ない。
「なあ、クリス」
俺は深刻な顔で切り出した。
「俺たち、これから毎日、ロウェナが帰るまで茶を飲んで待つのか?」
「それは……精神衛生上よくありませんし、何より社会的な体裁も悪いですね」
クリスは真顔で頷いた。
働き盛りの男二人が、平日の昼間から家でゴロゴロしている図。
ご近所の目も気になるし、何より俺たちの精神が腐りそうだ。
「よし。何か仕事をしよう」
俺はテーブルを叩いた。
資金はあるが、社会と繋がりを持ち、生活リズムを作るために。
「条件は三つだ。一つ、場所はこの領都内。二つ、時間は朝から夕方まで。ロウェナが帰る時には家にいたいからな」
「三つ目は、僕たちのスキルを活かせるもの、ですね」
「そうだ。俺たちの腕なら、引く手あまただろうよ」
俺たちは自信満々で立ち上がった。
◇
意気揚々と冒険者ギルドの扉を開ける。
久しぶりの独特な喧騒。
俺たちは真っ直ぐに依頼掲示板へと向かった。
「さて、手頃な依頼は……」
俺は掲示板に貼られた羊皮紙を一枚ずつ確認していく。
『街道に出現したオーガの討伐』
報酬は良いが、移動を含めて往復三日はかかる。
「却下。泊まりがけは無理だ」
『隣街への商隊護衛』
期間は一週間。
「論外。ロウェナの世話誰がすんだよ」
『未踏迷宮の探索』
帰還予定日、不明。
「死ぬかもしれんし、いつ帰れるか分からん。パス」
俺は頭を抱えた。
冒険者の仕事は、基本的に「遠征」か「長時間拘束」がセットだ。
日帰りで、しかも定時で上がれるような高難易度依頼なんて、どこにもない。
「……おい、クリス。俺たちが受けられる仕事、薬草採取かドブさらいしかないぞ」
俺が指差したのは、新人冒険者向けの低ランク依頼ばかりだった。
報酬は銅貨数枚。
今の俺たちの実力と装備でやるには、あまりにも割に合わない。
「主婦のパートタイムみたいなこと言わないでくださいよ」
事情を聞いたギルド職員に、呆れ顔で言われた。
高ランクの実力者が、定時上がり希望でドブさらいをしたいと言い出せば、変人扱いされるのも無理はない。
◇
「ギルドはダメだ。……方向転換しよう」
俺たちはギルドを出て、街中での仕事を探すことにした。
「家庭教師はどうでしょう? 僕の知識なら、貴族の子弟に教えることも可能です」
クリスが提案する。
「貴族の家は礼儀作法が面倒だし、毎日定時は難しいぞ。それに、お前のその槍を持って入れる家があるか?」
「……確かに。武器持ち込み不可は痛いですね」
「じゃあ、酒場の用心棒か?」
「夜の勤務になりますよ。ロウェナちゃんとすれ違い生活になります」
「却下だな」
俺たちは街を歩き回り、商店や工房の求人を見て回った。
だが、どこも条件が合わない。
「住み込み歓迎(家あるから不要)」
「体力自慢募集(力仕事は得意だが、朝が早すぎる)」
「見習い募集(今更見習いはキツイ)」
歩き疲れて公園のベンチに座り込む。
「……俺たち、ひょっとして」
俺は空を見上げて呟いた。
「潰しが効かないのか?」
戦闘、サバイバル技術、魔物の知識。
どれも人並み以上だが、平和な街の、定時上がりの仕事には全く噛み合わない。
「認めたくありませんが……」
クリスも、疲れたように眉間を揉んだ。
「僕たちは、社会不適合者の側面があるようです」
高スペックニート。
そんな言葉が頭をよぎり、俺たちは深くため息をついた。
◇
カーン、カーン……。
無情にも、夕方の鐘が鳴り響いた。
タイムアップだ。
「……帰るか」
成果なしのまま、俺たちはトボトボと家路についた。
家の前まで来ると、ちょうど通りの向こうから、ロウェナが走ってくるのが見えた。
「ただいまー! えど! クリス!」
満面の笑みで飛びついてくるロウェナ。
その笑顔を見た瞬間、俺たちの疲れは嘘のように吹き飛んだ。
「おかえり。学校はどうだった?」
「たのしかったよ! おともだちできた!」
ロウェナは充実した一日を過ごしたようだ。
その輝く瞳を見ていると、俺たちの悩みなんて些細なことに思えてくる。
「そうか、それは良かったな」
俺はロウェナの頭を撫でながら、クリスと目配せをした。
とりあえず、今日はこれでいい。
だが、明日からの「仕事」という難題は、依然として残ったままだ。
俺たちは「おかえり」と微笑みながら、腹の底で「明日こそは……!」と決意を固めたのだった。




