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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
99/134

狩人 1

 そして一方、ヴァルビン一等兵の所属する班――トム軍曹率いる班――のメンバーたちは、来たるひのくに兵襲来に備えて彼らなりの”歓待”をすべく待ち伏せていた。



 「軍曹、第二線が突破されたとのことです」

「あぁ」


 敵が第五線中第二線までをこの段階で制圧したという事実。彼は不安に思うというより、敵のやる気と犠牲を厭わぬ攻めの姿勢に小さな敬意を感じていた。


 客観的に、そして贔屓目なしに見ても、この防衛線はかなり強固で攻撃するにもかなりの損失を覚悟する必要があると思う。いくら第三線以降の”本命”の守備範囲から外れた場であろうと、あのだだっ広い無人地帯を駆け抜けてきた大勢の敵兵の勇気にはただただ感服するばかりだ。



 そして、もう一つの思い。そんな彼らが自分たちの手で死にゆくという”確定した未来”。手塩にかけて構築した鉄壁の防御に対し、無防備に突っ込んでくる敵兵の大群。それはまるで、周到に作られたクモの巣に飛び込んでくる蝶や蛾の群れに等しいとすら思えてくる。



 ……いけない。慢心は敗北をもたらす。常に細心の注意を払い、最悪のケースを想定した動き方を忘れないこと。この戦争の序盤で敵の手に落ちたビリー中尉の失敗から学んだことを、自分が実践せねばならないのだ。


 油断はすまいと、改めて心に刻む。この”罠”は、あくまで自分たちの得意な”戦い方”を敵に押し付けるものである。そしてこれまでの戦いを思い返せば、自分たちに近いかそれ以上にこの”戦い方”に適した敵が必ず存在しているはずなのだ。


 敵に用意した見せかけの”甘い汁”を、本当に吸わせてはならない。



 「ジェイコブ」

「へい」


 「絶対に、油断するな。お前の得意を押し付けろ」

「勿論です、軍曹。畑作ってる連中に、”分からせて”やりますぜ」


 気安い返事だが、とくに心配は覚えない。ジェイコブ一等兵は、彼が最も信頼を置いているこの班の最高戦力であり、また今作戦において最も重要な役割を持つ人材でもある。


 『組織は、個人に依存してはならない』


 どこかで聞いたようなセリフ。だが、個人の持つ能力を思う存分発揮させるというのも、また正しい”組織”の在り方だと思う。


 「期待している」

「任せてください」




 *   *   *




 

 第二線の斜面を駆け上がろうとした俺だが、まず第一歩で躓くことになる。先に登っていた味方の一人が銃弾に倒れ、俺の真横スレスレを転げ落ちていった。


 「……あぶねぇ」

一瞬、安心してしまう。そして、


 「のわぁ!!」

直後に上から悲鳴が聞こえ、振り向いた瞬間には上半身に強い”衝撃”を被ることとなった。


 味方の体重をダイレクトに受けた俺は斜面を見事に転げ落ち、更に下の方にいたもう一人を巻き込んで勢いよく地面に叩きつけられる。



 あまりの衝撃に数秒意識が飛び、呼吸もできなかった。



 「……イッテぇ」


 なんとか起き上がり、全身の感覚を確かめる。背中と脚に鈍い痛みを感じる以外には特に問題はなさそうで、その痛みも体を動かすにはとりあえず問題ないレベルだと判断する。


 次に、巻き込んでしまった二人へと意識を向ける。



 「おい、大丈夫か?」


一瞬の出来事だったために理解が追い付かないが、恐らく俺の下にいる奴、そして俺に覆い被さってる奴の二人が落ちるなり受け止めるなりしたのだろう。


 ……返事がない。


 「お、おい」

一先ず動かなきゃ話にならない。気絶しているのだろうか、全く動かず覆い被さっている奴をとりあえず掴んで、うつ伏せの状態からあおむけの状態にしてやる。


 ――!?



 至近距離で余りに過激なものを見たせいで、思わず吐き気を催してしまう。何とか堪えたものの、これ以上それを直視することはできなかった。



 恐らく、彼は真っ逆さまに着地したのだろう。その顔面は、見るも無残なほどグチャグチャに潰れていた。もしかすると、転げ落ちる直前頭部のどこかに弾が当たってしまったのかもしれない。



 「……おい、」


 もう一人に声をかけるも、やはり動かない。下敷きにしてしまったため、俺たち二人分の体重で潰されてしまったのだろうか。骨の一本や二本は折れているとみて間違いないだろう。



 ……くそ。これ以上この場にとどまっていても話にならない。そもそも俺には本格的な医療技術もないし、看護したって何の意味もないだろう。とりあえずライフルを回収して再び戦いに向かおうとする。


 「な……」


 息をのむ。俺のライフルは、”突き刺さって”いた。下敷きになった男の丁度鳩尾のあたりに装着した銃剣が突き刺さり、不格好な斜めの態勢でそこに鎮座していた。


 奇跡的、という言い方もおかしいが。ギリギリ俺の横腹が切れないくらいの位置に、落下した勢いを借りて下の者へ止めを刺しているようにも見える。



 ――何やってる!いいから、回収するんだ!


 慌てて銃剣を引き抜こうとするも、なかなか引き抜けない。下の者の筋肉が硬直しているせいか、はたまた地面にしっかりと突き刺さっているからなのか。

 

 それでも無理やりに引き抜こうと力を入れる。思ったより力を込めてしまったようで、『バキッ』と嫌な音を立てながら、銃剣の先端20cmくらいを欠いた状態で手元に戻ってきた。



 一瞬迷ったが、すぐさまその銃を放り捨てる。代わりにその辺に転がっていた同じライフル――二人のどっちかが装備していたと思われる――を拾い上げ、そのまま痛む足腰に鞭打ってもう一度斜面に向かって歩き出す。


 この時、後ろを振り返ることはしなかった。仲間の死体を見て、自分の武器で命を落とした仲間の姿を見て、妙に冷静に慣れた自分がそこにはいた。



 ああなりたくなかったら戦うしかない、割り切るしかない。とにかく前に進むしかないんだと、そう思った。




 再び、同じ斜面の同じ場所へと向かう。そして先ほどと同じように手をかけ、足をかけ、そのスピードだけは落としつつも上へ上へと登っていく。


 足が痛い。背中が痛い。思うように体が動かない。


 でも、歩ける。登れる。銃も持っているし、銃剣だって装備している。目の前の敵をぶっ殺すに十分な能力はまだ残っている。


 戦えるなら、戦うんだ。




 やがて斜面を登り切ったとき、すぐ目の前に敵兵の姿が見えた。目と鼻の先、丁度そいつは横に侵入したひのくに兵に銃剣を突き立てようとしている所で。そしてそいつは、俺が手を伸ばせば届く距離にいる。



 「やめろおぉ!!」


 俺は叫び、右手を前に出して目の前の敵兵の襟首をつかむ。突然の出来事に動揺を覚えたのか、敵はバランスを崩し片足立ちの状態で慌てふためいている。


 思ったよりも敵兵の体重が軽い。そう直感した俺は、そのまま敵兵の体をこちら側へと引き寄せ、壕の壁に押し付け、更に渾身の力でずり上げる。


 「何だ、何だ!?放せッ!」


 そんな言葉を上げながら抵抗する敵を思い切り引っ張ってやり、遂には壕の端まで持ち上げることに成功する。


 そしてそのまま、俺の後ろへとぶん投げた。



 間髪入れず、敵兵と入れ替わるように俺も壕内へと侵入し、すぐさま敵陣の方向へと銃口を向ける。すぐに大きめの銃眼が目に入った。中には機関銃と、それを構える敵兵の姿。


 ヤバい。



 不正確ながらもすぐさま敵の銃眼目掛けて一発撃ち、腰に装着していた手榴弾を構え、ピンを抜き、そのまま放り込む。


 運よく敵の陣地へと転がり込んだ手榴弾は数秒後に爆発し、その銃眼は暫し沈黙した。





 

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