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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
98/134

カリラヤ・ベルト 4

 「全員、いるな」

気付けば、班員全員がそこに集合していた。息切れを起こすことも疲れを見せることもなく、当たり前のようにそこにいる。



 「銃声……」

「この上は、すでに占拠している」


 確かに、そうとしか思えない。先ほどから味方が群がっていて、なのに銃声が聞こえてこない。つまり、撃つべき対象――つまりは敵兵――がそこに居ないことを示している。


 「我々も、向かう」

そう言って、再び嶺善班長が先陣を切って登り始めた。


 「なぁ、なんでバラバラに動いたんだ?それに今上が安全になってるって……」

「んなことは後だ、行くぞ」

「あぁ、すまん」


 集中を欠いている、そう自覚した。勇田は何事もなかったかのように登りはじめ、俺もそれに続いた。



 ……後から考えれば、二つとも当たり前のこと。集団でまとまって動けば敵に狙われるリスクが増え、誰かが躓いたり撃たれて倒れたりしては”邪魔”になってしまう。それ故、最も危険な場所を個人で動いてクリアするというのは俺たちにとって最適な選択肢だった。情けなく勇田の後ろを駆けて行った俺は、少々彼の足を引っ張ってしまったのかもしれない。


 そして後者。このタイミングで上が陥落しているというのは、ひとえに嶺善班長の予測が”正しかった”ということでしかない。遠目から敵味方の様子を伺い、ひとまずこの第一線がなんとか落とせるタイミングを見計らって動いたという話。



 幾多の犠牲の果てに得られた活路。



 ……。


 俺は、複雑な気持ちで斜面を駆けのぼった。




 *   *   *




 「そうか、第一線が突破されたか」

「そのようだ」


 付近に居合わせた兵たちと、戦況を確認する。


 「では、我々も」

「だな」


 主力のオーストラリア兵たちに混じって防衛線に待ち構えるヴァルビン・ウッズマーク一等兵は、今か今かと敵の襲来を待ちわびていた。


 「にしてもヴァルビン一等兵、気合が入ってますね」

「……」


 瞼を閉じるたびに思い出し、今日まで毎晩夢にまで見てきた彼にとっての悪夢。自分たちを生かすために命を懸けた仲間たちと、彼らを非常に殺害していった憎き敵兵たちの姿。


 その悲しみが。


 怒りが。


 復讐の念が。


 そして、死んでいった者たちに報いねばという彼の信念が。



 情に厚い彼の心を煮えたぎらせていたのである。




 そして、その後。


 死体の山を築きつつなんとか第一線を突破したひのくに兵たちは、次の目標へと進んでいった。第一線を確保した時点――ちょうど、嶺善班が到着する直前――で第二線の火力は低下していたので、それなりの犠牲を出しつつも第二線の敵兵を殲滅する――或いは撤退させる――ことに成功しつつあった。


 「このまま進め!」

「奴らを逃がすな!」

「ここで突破さえ出来れば……!」


 ひのくに兵たちも、退くに退けない。これほどの犠牲を出しつつも今更撤退することなどできないし、逃げれば背中を撃たれるのである。


 覚悟を決めて、死地へと飛び込むことしかできない。



 彼らの作った複数の通路。盛られた地面を抉ってできた。一人二人がやっと通れる大きさの抜け道。その出口は、敵兵の射線のど真ん中に位置している。


 そこを進むということは、まず撃ち殺されてしまうということ。多くの者は急斜面を必死に上るが、それは余程体力のあるものにしかできない芸当である。他の大勢は、危険を承知で決死の前進を試みる。



 撃たれる、撃たれる、撃たれる。斜面からはみ出した頭を撃たれて落ちる者、通路から出た瞬間に蜂の巣になる者、敵陣から飛んできた手榴弾や瓦礫に潰され、殺される者。


 上にいる敵を下から攻めるというだけで過酷であるが、彼らの徹底した防備がそれをより強固にしている。オーストラリア兵が一人死ぬ間に、ひのくに兵は十数人以上が死んでいるのである。



 無理な攻勢。だが、他に手段はない。




 「行くぞ!」

「おう!」


 ひのくに兵の一部が、他の連中に混じって攻勢を仕掛ける。第二線のの壕内に斜面から侵入し、運よくその中へと転がり込むことができた。直ぐ真横には敵兵たち、すぐさまライフルを構えて白兵戦を挑む。



 ――敵は、中々撃てない。味方を射殺してしまうリスクから、敵味方の入り混じった場所へは中々攻撃ができないのである。



 それを見たひのくに兵たちは勢いを増して攻勢を仕掛け、余裕のある者は無防備な個所からでも第三線に向かって射撃を開始する。第三線の銃眼に構える兵の一部は射殺され、後からそこに入る者もなかなか思い切った射撃ができない。



 「敵は撃てない!今の内だ!」


 このまま、敵が撃てない状況のまま、次のラインを突破しよう。勢いづいたひのくに兵たちは皆そう考え、第二線の攻略もままならないまま第三線へと突っ込もうとする。




 そして。出会う。




 「よぉ」


 ガタイのいい大柄な男が、突進してきたひのくに兵の襟元を掴む。……強靭な体躯と筋肉で、そのまま対象を宙へと浮かせ、


 「地獄へ堕ちな」


 そのまま敵兵の密集している箇所へとぶん投げて、数人まとめて始末した。



 「これ以上は、進ませない」

次から次へとよじ登ってくる敵兵を叩き落し、殴り殺し、ぶん投げ、徹底的に追い返す。


 「……キーウィってみんなああなのか」

「さぁ……」


 近くで防衛しているオーストラリア兵たちは、彼の強さに唖然としている。


 燃え滾るような中身とは裏腹に冷たい殺気を放つヴァルビン一等兵の姿は、ニュージーランド兵たち全員にも共通するものであった。



 「我々も負けてはいられん」

「ここを守りきるぞ」


 そして、彼の殺気と熱意は伝染する。近くで守っていた者たちも、やる気を漲らせて敵兵を迎撃しにかかる。


 どうにか数分耐えたのち。第二線の仲間たちが全滅したことで、皮肉にも彼らが全力を出すのに邪魔だった”枷”が外される結果となった。



 「誤射の恐れはない!ここは落とさせない、全力でかかれ!」

「おう!!」




 第三線は、それ以下の前線と異なり極端に出入り口が少ない。斜面も角度が急で、先ほどよりも攻略は困難である。


 そして、真っ先に急斜面を登れるようなやる気と体力に優れた連中は最初の段階で始末することができた。後は、無防備に攻め入る連中を蜂の巣にするだけだ。



 それだけじゃない。



 「もはや遠慮は要らないな」

「あぁ」

「敵を討つ」



 第一波の連中が撃退されても、ひのくに兵たちの士気は未だ折れない。決死の覚悟で狭い通路を伝い、再び第三線の兵たちへ近寄ろうとする。


 ……そして、



 「やれ」


 勇んで敵の側へと近寄ろうとしたひのくにの兵たちは、甲高い断末魔を上げて黒焦げの塊になってしまった。



 「あれは……」

「速く水を!」

「くそっ、あんな手まで使いやがるのか……!」



 今回、新兵器の活用を試みたのはオーストラリア軍だけではない。ニュージーランド軍でも、新しい時代の戦争に有効な兵器の開発を模索していた。


 そして、この段階になって新しく作られた――いや、見直されたといった方が正しい――のが火炎放射器という原始的な兵器。


 射程が短く取り廻しも悪いが、狭い塹壕や地下壕の中では十分にその威力を発揮することとなる。



 「この防衛線における火炎放射器は、無敵だ」


 オーストラリア兵たちは、ニュージーランド軍の新兵器を使いつつ震えていた。敵兵の叫びも、死に様も、彼らがこれまで撃ち殺してきた時よりずっと残酷なものに思えたのだ。


 だが、それだけではない。



 彼らが本当に畏怖し震えてしまったのは、これほどまでの手段を躊躇なく使うようになった、ニュージーランド兵たちの本気を肌で感じ取ったからである。



 燃え死にゆく敵兵たちを見下ろしながら、ヴァルビン一等兵は小さく独り言ちた。



 「地獄の業火に焼かれろ」

と。

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