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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
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狩人 2

 とはいえ安心はできない。標的の数があまりに多いこと、そして若干の味方兵が混じっているから効果的な射撃が中々できないだけで、敵の銃眼は相変わらず脅威。また一部では勢いに乗ってさらに上の防衛線へ攻撃を仕掛けているが、全て失敗している。



 ……先ほどから思っていたが、第三線は険しく、”高い”。この防衛線は段々畑のような構造になっているが、 今までは三メートルほどの高さでなんとか登れそうな傾斜の段差であった。


 そして今目の前にある第三線は、目に見えて険しく、そして高いのだ。ロッククライミングを彷彿とさせるような地形で、高さも5メーターはあるように見える。実際は岩でなく硬めの土ではあるが、それでも上るのには相応の腕力と気力が必要になりそうだ。



 それだけじゃない。



 下から上に攻撃する手段は限られているが、上から下を攻めるのは容易である。時折上から爆発物や岩石の類が転がり落され、それらは短時間のうちに重力に押されて十分な殺傷能力を獲得し、群がるひのくに兵たちを一網打尽にしている。



 またその辺の至るところに罠が設置してあるらしく、不用意に敵の武器を拾った者が爆発で腕を持っていかれたり、抜け穴(に見せかけた横穴)を使おうとして同様に爆破の憂き目に遭う者がいたりと、あらゆる手段で味方が排除されていく。その間にも、上からの攻撃は収まらない。



 ……どうしたものか。



 このタイミングで嶺善班長が攻撃を開始した理由は何なのか。少なからず攻める好機とみて出撃の合図を出したのだと思ってはいるが。


 実際に最前線に来てみて、俺達にできる仕事ってのはあまりないように思えてしまう。


 ――自分がいかに平凡で無力なのか、思い知らされる。



 周りに目を向け、”何か”無いかと探してみる。ここにいても、俺にできることはないように思えるし。ここで油を売っていても、そのうち敵弾に当たって死んでしまうことは明白だ。


 前に進む。どうやって。どこに行けば、不利を覆せるのか。このエリアでどう立ち回ればいいのか。


 考えろ。考えろ。考えろ。



 ……見つけた。




 左の奥の方に、第二線と第三線を挟むようにして大きな森林地帯がある。


 都合よく用意された遮蔽物の群れ。嫌な予感はするものの、ここにいるよりはマシと判断。出来るだけ敵弾を浴びないように壁沿いを張って進み、目的地へとゆっくりゆっくり進んでいく。



 その先に用意されている罠が、どれだけ危険なものであるのか。這いつくばる俺には、そんなことを考える余裕などなかったのだ。




 *   *   *




 「へぇ……」


 一足先に森林地帯へと侵入した光峰一等兵。彼は第二線の攻略時点で味方の動き方を読み取り、よりリスクの少ない場所から最短ルートでここへと至っている。


 そして辿り着いた先で先行した味方の屍が転がっているのを、冷静に観察していた。



 「そりゃ、いるよねぇ……」


 外と違って森の中はそんなに騒がしくもなく、外部からの音も木々によってある程度は遮られている。さしずめ、この広い戦場の中に用意された隔離空間とでも言うべきか。都合がいいのか悪いのか、未だに判断しかねている。



 「うぅ……」


 死体と思われていた中の一人が、ごく小さな呻き声をあげる。


 ……貴重な情報を逃すわけにはいかない。労いや心配に先立って、まずは聞くべきことを聞く。遺言だの泣き言だのは、戦場に居る者として一切が”不必要”である。


 「教えてくれ、何があった?」

「……はぁ……うっ……」


 意識はある。そして、何かをしゃべろうとしている。衣服に滲んだ血の様子から、敵弾は胴体に命中したものと思われる。


 光峰一等兵は、重ねて質問すりょり答えを待つことを選んだ。



 「……ぇない……」


 見えない。或いは、聞こえない。 


 「何発も……ちか、く……」


  ……。


 「気を、つけ……」



 「あぁ、ありがとう。無駄にはしない」


 言葉を終えないうちに目をつむりきった味方へ、感謝の意を述べる。今の短いやり取りから、頭の中にいくつもの仮説が浮かんできた。


 『無駄にはしない』

君の言葉と犠牲を無駄にはしない、そう言ったつもりだった。どこまで聞き取れたのかは分からない、もしかすると自分が喋る前から既に彼の意識は無くなっていたのかもしれない。


 ……それでも。




 「や」


 気安い挨拶と共に同僚が姿を見せる。


 「どうも、黒桐さん」

「おう、何があった?」


 先ほどの自分と全く同じ質問を投げられる。ここで呑気に会話していて良いのかという気もしたが……。



 「僕が来た時にはこの状態だった。この人が教えてくれたけど、敵はたぶん隠れるのが上手くて連射できる武器を使ってるよ。そんで、近づいて攻撃してくる」

「うんうん、連射できる武器ね」


 黒桐伍長はガンマニアであるが、彼の興味の対象は武器そのものに留まらない。射撃音、弾痕、そして……


 「うん、拳銃弾かな」


どんな銃でどんな銃創ができるのか、そういったところにまで知識は広がっているらしい。



 「でも多分、拳銃じゃないよね。そんな至近距離でもなさそうだし、そうでもなきゃこんな簡単に複数人を殺せないし。それに……」


 死体の銃創の位置に目を向ける。冷静に観察すると、それは『大群目掛けて乱射した』という感じじゃなく、狙って胴へ2,3発ずつ撃ちこんだものに見受けられた。



 「こないだ君が囮使って捕まえた敵兵さんたちさ、あいつらが持ってたのと同じ奴。AMのP9-Cってモデルなんだけど……」

「あぁ、カービンってやつですね」

「そうそう。たぶんそれ使ってるみたい」


 黒桐は典型的なマニアであり、つ自分の興味関心のある事柄については饒舌になるタイプの人間である。そんな彼は普段から光峰一等兵や他の者にも味方や敵の銃器について知識を披露しており、光峰も銃の名前を聞いただけで凡そどのような銃が使われているのか見当がついてしまうのである。



 「そっかぁ……やばそう?」

「間違いなく手練れだね。うん、ヤバい」




 *   *   *




 手が、震えている。あんなに近くで人を撃ったのは初めてだ。


 ヘマをした。ギリギリまで引き付けるはずが、十数メートル先のシルエットに脅えて真っ先に引き金を引いてしまった。


 あんなに近くで、大勢の人間に殺意を向けられた。俺を殺そうとする者たちの怒りの形相を見た。心臓が飛び出るかと思うほどの衝撃と、そして全身が凍り付くような寒気を覚えた、俺はもう、死んだかと思った。

 

 そして、そんな自分のヘマをカバーするように敵兵連中を一瞬で殺しきった同僚に、敬意と恐れを抱いている。



 「ジェイコブ、すまん」

「何度目だよ。次から気を付ければいいってこった、過ぎたことだ」

「あぁ……」


 幼いころから森林に親しんで生活してきたジェイコブ一等兵、都会で本を読んで育ってきたイディーレ二等兵。こういう現場での判断力、胆力、そして度胸の強さは両者の育ちに合わさるように大きく開きがあった。



 「ジッとしてりゃ案外気づかれない。気配ごと消すってのは結構しんどいけどよ……まぁ、動物と誓って人間は鼻が効かねーからさ」

「……」

「そう落ち込むな。俺が居れば問題ねーよ」

「そう、だな」


 血走った眼で迫りくる敵に、ジェイコブは一切の脅えも迷いも見せなかった。ただただジッと身を潜め、対象が最適な交戦距離にまで接近するのを冷静に待っていたのだ。


 「……次が来る。もうこの森にはたくさんの敵兵が入ってきてるぜ。……皆殺しだ」

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