狩人 3
* * *
敵弾を掻い潜り、落下物をスレスレで避け、時に死体を演じながらやっとこさ森林地帯に到達することができた。
……道中、班のメンバーとはすれ違っていない。死体の顔はいちいち確認しなかったから、もしかすると班員の誰かは腕に戦死している……かも知れない。悪い想像ばかりが働いてしまう。
いけない。余計なことは考えるな。
この戦場にポツリと存在する森はいかにも怪しく、不審で、とても不気味なものに見える。俺だけじゃなく何人もの仲間たちが、5人6人で固まって先へと進んでいく。
……先ほどの反省。俺たちは基本バラバラで動いている。その意味を、有効性を考える。
一人なら、バレないんじゃないか?
そう判断し、俺は一人で森の中へと分け入っていく。細心の注意を払い、ゆっくりと、この森に潜んでいるであろう敵兵たちの視覚や聴覚をできるだけ刺激しないように……。
………。
……。
…。
そう遠くない場所で、乾いた破裂音が鳴る。思わず身を竦めたが、固まった体を無理やり動かし、ゆっくりゆっくりと身を伏せる。
どこかで聞いたっけな。こういう場木々の生い茂る場所では、縦に動くものは容易に発見されるのだと。最初の戦闘を思い出し、冷や汗が出る。
――大丈夫、あの時だって同じだった。敵がどこにいるのかもわからないまま戦って、最終的に生き延びたじゃないか。
できるだけ冷静に、そして”適度に”悲観的な推測を。
……。
「静かに」
「……ッ!?」
声が出そうになるのを、ギリギリのところで抑え込む。どうにか声を呑み込めたのは、その声に聞き覚えがあったからだ。
「ガサガサ聞こえちゃってたよ。うつ伏せで進むなら、もっとゆっくりにしなきゃ」
光峰一等兵。
「中腰で歩いたほうが……うん?銃変わってない?」
黒桐伍長。
「えぇと……俺の銃、色々あったもんで、使えなくなっちゃって」
「折角俺が整備してやったってのに……」
この人、チラッと見ただけで同じ銃の個体まで識別できるのか……?
いや。そんなの後回しだ。
「あの、どういう状況なんでしょう」
出来るだけ小声で話す。この二人も隠れていたというなら、ここは結構危険な場所なのかもしれない。
「見て、あそこ」
光峰一等兵の指す方向には、6人のひのくに兵がいた。各自間隔が1メートルくらいの距離間で固まり、先ほどの俺より少し早いくらいのペースで進んでいる。
「……よく見ておくんだよ」
「?……は、はい」
彼らは先へと進んでいる。皆が別々の方を向き、全ての方位をカバーし合いながら徐々に徐々に前進している。正に、俺が想像したような”森で戦う軍隊”って感じの動き方だ。
……光峰一等兵は何が言いたいのだろう。彼らのような動き方を参考にしろってことなのか?
「来る」
黒桐伍長の発言と同時に、見計らったようなタイミングで銃声が鳴る。パンッパンッパンッと連射する音が重なって鳴り響き、先ほどまで固まっていたひのくに兵たちは一秒にも満たない間に全員が倒れてしまった。
そして全員が倒れた直後、彼らの少し前のあたりで微かに草木が動いたように見えた。反射的に銃を構えようとするが、射撃の姿勢が整う前に手で制される。
……なぜ?意図は分からないが、ひとまずは従う。
それから三分ほど、沈黙が続く。敵兵も姿を現さず、俺達も一切動かず、外から入ってくる戦闘の音だけがその場を支配していた。
そして後には、微かに漂う硝煙の臭いだけが漂っている。
……。
「……行きましたね」
「だな」
敵がいなくなったと踏んだのだろう、二人は周囲に目を光らせつつ味方の死体の元へと動いていく。俺もそれに従い、間もなく死体の元へとたどり着いた。
「間違いないね。たぶん、同じ手口だよ」
「だな。最初に見たやつをそっくりそのまま再現したって感じだ」
「……あ、あの」
冷静に場を分析する二人。しかし、俺は落ち着いてなど居られなかった。どうしても聞きたいことが、確認したいことがあったんだ。
「なんで、撃たせてくれなかったんです?」
「なんでって……確かめなきゃいけないことがあったからさ」
「見殺しにするほどのものなんですか!?」
「……声、大きいよ。気を付けてくれないと」
少し、感情が強く入りすぎていたのかも。自制が聞かず、少々声量が大きくなってしまった。でも、今の俺にはそんなことはどうでもいい。
救えははずの命を救えなかった。討てるはずのかたきを討てなかった。そのことについて、まずは自分に。そして俺を制した光峰一等兵に対して、苛立ちを覚えていたんだ。
「……気持ちは分かるけどさ」
やや沈んだ声。
「刻峰二等兵。君はあの場で、敵の位置を正確に把握していたのかい?」
……。
「あの時、敵の方から小さな物音がした。たぶん、あの場には敵がいたんだろうね。その音がした方向へデタラメに撃ちこめば、一人くらいは倒せたかもしれないな」
「……はい。だからこそ、一人でも多くの敵を倒すために」
「敵は何人いたと思う?」
「……分かりません」
「うん。分からない。分からないのに雑に攻撃を仕掛けて、こちらの位置が敵にバレて。そのあとどうするつもりだったの?」
「それは……」
正直、二人の行動が合理的なものだってことは解っている。光峰一等兵の言う通り、どこにどれだけの敵が潜んでいるかも分からない状況で、たった三人しかいない俺達――それも、敵の待ち伏せているエリアに侵入したという不利な状況――。迂闊に動けば、無策に攻撃を仕掛ければ、いったいどんなことになるのかは明白である。
……。
「すみません」
解っている。俺の怒りは、光峰一等兵に対するこの物言いの全ては、八つ当たりであり俺のエゴなのだ。
「まぁ、気持ちはわかるから。……とにかく、敵をやっつけようね」
「……はい」
たぶん、俺の感情とか考えってのが、このひとには全部筒抜けなんだ。見かけによらず、人間としての器が大きいんじゃないかとか、失礼なことを考えてしまう。
「お二人さん、そろそろマズいぞ」
会話に入ってこなかった黒桐伍長は至って冷静に、そして合理的に状況を見ていたらしい。
「のんびりしてる余裕はない。敵はやり手だ、我々の動きも想定されている可能性が高い。マトモにぶつかり合えば狩られるのはこちらだ」
「それもそうですね。動き方は、どうします?」
なるほど。こういう場合、場の主導権は階級の高いものに委ねられる。あまり意識していなかったが、黒桐さんは地味に階級が高く伍長で、そして光峰さんは思いのほか出世していないのか一等兵にとどまっている。
「進まにゃ話にならん。……班の誰かと合流できればいいのだがな。正直、我々では分が悪い」
「それじゃあ、ひたすら隠れて動くということで」
「そうするしかないな」
ということで、俺達はすぐにその場を離れ、出来るだけ敵戦線の裏をつけるようにゆっくりゆっくり敵陣の奥の方へと向かっていくことになった。
いざというときにすぐ動けるよう、あくまで中腰の姿勢を保ちつつ、極力身を伏せて行動する。先頭を光峰一等兵が、後ろを黒桐伍長が、そして中央から左右を俺が注意しながら死角を作らないように動く。
……なんだろう。
気のせいだと良いんだけど。
似たような状況でたった一人、敵の数も規模も分からないままに逃げ惑った時のことを思い出して。その時の極限までの緊張感と危機感が、俺の中に蘇ってくるようで。
こうして動いている今この時。正に今この時、誰かが俺たちのことをつけ狙っているんじゃないかと。俺たちは今、既に敵の射程内に収まっているんじゃないかと、そんな予感がした。




