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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
102/134

狩人 4

 そして、やはり。嫌な予感というのはよく当たるものだ。



 「……伏せろ!」


 先を進んでいた黒桐伍長が大声で叫ぶ。その意味を一瞬で理解し、言葉通りに身を伏せる。直後にそこかしこを弾が掠め、前方からは先ほどと同じような銃声が繰り返し鳴り響く。


 「……くそっ!」

嵌められた。マズイ……!





*   *   *




 「チッ、仕留めそこなったぜ」

ワンマガジンを景気よく撃ち尽くしたジェイコブ一等兵は、悔しさを滲ませつつ弾倉を交換する。この森林の風景に上手く溶け込めていたはずだが、確実に殺せる距離まで近づく前にこちらの存在を気取られてしまった。


 自分たちよりも強いってことはないだろうが、それでも警戒すべきレベルの敵だと判断した。


 ともに待ち伏せていた仲間たちも一旦射撃を止め、銃を構えつつも敵方の様子を静かに観察している。動くものがあれば、即座に応戦する構えだ。


 「本当に、来た」

ジェイコブに付き従うイディーレ二等兵は、仲間の予測が的中したことに驚きを隠せない。最初に待ち伏せて倒した敵兵の死体、それを見た敵兵たちの動き方をこうも完ぺきに言い当てるとは。


 同じ長さの人生、同じ長さの軍歴でも、育ちでこうも実力差が開くというのか……。



 「敵が手慣れてりゃ、きっと前に進むはずだ。静かに、静かに、俺達の目を掻い潜れるようにな。運が良ければ俺らを先に見つけて攻撃できるとでも考えたんだろうが……残念だったな」


 軽口を叩くも、その眼はギラギラと光を反射させており、さながら獲物を追う猛獣のようだ。



 そう思うのも無理はない、と思う。もともとジェイコブ一等兵は山林地帯で生まれ育ち、狩猟を生業とする父親のもとで銃の扱いを学んできた。当然、自分の存在を気取られぬようにすること、そして隠れる”獲物”を見つけ出すことにも慣れっこである。


 「同じなんだよ、人間も、それ以外も。命を懸けて、スリル満点の追いかけっこをするのさ。そんな時、どう動くかってのは皆同じ。何にも変わらねぇ」

弾倉を交換しながらも、彼の視線は敵の方向から一切動かない。


 「逃げられる距離じゃねえ。ぜってぇ逃がさねーよ」




 *   *   *




 何とか敵弾を受けずに済んだが、地面に這いつくばって伏せた姿勢のまま身動きの一つもとれない。僅かにでも被弾面積を減らすために頬を地面に押し付け、視界も極端に偏っている。


 「……やってくれたなぁ」

……!?


 「黒桐伍長……!?」

小さな声で、声の主に話しかける。やってくれた。つまりやられたってこと。


 「あぁ、尻にな。とりえあずは問題ないが……」

「……くっ」


 命に別状は無さそうだが、体を動かすのに――それも、移動に最も重要な脚を動かすのに――支障を来しそうだ。地味だが、手痛い損害と言える。


 「このままじゃ……!」

このままじっとしていても、敵にやる気があればいずれは距離を詰められ殺されてしまう。敵が用心深いならこちらの様子をジッと伺っているのだろうし、状況を好転させたいなら動くしかない。


 しかし、俺の試みは一瞬で崩されることになる。態勢を整えようと動いた瞬間、手元に鋭い痛みが走った。それと同時に銃が後方へと吹き飛ばされ、俺は丸腰になってしまった。


 「痛……ッ!」


 銃を保持していた右手がジンジンと痛む。何とも表現しがたいが、まるで腕を内側から金づちで思い切り叩かれた様な、そんな風に鈍い痛みが腕中に響いている。



 「どうすれば……!」

マズイ。マズイ。


 この状況を乗り切るには、どうすればいいんだ……!?





*   *   *




 敵に動きがあるのを見て、即座に”敵”を狙い撃つ。それが敵の体でなく銃の一部で、結局敵一人を仕留め損なったことに気づいたのは、敵のライフルが敵の後ろの方へと飛びゆくのを見届けたときであった。


 「速すぎる、イディーレ」

「すまん、つい……」

「この距離だ、普通に狙えば外さねえ。敵が油断しきったところを叩くんだ」

「分かった」


 とはいえ、状況はこちらへとより有利なものになった。敵は三名、そのうち少なくとも一名には体のどこかしらへと当てた感触があり、そしてイディーレが敵一人の銃を無力化させた。


 被弾している奴が即座に動けるとは思えないから、実質敵二名を弱体化させたってことになる。残る脅威は、あと一名のみだ。



 ……だが、慢心はしない。


 「待ってろ」


 慢心はしない、油断はしない。だが、”勝てる勝負”にはキッチリ参加させてもらう。手に馴染んだカービンを片手に、ジェイコブは一人歩き出す。


 「ジェイコブ、でもまだ敵が」

「問題ない」

「そうか……」


 イディーレ二等兵は、自分の身の丈を正しく理解している。それが重要だと思うし、下手に自分や仲間を過大評価すると必ず失敗すると考えている。自分に過剰な自信を持ち、敵を過小評価したうえで戦うとなるとどこかで慢心が生まれるのだ。そして慢心は油断を生み、油断は自分たちの弱みを作ってしまう。


 弱みを見せれば付け込まれ、容易く負けてしまう。そして戦場における負けとはすなわち死、取り返しがつかない。



 しかしながら。いや、だからこそ。



 自他ともに認める森林戦のベテランを黙って送り出すことに、これ以上の反発はしないことにした。




 ……信じてるぞ、ジェイコブ。




 *   *   *




 最悪だ。焦りすぎた。


 「刻峰、大丈夫か!?」

「はい、なんとか……でも、武器が……」

「まったく、よく失くす奴だなお前も」


 黒桐伍長は、呆れたように俺を見る。幸いにして怪我は浅く、無事に帰ることができれば普通に治る程度の負傷ではあるらしい。


 だが、それだけ。



 今の俺たちにとっての吉報はそれだけだ。全員が致命的な負傷をしていないだけで、他は絶望的な条件で満ち満ちている。



 「……僕たちと敵との距離は、精々三十メートルってとこだね」

怪我をしていない光峰一等兵は、不必要に体を動かさずジッと音だけを聞いている。敵の銃声やかすかな物音を聞き分けて、敵の情報を少しでも得ようと努力しているようだ。


 「人数とかは分からない。ただ、僕たちより多いってのは確かだね」

「しかも、一か所だけじゃなく分散してるらしいな。流石に読み切れんぞ」

「えぇ、そうでしょうねぇ」



 改めて、状況を確認する。敵は三十メートルほど先からこちらを狙っている。人数は不明。黒桐伍長によると、手強い奴も複数人混じっている可能性が高いという。


 そして、俺たちは三人しかいない。先ほどの銃声で仲間たちが救援に駆け付ける可能性もなくはないが、それは現状想定すべきでない。そして俺は武器を失い、黒桐伍長は尻を負傷し、光峰一等兵のみが負傷なくマトモに装備を残したままだ。


 「君、本当に何も持ってないの?」

「はい、ライフルが吹き飛ばされて……あ、」


 思い出した。懐を探ると、手に馴染んできたグリップの感触があった。


 「これなら、持ってます」

数日前、勇田上等兵に買ってもらったピカピカのナイフ。今はこれだけが俺の最後の装備ってことになる。銃に比べてあまりにも頼りないが、ないよりはマシと言えるだろう。


 「……どちらにしょ、攻めることはできないね」

「あぁ」

「そう、ですね」


 くそ。



 逃げることも難しい、応戦もままならない。こちらがジッとしている間にも、敵が何かしらの策を講じている可能性があるというのに。



 どうすればいい。

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