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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
96/134

カリラヤ・ベルト 2

 敵の防衛線は自然の地形を利用し、足りない部分は人工的な建築によって作られており、彼らの眼前には盛られた土砂によって斜面が形成されている。高さにして2m程度、角度と土砂の具合からして登れないこともない高さ。


 ……いや。



 「ここを、登るしかない!」


 彼らの指揮官――その場にいる中で最も階級の高いもの――の発言に、その場の全員が首を縦に振る。活路はもう、そこにしかない……!



 「突撃用意!」


 ライフルを持ち、次弾を装填する。途中で失ったものは、携帯していたナイフや棒切れを構える。両手を開けたままでギリギリ登れそうな斜面だ、上りきるまでは撃たれる心配も少ない。



 「突撃!!」


 掛け声に合わせ、全員で雄叫びを上げながら走りこむ。その前後に似たような号令がそこかしこで響き、偶然にも複数個所で同時に攻撃が開始されたことを知らされる。



 ――好機。俺たちは孤独じゃない。少なくとも、敵の注意は分散されるはずだ!




 兵たちは皆威勢よく駆け上がり、斜面の最上部へと到達する。そして真っ先に目に入った敵に向けて(命中するかしないかは別として)一発撃ちこみ、すぐ壕内へと入り込んで格闘戦を開始した。



 ……この時、兵たちの態度は二つに一つであった。興奮状態で周りが見えない者と、冷静に場の状況を観察する者。

 

 このうち前者の多くは自覚のないまま死亡し、そして後者は驚愕の表情を浮かべる。



 彼らの入った塹壕は丁度”し”の字型になっており、敵に向かう方向に対しては壁となるが、後方に対してはまた久野無防備という作りであった。つまり。第二線以降の銃眼から中が全て丸見えの状態になっているのだ。


 侵入した兵たちはまず斜面を登り切った段階で多くが射殺され、首尾よく敵陣へ乗り込んだ者も数秒もせず蜂の巣となってしまう。次から次に兵たちは群がっていくが、その徹底した守りは中々崩せなかった。




 「報告します、敵の攻撃は第一線の壕内まで到達。しかしながら、一人残らず始末したとのことです」

「うむ」


 第三線から、一人の指揮官が戦場を見ている。伝令に次の指示を出したのち、転がる敵兵の死体を眺めつつ心の中で彼らに警告した。


 「思い知れ、ひのくにの兵ども。これが、我々の本気だ」




  *   *   *




 「……吸い込まれてるみたいだ」

思わず、独り言が漏れる。こちらからは味方の一部が敵の塹壕内へと入っていくのが確認できるのみだが……なんだか、本当に誰一人として生き残っていないという、そういう感じがした。


 さっきの光峰一等兵の言葉も影響しているのだろうが、この時の俺には不思議と戦場での”嫌な予感”ってのが、思ったより確かなものとして信じられるようになっていた。



 「……だが、こういう手段が最も確実だ。犠牲さえ払えば確かに攻略はできよう」

「そんな……」

「我々には時間がない。急がば回れ……と言いたいところだが、こうでもしなきゃならん理由があるのだろう。我々の指揮官も馬鹿じゃない」

嶺善班長は、いかにも軍人らしい冷徹な見解を述べる。


 「この戦い、我々の出番はもう少し先になるだろう」

「……」



 俺は、葛藤していた。葛藤というか、心の中で気持ち悪いものがずっと渦巻いていて。最悪とも言えるほどの居心地の悪さ、或いは罪悪感に近い何かを抱えて、無理やりに解釈しようとして。


 きっとそれは、”顔”に出ているんだろうなって、そう思う。




 自分の立場。二等兵。新兵。嶺善班という特殊な環境で戦う一兵卒。特段優秀でもなく、軍人として輝かしい何かを持っているわけでもない。


 前線で戦い、傷つき、死にゆく連中と自分。彼らを眺めながら、俺がどういう存在なのかを改めて考えていた。


 何が違う?能力?出自?年齢?



 なぜ彼らはああやって死にゆき、俺はそれを後ろから――安全な後方から――眺めている?




 もし俺が、純粋にこの世界のこの国に生まれ育ち、徴兵され、そして戦場へ出ていたとしたら?


 きっとあの中に混じって、敵弾を浴びることになっていたのでは?



 別世界からやって来たという”特別な存在”という点を除いて、俺は彼らと自分との明確な差異を何一つ見つけることができなかった。



 考え方次第なんだろうけれど。



 まるで、自分の代わりにあの中の誰かが死んでいるようで。身代わりに誰かが犠牲になっている気がして。



 「……あんなに、あっけなく死んでいくもの、なんですね」

何かの防衛本能が働いたのだろうか。無意識のうちに、まるで他人事のような言い回しを選んでしまう。


 その言葉を拾ってくれる人は、だれもいなかった。




 *   *   *




 攻撃を開始してから数時間が経過。こちらの砲撃も効いていたらしく、敵の銃座から浴びせられる弾丸の数が少しづつ大人しくなっていった。敵方からの砲撃は相変わらずだが、向こうは味方への誤射を避ける位置――つまりトーチカ線よりも奥側、中間地帯を中心とした区画――にしか撃ってこない。


 こういう様々な要因が相まって、遂に第一線の敵兵を駆逐することに成功したのである。



 しかし。




 「どうすりゃいいんだ……」


 誰かが、第一線に繋がる斜面を前にしてそう呟く。


 「ここを登れば……」



 根本的な攻略方法は、未だ見出すことができなかったのである。




 *   *   *





 ――ルソン島 某所 沿岸部



 「第一陣、突撃!!」


 ひのくに軍の攻撃と並行して、もう一つの戦いが開始されていた。



 「ぶち殺せ!」

「進め!止まるな!」

「一人残らず叩き潰せ!」



 「クソ……!なんでこんなところに!?」

「何でもいい、追い返せ!」

「海岸を血の海にしてやれ!」



 ひのくに軍のカリラヤ・ベルト攻撃開始から間もない頃。カリラヤ・ベルト後方の沿岸部に米軍の上陸部隊と中規模の艦隊が突然姿を現し、沿岸の防衛部隊は慌てて迎撃を開始した。



 「こんなの聞いてない!」

「なんだよあの数、いったい、どうやって……!?」



 この攻撃に関してはひのくに軍でも限られた人員にしか知らされておらず、米軍内でも今作戦に参加する者以外には一切通達が為されなかった。


 表向きは既に同島へ駐留するひのくに陸軍に合流するための人員と物資の輸送部隊ということにし、殆どの味方にも”敵――こちらの動きを監視する敵の諜報員や工作員たち――”にも一切の情報を与えないことで、このように完全な奇襲上陸が実現したのである。



 「……あの女、やりよる」

マキシ・レイナーズ中将は、自ら指揮する軍が敵を蹴散らす様子に満足しつつ、しかしこの作戦の内容全てを助言――否、これは指示や命令に近いものだ――してきた欧州方面総司令官エイダ・カーチスの顔が目に浮かび、どこか苦々しい表情を作る。



 「報告します、予定の戦力は全て上陸に成功。また、敵の防衛施設の殆どを占領済みです」

「そうか……ご苦労」

「ハッ!」


 平静を保ちつつも喜色を隠せない声色の報告に、なぜか不機嫌な声で応対してしまう。



 ――名誉あるPR軍総司令官という地位にありながら、他人の考えた作戦で成功を収める。自分の力でなく、より優れた他者の力で戦いに勝つ。こんなことでは、俺の望む名誉も、手柄も、何も手に入れることなどできないではないか……。



 しかし。



 「では、予定通りに」

「了解!」


 彼の一言で、大勢の人間が動く。命令系統最上位から発せられる短い言葉が下へ下へと浸透するように降りていき、最終的に数十万人の行動へ影響を及ぼしていく。


 その感覚だけが、自らがPR軍総司令官の地位にあるのだと、彼にそう自覚させるのであった。


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