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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
95/134

カリラヤ・ベルト 1

 突撃の号令と共に、数千人の部隊が前進を開始。こちらが陣取る森林エリアを走って駆け抜け、間の無人地帯へと歩を進める。


 敵の陣地とこちらの陣地との間にはほとんど遮蔽物がないため、前進する連中は敵の射線が通っている場所を生身で通過することになる。


 100メートルほどの距離を、隠れる場所もなく走り抜けるしかないのだ。時々見かける小さな土地の起伏や残った気の切り株のみが命綱であり、それでも伏せて隠れることで多少は被弾面積を減らせる程度。突撃する人間からすれば、かなり絶望的な条件である。




 さらに。



 「!?」


 ドォン、ドォンと連続した音が……先ほどまでとは桁違いの頻度で、敵の方角から聞こえてくる。そして十秒もしないうちにまず第一波の、続いて第二波、第三波と連続して大量の砲弾が降り注ぐ。



 砲撃を受ける彼らには、運以外にその命中を避けられる理由がない。目の前の陣地から飛んでくる機関銃弾と砲撃を前にして、バッタバッタとなぎ倒されていく。



 「……やはり」


 霧雨曹長が、独り言のようにつぶやく。


 「手間をかけているな」



 砲撃。当然ながら、それを撃つには砲台が必要だし、弾も必要。それもこれだけの規模となると、相当な数が必要になるはず。


 俺は輜重部隊にいたから察するところではあるが、これだけの砲撃に必要な物資を森林地帯で用意するには途方もない労力と時間がかかるはず。



 「残念だが、彼らは……」


 敵陣地に向かう兵隊たちは、次から次に倒れていく。崩したと思われた敵のトーチカや塹壕からも当たり前のように敵兵が飛び出してきて、設置された機関銃や手持ちのライフルで無防備な的を遠慮なく撃ち抜いている。


 当然こちらも後方から支援射撃を行うものの、敵へは思ったほどの損害は出ない。なにしろ敵が狙うのは数十メーター先、こちらが狙うのは100メーター以上先の敵である。しかも敵は効果的に遮蔽物を利用できているのに対し、こちらは(狙われる連中は)遮蔽物と言えるものが殆どない。かろうじて小さな起伏や窪みに身を隠している者はいるが、たったそれだけ。大多数の者は、身を隠す者もなく前に走るかその場に伏せて応戦を解するばかり。



 その間にも次々に砲弾は飛んできて、ひのくに兵の集団の中に次々と大爆発が起こる。



 ――ここに来て、最初に見た光景を思い出す。敵が多少は”片づけた”ようだが、敵の陣地の前には未だに昨日死んだ者たちの死体が残っている。高温多湿な天候も相まって、すでに肉も腐り始めているはず。


 「地獄……」


 まさに、そういう光景。




 「突撃、用意!!」



 また号令がかかる。第一波が全滅に近い状況になったのを見て、次の攻撃が開始される。



 「突撃―――!!!」




 そして、また似たような人数が突っ込んでいき。先ほどのような地獄絵図が再び目の前に再現される。砲弾、銃弾、死体、肉片。それらが織りなす死の風景が、戦争に参加するということの虚しさと絶望を実に分かりやすく俺に伝えてくる。



 お前もああなるんだぞ、と。




 

 「お前も、あんなふうに死ぬぞ」

!?


 すぐそばにいる霧雨曹長の声。振り向くと、彼はまっすぐに戦場を光景を見つめていた。でも、その言葉が俺に向けられたものであることは間違いなさそうである。


 「そんな顔しているうちはな」



 次々に死にゆくひのくに兵。敵も時々撃ち抜かれているようだが、損害でいえばこちらが圧倒的に負けている状況。そんな中で、戦場に少しづつ変化が生じ始めていた。



 大量の死体はやがて重なり、遮蔽物となる。敵の砲撃で空いた穴や窪みも増え、前線の連中が利用できる遮蔽物がどんどん増えていく。


 


 「突撃――――!!!!」



 何度目かの突撃。開けた戦場に生じた複数の遮蔽物が、味方の残した功績が、後続の者達を支えている。実に残酷な光景だが、それでも少しづつ前線が前へ前へと進んでいく。


 後方から砲撃音が復活する。敵に比べれば随分寂しい頻度ではあるが、敵のトーチカ群へ次々と榴弾の雨が降り注ぐ。先ほどまでは味方への誤射を恐れて砲撃を躊躇ったようだが、もはやこうなってはそんなことは言っていられないのである。



 「……そろそろ、突破しそうだな」

「ですね」

徳長軍曹、信濃原一等兵も戦場を観察し、冷静に動向を見極めている。既に味方の一部は敵の防衛線のすぐ下まで迫っており、敵も迫りくる遠目の兵だけでなく眼下の脅威に気を取られている様子。



 「ここまでは、”前”と同じらしいな。この後が問題だ。魅夜、どう見る?」

「この後も同じだと思います」


 勇田上等兵も、白楼上等兵も、みんな同じ方を向いて時々短い会話を挟んでいる。あまりよく聞き取れないが、光峰一等兵は絶えず何かをブツブツ呟いている。



 ……ちょっと、気になる。


 「あの、光峰、さん、コレ、どうなるんでしょう」

聞いてみた。


 「……人いて…………だから……なくとも……」

……。

 「あの・・・…」

「……で……。あ、君か。何?」

「あぁ、えっと、邪魔して申し訳ありません。何を考えているのかなと気になりまして」

「あ、そっか。うーん……」


 彼は独り言を止め、しばし黙った。何か考えているのか、話をまとめているのか。


 「僕が思うに、あの前線にいる人たちはみんな死んじゃうかなって」

「……え?」

「うん。だから、あれじゃとても生き残れないよねって、そう思うよ」

「何か分かるんですか?」

そりゃ、状況は良くない。でも、そう悲観的に断言できる根拠が何なのか気になった。


 「ここからじゃ得られる情報は少ないけどさ、よく見てみなよ」

言葉に従い、敵のトーチカ群の様子に目を凝らしてみる。先ほどまでと同様、トーチカを塹壕でつないだ戦が横に広がっている。そしてそれが幾重にも重なり……。



 「見えるかい?上下をつなぐ通路がさ」

「……いえ、特に……」

「そう、見えない。でも、必ず何かしらの方法でつながっているはずなんだ。そうじゃないと、減った人数を補うことも、撤退することもできないよね」

「確かに」

「だから思うんだけど、きっと上下の移動にはトンネルを使ってるんじゃないかって。そして出入り口がここから見えないってことは、敵からしか見えないってことなんだよね」

「そうなりますね」


 ……!?



 「もしかして、」

「うん。あそこから前に出るには、無防備によじ登るか敵の作った通路を使うしかない」

彼の言っている意味が少しわかった気がする。


 「敵は最低でも5つ以上の防衛線を作ってる。あそこをよじ登ろうとすれば、4重の防衛線から機関銃を撃たれて漏れなく死んじゃう。そして敵の通路を使えば、出入りの時に必ず敵の射線を通ることになる。どっちに転んでも死んじゃうだろうね」


 嫌な言い方。でも、納得してしまった。




 事実、この時最前線では光峰一等兵の予想通りの現象が発生していたのである。




 *   *   *




 「くそっ、もうこれだけしか残っていないのか……」

「直ぐに後続の連中も追いつく、人数揃うまで待て!」

「脚がやられた、走れそうにない……!」

「爆薬は!?」

「持ってる奴が撃たれた!ここにはねぇ!」


 敵防衛線に肉薄した兵たち。事前に破壊工作用の爆薬を持たされたものも多くいたが、そのほとんどはここへたどり着く前に死んでしまった。


 攻略の最善手を失った彼らには、今ある手段で前へ進む以外に道は残されなどいない。



 「何人だ!」

「今、20人が揃ったところです!」

「分かった……このまま待っててもどうにもならん、行くぞ!」

「味方の砲撃を信じるんだ!」

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