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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
94/134

米軍、参戦 4

 「なるほど、な」


 嶺善班長は、いつもと変わらぬ声色でシンプルに感想を述べる。きっとそれは、先ほどの『地獄』って言葉、そして散々な戦闘結果を踏まえた上での感想。その脅威に納得したという意味。


 声色はいつも通りでも、表情はいつもより数段厳しいものに変わっている。



 俺達が今居る場所は、最前線からそれなりに離れた場所。森の中で比較的土地の隆起した場所から敵陣を見ている。


 なんで離れているのかって。なぜなら、それ以上近づくと”何もない”から。


 そう、敵の要塞群と俺たちの陣地の間には、本当に何もない。正確には小規模な茂みやちょっとした切り株、地面が小さく隆起したポイント程度ならあるけれど。


 それ以外、綺麗に整地されている。



 木々は伐採され、草は刈られ、無人地帯と化した数百メートルの平野がそこには広がっている。



 「こんなのが、カリラヤ湖の岸から海岸まで繋がっている」

嘘だろ。



 「どんだけ手ぇ込んでんだよ……」

「かなり時間をかけて作られた戦場……ですね」

勇田上等兵も白楼上等兵も、表情が険しい。



 「……今回ばかりは、”いつもの”ように戦うことはできない」

「だな」

霧雨曹長の指摘に嶺善班長も頷く。若干生返事ではあるが、つまり班長は今この戦場でいかに戦うかってことを思案している最中なのだろう。




 そして俺は、敵要塞の頑強さだけじゃなくて、そこに転がっている死体の数々に目を奪われている。




 敵の要塞。城って感じじゃなくて、線って感じ。イメージとしては万里の長城に近い。数十メートルおきにトーチカ(コンクリート等で覆われた簡易的な防衛拠点)が立ち並び、トーチカの間にも銃眼や敵の機銃が何か所も設置されている。それがかなり長い距離まで左右に続いており……



 「あれ、”いくつ”あるんでしょうか」

「少なくとも、4つ以上だろう」


 しかも、その線が複数重なってできている。



 「奴らは、”カリラヤ・ベルト”と呼んでいるらしい」


 文字通り、線というよりも帯のように防衛拠点が構築されている。そして味方の死体が転がっているのは、それらの防衛線よりも手前のポイント。目を凝らすと敵拠点に近づいた死体も散見されるが……。



 「正気を疑いますね」

「いったいどれだけの手間と時間をかけたのやら」

光峰一等兵と神吉曹長も、示し合わせたように似たようなことを言う。ただし二人とも、どこか他人事のような口調に聞こえる。気のせいだろうか。


 「そんなにヤバいものなんでしょうか、アレ」

「刻峰……そうか、本格的な陣地攻撃へ参加するのは初めてか」

「えぇと……はい」

正直、俺にとって今までの戦いは全て命懸け、敵もみんなも本気で殺し合っていたと思う。それが”本格的”と言えないと断言されると、すこし戸惑ってしまう。



 「……どんなに強固な陣地でも、必ず穴はある」

そんな中で一人、霧雨曹長はそう断言する。


 「時間があれば、だがな」



 そう、この戦域における戦いはスピードが命。出来るだけ早いタイミングで戦線を落ち着かせて、ヨーロッパ方面に戦力を集中させねばならないのだ。


 たとえ多大な犠牲を払うことになろうとも、ここは早く攻略せねば話にならない。


 ……噂によると、インド軍が敵植民地軍にてこずっているらしい。本来であればもうそろそろ援軍が来てもいい頃合いではあるが、それも期待できないかもしれない。米軍にしたって、PR軍の総司令官に関して良い話を聞かないし……。



 「……今回は、ひとまず固まって動く」

嶺善班長はそう告げ、一行は自軍陣地へと歩きかえっていった。




 *   *   *




 翌日。ついに、カリラヤ・ベルトに対する本格的な攻撃が開始された。敵が立て直す時間を与えないようにとのことだったが、そもそも与えた損害がごく軽微なものだったことを考えると純粋に早期攻撃の口実が欲しかっただけかも知れない、なんて素人ながら邪推してしまう。



 カリラヤ・ベルトは段々畑に近い構造になっており、第一線、第二千、第三線、第四線、第五線と進むにつれて場所が高くなっていく。つまり、どれだけ前進できても敵に見降ろされる態勢で戦わねばならない。



 何しろ敵陣地はかなり広い。迂回して手薄そうな場所を攻めるべきだと思ったが、時間や他の要素が色々あるらしく、ここを攻撃することに決まったらしい。というか、長い防衛線に対して複数のポイントから攻撃を仕掛けるとのこと。中には”囮”としての攻撃個所もあるようだが、俺達の攻めるこのポイントは本気で陥落を目指す箇所らしい。



 つまり、生存や被害を抑えることよりも敵陣攻略を最優先するということ。




 俺達は最初に攻撃を仕掛けるグループに加わるのではなく、まずは味方と敵の行動を見て最適な動き方を決めるという話。なので、序盤戦は”見学”に徹することとなった。



 攻撃に加わる部隊の連中の様子は様々で、集団で激励しあっている者もいれば一人静かに黙って目をつむり瞑想っぽいことをしている者もいる。不安そうな顔、殺意に満ちた顔、血の気が抜けた顔、何も主張してこない呑気な無表情。


 本当に、色んな人がいる。そんな人たちが皆、これから死地に飛び込むのである。



 「……」

班員たちは皆黙って彼らの様子を見ている。待ち構える敵の方を見ている。きっとこれから何が起こるのか推測したり、自分たちはどうするべきなのかを考えている。


 俺は。


 俺は、何を思えばいい?





 攻撃開始の三十分前。まずは、敵地への砲撃が始まった。



 俺達が陣取っている場所よりも少し後方で、味方の大砲が景気よく砲撃を開始。ドォン!、ドォン!という連続した音が鳴り、続いて空気を切り裂く音が響く。そして最後には遠くで爆発音となって消え、また次の発射音が聞こえてくるのである。


 「あれで、敵のトーチカ壊せるんでしょうか」

「かもしれんな。だが、一掃することはできない。そもそもあのトーチカには屋根も着いている、あまり大きな損害は出せないだろう」

「そう、ですか」

「それに、そもそもこちらが用できる砲の数は決して多くなどない。森林戦で砲撃戦というのは想定しにくいからな。あくまで敵へのけん制が目的とみていい」


 徳長軍曹は俺の独り言をキッチリ拾って、丁寧に解説までしてくれる。この人、人に物事を教えるのが隙なんだろうなって思った。今考えるべきことじゃなさそうだけれど……。



 「砲撃が終わると同時に突撃が開始される。どのように迎撃してくるのか、よく見えておくと良い。これからの戦いでは必ず糧になるはずだ」


「了解、しました」




 砲撃は三十分間断続的に行われ、一応は敵陣地の構築物をそれなりに破壊できたようだ。人的損害がどれほどの者かは分からないが、一応効果はあったと、視覚的にはそう判断できる。


 何より、砲弾が自分を狙っているという恐怖が敵に植え付けられているはず。



 そして。




 「突撃――――!!」



 遂に、歩兵部隊による突撃が開始された。


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