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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
93/134

米軍、参戦 3

 突飛すぎる。シンプルにそう思う。この時代の戦争に参加してみて、”英雄”だの”無双”だのそういった言葉は夢のまた夢であると、そう実感しているから。


 どんなに鍛え上げた任電でも、どんなに訓練を積んだ精鋭であっても、数の暴力を受ければ必ず敵弾に当たり死んでしまう。ここは、そういう世界。



 「……あり得るなら、そうなんでしょうけれど」


 「そう、”あり得る”ならば。当たり前だが、こんなことは不可能だ。天地がひっくり返ったって、己の身を発狂寸前に追い込むような地獄の鍛錬を積んだって不可能だ。……だが、例外がいる。それがあの男なのだよ」


 ……つまり。


 あの大男は、そんな妄想めいた夢物語を現実にできる男であると。


 「ゆえに、あいつは”最強”であり、”最も優秀”なのだ。納得できないだろうが、まぁそのうちに分かる。ここに来ているということは、彼も今回の戦いに参加するということなのだろう」




 *   *   *




 「帰りました」

「どうだった」

「西は落とした」

「そうか」


 久方ぶりに再開して、それだけで報告が完了する。報告を聞いた嶺善も、報告した霧雨もそれで十分だと理解しているのだ。



 『西は落とした』

この一言で、この島に上陸してから彼一人で自由に行動し、最終的にこの島の西部を陥落させたということ。マニラの街から、主力部隊が到着する前に敵全軍を撤退させたということ。そんな意味も含まれている。



 「ここは硬い。ゆえに、俺も攻める」

「そうか」

「あぁ」



 それから二人は黙って歩く。すぐ後ろに控えている他の班員たちも、時折雑談を織り交ぜつつも比較的寡黙に歩き続けた。


 霧雨撒炎曹長が班と合流するということ。つまり、この戦場に刃自分の力が必要だと――或いは、彼の求めるレベルの脅威がそこに待ち構えていると――、彼が判断したということ。皆激戦の予感を胸に、今回の主戦場たるカリラヤ湖へと歩を進めるのであった。




 *   *   *




 敵の侵攻を待ち構えるニュージーランドとオーストラリアの側も、着々と防衛の準備を進めていた。人的損失が激しいニュージーランド側へのフォローとしてオーストラリア軍から大量の人員が送り込まれており、合計一万人を超える人員で広大な防衛線を構築することになった。



 もちろん、用意されたのは人員だけではない。大量の武器弾薬、それに輸送の難しい兵器の数々も大量に確保されたのである。



 重量もあり嵩張る兵器の数々を運んだのは、主にニュージーランド兵たちであった。彼らは重い大砲の部品やや迫撃砲を担ぎ、荷車もない山道や高台へと歩いた。荷物を持つ手が、支える脚が、活力を支える肺が。体の各所に疲労や痛みが蓄積しても、なお彼らは動いた。


 特によく動いたのは、半島制圧作戦から脱出した面々である。彼らは、あの日自分たちのために戦い死んでいった現地兵たちの姿、そして逃げる間に容赦なく撃ち殺される仲間たちの姿を思い出していた。


 彼らの努力に報いねばならない。彼らの命に報いねばならない。彼らの残したものを無駄にしてはいけない。そういった想いが、彼らの体を強く強く突き動かしたのである。





 強い日差しに弱い風。周囲に聞こえるのは終わりかけの”工事”の音くらいで、鳥の囀りや自然の気配はあまり感じられない。


 ――ここは、オーストラリア軍主導で増設中の防衛線”カリラヤ・ベルト”。トム軍曹は塹壕に腰掛け、物思いに耽っていた。



 敵に捕まっているであろうビリー中尉のこと。今まで戦ってきた中で失った部下たちのこと。殺してきた敵のこと。半島戦で殿を務めた仲間たちのこと。


 思い出したくない光景も、瞼の裏にこびりつくほど回想する。彼にとっての責任、正義感は、そういう”罪の意識”を忘れないことで保たれているから。




 「軍曹」

声に反応し、こちらへ向かって来る二人の部下に目を向ける。


 ……二人を見て、対照的だと思った。身長の差、筋力の差、そして顔つきの差。比較的小柄なジェイコブ一等兵が機嫌良く軽やかな足取りでいるのに対し、大柄なヴァルビン一等兵は据わった眼で一歩一歩を踏みしめるように歩いてくる。


 しかし二人とも、”頼りになる”という点では全く同じ。他の二人も勿論そうだが、実際問題彼の班における最高戦力はこの二人なのである。



 「とりあえず、仕込みは完了っす。細かいのはナーギィの奴に任せてますけど」

「そうか。ご苦労だった」


 着々と進む戦闘準備。彼らの部隊は、今回の戦いの中で重要な任に就いている。その範囲に関していえば、ジェイコブ一等兵の独壇場である。


 実質的に、彼が所属部隊中の最高戦力となる程に。



 「……軍曹」

「どうした」

もう一人の大柄な部下は、『真面目』と題して彫ったような硬い表情を崩さない。


 「俺は、奴らが許せない。待っているのは……嫌です」

「そうか」


 芳しくないな、と思う。感情に支配されやすいこの男は、あの日見た凄惨な光景に誰よりも強く目を奪われていた。心に灯った復讐心や怒りも、誰より強く燃え盛っている。


 

 ――だが。



 「原則的に、我々はまとまって動く必要がある。それを理解したうえで言っているのか」

「はい。元々、俺の体格じゃあんな戦い方は相性が悪いので」

「……考えておく。約束はできないが」

「感謝します」


 これはこれで良い。彼の熱気は、戦闘時に必ず味方へいい影響を与えるはずだ。そういう目論見をもって、トム軍曹は部下の我儘を聞き入れることにした。



 そして彼自身も、自らを鼓舞する、


 ――来るなら来い、ひのくにの連中。この世の地獄を見せてやる。





 *   *   *




 戦場に向かう俺達だったが、物資運搬用の車両や牛馬が破損したり倒れたりしたため、戦場への到着は予定よりも丸一日以上遅れてしまった。


 既に前線へ派遣された部隊が様子見程度に攻撃を行ったそうだが、結果は散々だと聞かされた。それを聞いた霧雨曹長は『先に行く』と一人突っ走ってしまったが……この時の俺は、先に待ち受ける脅威に気づきもしなかった。




 俺たちが最前線の陣地近くへ到着した時、まず目に入ったのはビッシリ並んだ”袋”。白い布地に、赤い斑点が付着している。


 そして、地面を掘る兵隊たちの姿。大きな穴に、”袋”を次々と運び入れている。ドサッ、ドサッと放り込まれるそれは、回収された誰かの残骸とみて間違いなさそうだ。



 「……地獄だ」


 ……?


 「誰も、生きては還れない……」


 かろうじて聞き取れた、小さな声。その不気味な声に目を向けると、体の殆どを包帯に覆われ顔すら見えない誰かがうわ言を言っているようだった。ここで負傷しているということは、先んじて攻撃を行った部隊の者だろう。


 地獄……。



 「全滅したそうだ」

 !?


 まぁ、声の主はすぐに分かった。


 

 「俺も様子を見てきた。ありゃ、相当硬いぞ」

「霧雨、曹長……」

「昨日一日でこれだ。三千人が全滅……殆どが人事不省に追い込まれている。俺が経験した中でも、相当に面倒な戦場だな」



 信じられないほどに評判の高い霧雨曹長。そんな彼が『面倒』と言う。……あんまりピンとこなかったけれど、途轍もなく嫌な予感がした。



 そして。




 その後、嶺善班長の命令で班員全員まとまって敵地の様子を観察しに向かい。敵に撃たれない距離からコッソリと防衛線を覗いてみる。



 「……え?」


 そこには、まさしく地獄のような光景があった。

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