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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
92/134

米軍、参戦 2

 *   *   *



 俺達が休息している間にも、戦況は動いていた。追いすがるひのくに軍に対して、ニュージーランド軍は図ったようなタイミングで撤退していた。守れる場所では守り、しかしひのくに側が優勢と見れば大人しく逃げる。その上で再び有利な場所に大勢で陣取り、またひのくに軍の侵攻を待ち受けるのである。


 そのため表面上はこちらが有利に戦っているものの、その実攻める側が圧倒的な損害を出し続けるという光景が連日続いた。


 特に前線で戦い続けている部隊は損耗が激しく、攻撃が終わった段階で人員を数えるとほぼ全滅扱いになっているようなことも珍しくない有様。しかし同盟国との歩調を合わせるには、このまま戦い続けるしかない。



 前回の半島制圧作戦から五日が経った今日、再び敵の待ち受ける要害への攻撃へ加わることとなった。大まかな作戦内容を伝えられた嶺善班の面々は、他の部隊に混じって最前線へと徒歩で向かう。




 「……刻峰。傷は癒えたのか」

「えぇ、なんとか」


 徳長軍曹が、俺を心配そうな目で見る。擦り傷や腫れあがった跡は未だに残っており、傍目には戦う前から負傷しているように映っているはずだ。


 「体は動きますし、大丈夫です」

「なら、良いのだが。無理はするな」

「はい」


 なんだかんだで、この人は面倒見がいい。戦場へと向かいながら、少し雑談を交わしていた。



 「この島は、思っているよりも広大だ。起伏が激しく、また木々が生い茂っているせいで視界も悪い。正直、分が悪いものと言えるだろう」

「そう、でしょうか」


 ここに来てからというもの、俺が参加している戦いは連戦連勝。被害は出ているものの、班員の活躍ぶりをみても”分が悪い”という言い回しには違和感を覚える。


 「そもそも我々は、この島の地理に明るくない。敵は地形や戦い方を知っているが、それが我々にはない。今まで何度も敵軍と相まみえてきたが、まだ敵が本気で戦っているわけではないと思っている」

「本気じゃない?」

「あぁ。……誤解を受けないように言っておくと、別に敵が手を抜いているとかそういうことを言いたいのではない。練度でもない、戦い方の問題だ」


 目を細くして、意味深そうに呟く。戦歴の差が大きいせいか、俺にはピンとこない。



 「まぁ、今までよりも注意することだ。この戦い、このまま上手くいくとは思えん」

「分かりました」

「面倒見がいいな、徳長軍曹」


 !?!?



 突然声のした方を向くと、この島では一度も見かけなかった班員……霧雨撒炎曹長が、そこにはいた。


 「まぁ、俺もその通りだと考えている。この先には、まだ何かがある」



 頭の中が「?」でいっぱいになる。え、何?この人どっから出てきたの?気配とか足音とか一切感じなかったのに。いつの間にか近寄って聞き耳を立てて、何事もなかったかのように突然会話に溶け込んでくる?


 というか今までどこにいたんだ?何をしてたんだ?戦場では一回も見かけなかったけど……そもそも班員なのに班長の指揮下で動かなくていいのか?



 ……まるで、幽霊みたいだ。



 「今までの戦いの流れ、敵の戦力、まだ隠し玉があるに違いない。……凡そ、察しはついているが……」

「ふむ、霧雨殿が言うなら間違いなかろう。……というわけで、刻峰。心得ておくことだ」

「え?……あ、は、はい」



 徳長軍曹は、驚いた様子もない。これが霧雨曹長の”普通”ってことなのか?



 「そうそう、忠告しておく。刻峰二等兵、お前は弱い」

霧雨曹長は、ハッキリと俺を見据えてそう言った。


 「まずはその間抜けッ面を何とかすることだ」

言われて初めて自覚したが、口をあんぐり開けて本当に間抜けな顔をしていた。慌てて平静(を頑張って装った)表情を作り、応じる。


 「えぇと、霧雨撒炎曹長……?」

「何だ?」

台湾以来顔を合わせていないし、一応名前を確認しておこうかと思ったのだが。ナチュラルに『何だ?』って返しに戸惑ってしまう。



 ……まぁ。気になることはある。折角なので、素直に聞いてみる。



 「霧雨曹長は、普段なにをされているのですか?」

「決まっている。戦っている」

いや、見たことないんだけど……。


 「しかし、普段戦闘の際に姿をお見受けしませんが」

「そりゃそうだ。別行動をしている」

「別行動?」

「あぁ。単独で動きたい時には単独で動くし、合流すべき時には合流する。それだけだ」

「はぁ……?」


 ……あ、ていうか

 「あの、俺が弱いって、どういう意味ですか」

「そのままの意味だ。お前は弱い。それを自覚していないから俺が言ってやっている。何かおかしいことがあるか?」

えぇ……。



 「お前、マニラの街で複数人を相手に喧嘩を売ったそうだな。そしてものの見事返り討ちに遭い、そんなことになるまで殴られ続けたと」

俺の傷。まだ癒えていない生傷。

「結局、お前は何もできなかった。弱者だ。それを自覚できていないから、わざわざ無謀な喧嘩に身を投じたのだろう?」

「そういわれると……」

「俺は強い。お前など比べ物にならないほどに強い。この世で最も強い。だからこそ、その実力に見合った戦い方をしている。お前も自分の身の丈を知れ。そうでなきゃ、お前は次の戦いで生き残れない」

力強い言葉。脅迫とかじゃなく、嫌がらせでもなく、マジで忠告してくれている。一応の仲間に対して、然るべき警告をしているのだと、そう感じさせるようなハッキリした口調。


 俺が、弱い。



 「先ずは戦闘技術をどうにかしろ。できないなら、無謀なことはするな。嶺善班長の指示は、必ずしも単独での行動を指示するものではない。マニラでの出来事と半島制圧の際に死にかけたこと、よく思い出しておけ」

「……はい」



 言いたいことを言い終えた霧雨曹長は、そのままどこかへと歩き去っていった。




 「……彼の言うことにも、一理ある。というか、私などがあの男に反論できることなど何もない。奴は、本物だ」

多少気まずい空気が流れるものの、徳長軍曹はそれほど気にしていなさそうな態度で話を繋げる。


 ……まぁ、ディスられたのは俺なんだけど。



 「あの、霧雨曹長って普段何されてるんでしょう。戦ってるって、いったいどこで」

「私も、いつどこにいるのかは知らない。恐らく連善班長も把握しておられないと思うが……」

「勝手に動いてるってことですか?」

「まぁ、そうなるな」


 ”最も優秀な兵”。その肩書が似合うのは、むしろ勇田みたいな――上位官への犯行という一応の前科はあるものの――、ああいういかにも模範的って感じの人間に似つかわしい称号だと思うけれど。


 「霧雨撒炎という男はな。誇張なしに、贔屓目なしに、私の知る限り最も強い男だ。正に最強といったところだろう」


 ――軍隊組織の中で『最強』って言葉のイメージが湧かない。剣と魔法の世界でバッタバッタと敵をなぎ倒すとかなら分からないでもないけれど。……いや徳長軍曹も十分すぎるくらいそういうイメージに近い人ではあるんだけど。



 「最強って、あんまりピンときません」

「あぁ、そうだろうな」


 徳長軍曹はいったん足を止め――俺もそれに倣い――、小さく深呼吸をする。



 「分かりやすく言えば」


 ……少し、間が開く。


 「敵が数百人で立てこもる要塞に、たった一人で潜入する。一人また一人と敵を抹殺し、最後には要塞全ての敵を抹殺して要塞を落としてしまう」


 ……。


 「或いは敵が築いた防衛線へ単独で攻撃を仕掛け、その防衛線に大きな穴をあけてしまう。更に奥へ奥へと侵攻し、敵の集団を真っ二つにする。その間に残るのは、膨大な数の薬莢と血と敵兵の死体。そういう話があるとしたら、それは文字通りに”優秀”だとは思わないか?」


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