米軍、参戦 1
嶺善が救護所を出ると、直ぐ近くで待機していた勇田上等兵の姿が目に入った。
いつものように敬礼を交わす。
「なんとか、次の出撃には間に合いそうだ」
「そう、ですか」
勇田の表情は明るくない。また何か思い詰めているらしい。
「俺、刻峰が立ち向かってる横で、ずっと何もできなくて。アイツの必死なとこ見て、やっと体が動きました」
あの時、真っ先に握れなかった掌。それをジッと見つめ、ゆっくりと力強く握りしめる。
「ああいうの、一番許せねぇはずだったのに」
不当な暴力、守るべきもにへ理不尽に向けられた暴力。加えて大事な仲間が散々な目に遭っている横で立ち尽くしていたという事実。その時の葛藤が、躊躇した自分が、ひどく情けなく思えている。
「だが、お前は戦った。あの時と同じようにな」
「……遅かった」
「まぁ、それはそうかも知れんが」
嶺善は、いつものように煙草を取り出して一服を開始。やや項垂れた様子の部下に、どんな言葉をかけるべきか。そういう思考の”間”を持たせる意味でも、彼にとっての喫煙は重要な位置づけである。
「いつも、誰しも、思うように動けるわけじゃない。恐怖だのトラウマだの、いろんなものが邪魔をする。それを完全に克服できている人間と言えば……そうだな、白楼上等兵くらいなものか」
「……」
「別に、彼女を手本にしなくてもいい。迷うってのは考えるってことだが……別に、考えることが悪いわけじゃない。それがお前の持ち味なんだろう」
「でも、刻峰はすぐに動いて」
「お前と刻峰は違う。そうだろ?」
「はい」
事情はあれど、かつて軍人としての一線を越えた勇田上等兵。その行為に至るまでの覚悟と信念が、少し揺らいでいるのかもしれない。
だが、”今は”それでいい。そう判断する。
「刻峰の奴は、元々この世界の住人ではない。言動を見ていれば分かるが、我々とは違う生き方をしてきた人間だ。だから、階級意識とかそういうものを取っ払って動けるってわけだ。それがあいつの持ち味だと俺は思っている」
「……あいつ本人も、同じようなことを言ってました」
そう。彼の行動と勇田の行動は、決して同じ覚悟から生まれたものではない。比較的自由度の高い社会で生まれ育ってきたものとこの時代の人間とでは、まず”常識”というものの意識がまるで違っているのだ。
……そろそろ、一本が燃え尽きる。
「気に病むことはない。俺は刻峰二等兵と勇田上等兵の行動を問題視するつもりはないし、以降の治安維持のために上へ掛け合いもする。言っただろう?勇田、お前は何事も自分の思うようにすればいい。責任は俺の仕事だ」
「……はい」
「刻峰の奴は新兵だ、他の面々と違って足りないものが沢山ある。奴に不足している者は、お前が補ってやれ。逆に、奴にあって自分にないものがあると思うなら、素直に見習うと良い」
「分かりました」
煙草を携帯灰皿に入れ、蓋をする。そして再び敬礼を交わし、早速中隊長の元へと歩いていった。
二人の怪我と努力を、無駄にしないために。
翌日、島内に駐留する全部隊に対して注意喚起が為された。主な内容は、民間人への不当な暴力や私的な利敵行為の捜査について禁止するものである。『何かあったのだろう』ということは注意喚起を受けた全員の想像できることであったが、その詳細については伏せられた。
その後違反者への厳罰化が進んだこともあり、島内含め各占領地での民間人に対する犯罪行為や不法行為は激減することとなった。
* * *
――太平洋 フィリピンミンダナオ島西沖 米軍輸送船内
「ヴォエ……」
揺れる船内、高カロリーで胃がもたれるような食事。PARHEG(太平洋地域統合本部親衛隊)所属のウィリアム・ウェルハンター伍長は、連日の航海で完全に参っていた。船酔いである。
「よぉ、今日も元気良いな」
「……うるせぇ……」
そんな彼に絡むのは、同僚のマイケル・パターソン上等兵。ウィリアム伍長の寝転がる二段ベッドの横に小さく設けられた椅子で自慢の拳銃を弄りつつ、気安い挨拶をする。
「もう何日目だよ?流石に慣れろよな?」
「……そもそも……海の上なんざ……人の住むとこじゃねぇ」
屁理屈を自覚しつつも、くだらない反論を試みる。
「へッ!そんなら戦場だって、人の”生きる”場所じゃねえさ」
「……お前こそ、やたら元気良いな」
「そりゃそうだろ!俺のアデルが久々に日の目を見るんだぜ!?……相棒、もうすぐ盛大にぶっ放してやるからよ!」
そう言って、うっとりした顔で愛銃に”話しかける”。彼の銃は時代を感じさせる傷や黒錆びを纏いつつも、鈍く上品に輝きを放っている。
「……骨董品だろ」
「はぁ!?骨董品!?馬鹿言うな、これより実績と信頼性のある銃なんてどこにあるんだよ!?」
「うるせぇ……」
アデル。正確には、M1870と呼称される米軍正式採用のシングルアクション式リボルバー。名前から分かる通りこの銃はとっくの昔に正式採用から外れており、今は民間向けに細々と作られているだけの年代物である。現在は、より新型のダブルアクション式リボルバーやオートマチック拳銃が主流となっている。
「そんなもん良く使えるな、お前」
「何使おうと自由だからな」
PERHEGは、通常の部隊と少々異なる存在である。そもそも米軍が太平洋方面に派遣したのは、より練度の低い部隊。ヨーロッパ方面の戦局が厳しくなることが予想されたため、多くの精鋭は太平洋ではなくヨーロッパの方に回されたのだ。
しかしひのくにやインドへの顔を立たせるため、それほど大規模ではないが”精鋭”と呼ぶに値する隊員をかき集め、太平洋地域統合本部直属の部隊とし派遣した。それはつまり、PR(太平洋地域)軍総司令官たるマキシ・レイナーズ中将が自由に使える手駒であることを意味する。
彼の裁量により、部隊の人間は装備にある程度の自由が与えられている。それ故、マイケル上等兵も自分が使う装備については『その使用、整備に必要な資材等を自弁すること』を条件に使い慣れた愛銃を装備している。
「つかよ、俺たちの出番あんのか?俺はそっちの方が心配なんだが」
この時すでに、ひのくに軍がニュージーランド領を次々と奪取している事実は彼らにも知らされていた。戦争計画に沿った順調な快進撃を目の当たりにして、多くの米兵たちは参戦前から半分勝利ムードで船に乗っている、
「そう簡単に落ちるかよ。そもそもオーストラリアも戦力を出し切ってねぇし、インドの方もうまくいってねぇんだろ?」
「アイツらは装備が古いからな!」
「……お前が言うな」
ひのくに軍の進撃とは裏腹に、インド軍は思うような侵攻ができていない。ウィリアム伍長の想像したような理由もあるのだが、インド軍はそれなりに豊富な物資を揃えている。装備こそ旧式であるものの、動員できる人数の規模はかなりのものだ。そのインド軍が少数の敵に手古摺っている様子は、彼らにとって不思議なものに思えたのだ。
「よっぽど練度の低い烏合の衆なのか、そんなにイギリスの連中がつえーのか。嫌な予感がする」
「決まってんだろ?俺らの分を残してるのさ!まったくインド人ってやつは気が利くぜ、キスしてやりてぇ!」
……この元気の良さを少しは見習ってもいいか。そう思うウィリアム上等兵であった。
「つか、煙草くせぇよ。消せや」
「ったく、しゃーねぇなあ」
マイケル上等兵は重度のヘビースモーカーである。支給品の煙草を毎回ウィリアムに無為sんしているくらいには。
「ほれ、消したぞ」
「それでいい……こんな気分悪いときに煙なんざ…………ん?」
腰を上げる。そこには、ごく自然体で煙草を吹かすマイケルの姿。
「煙草、消したか?」
「勿論だぜ、ウィル」
「……それは、なんだ?」
「新しいやつ」




