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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
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譲れないもの 4

 「とりあえず、班長のとこまで戻ろう。マジでヤバそうならその辺で病院探すけどよ」

「いや、骨とか折れてねえから」

「……そうか」


 少しでも安心感を与えられるようにって、そういう声色。少しよろけつつも立ち上がり、無事をアピールする、


 ――信じる。



 「それじゃ、俺らも行くぞ」

リンチにやって来た連中も、この場を去るらしい。背中を打たれた方はなんとか独力で立ち上がり――直前に一瞬俺の方をにらみつけたものの――、上官の後に続く。


 「お前、刻峰とかいったか」

そして最後まで傍観していた男が、気絶したもう一人の仲間――俺が顎を殴った奴――を肩で支えながら、去り際に声をかけてきた。


 「まぁ、こういうこともある。あんたはよくやってくれたよ」


 敵愾心を感じさせない声。たぶんこの男は、最初からこのリンチに否定的だったんだろう。



 「お前も、色々苦労するな」

「……まぁ、な」

勇田の声に、そっけない言葉で応じる。


 「ああいう男でもな。伍長は、俺たちのために色々と体張ったり命かけたり、熱い人なのさ。最初は暑苦しいオッサンだと思ったもんだが……この戦場でずっとあの人の姿を見てると、色々見えてきたもんだ。あの人は、部下を心から大事にしているし、誰よりも深い愛情を注いでる。ついさっき、そこで暴れたくらいにはな」


 部下を大切にする、か。可愛がっていた部下を失くした悲しみと絶望感、やりきれない思い。それをぶつける先が見つからず、こんな事態を招いてしまったと。


 ……やはり許せはしないが、理解はできた。



 「それで死んだ奴ってのが、俺の同期でよ。出来が悪くてしょっちゅう伍長に怒鳴られたもんだが……それでも伍長なりにそいつを可愛がってはいたし、そいつにも伍長の熱意は十分に伝わっていた。だが昨日の半島制圧作戦でそいつが敵弾を受けてな。……伍長を庇って、自分が死んだんだ」


 遠い目をして、語る。つい数日前の出来事、俺も死にかけた戦場の話。あの時に多くの兵が死んだが、その中にあの伍長の大事な部下も含まれてたってこと。



 「正直、俺も敵が憎い。そこに居る店主の野郎も、もし敵軍に何かしら協力してたってんならぶっ殺してやりたい。だが、そりゃ軍紀違反だ。俺たちがしていいことじゃねえってことくらいは分かる」


 止めもせず、かといってリンチに加わらずって微妙な姿勢。伍長だけじゃない、こいつにも思うところはあって、でも理性的に自分だけはセーブできてたってこと。


 「だから、感謝しとく。……あぁ、改めてこの件は他言ナシで頼む。お互いのためにな」

「あぁ」

「分かってる」


 返事を聞いて、男は肩で支えた仲間と共に歩き始める。そして数歩進んだところでいったん止まり、背中を向けたままで


 「そうそう、刻峰二等兵。ああいう場合、組み伏せる選択は賢くない。もし俺の仲間たちが本気だったら、お前は今頃ぶっ殺されてる。……じゃあな」


 そう言って、その場を後にした。




 *   *   *




  結局、この件は本当に内々に処理されることになり。現場に残った俺と勇田は、まず店主への謝罪と賠償の約束、そのための連絡先交換等を済ませた。


 一応は『自分を守ってくれた男』として認識してくれたらしく、被害者であるにも関わらずそれなりに理解と敬意をもって接してくれた……ように見受けられた。



 内々に処理されるとはいえ、目撃者も多数いる。完全にもみ消せるわけではないが、『占領軍たるひのくに陸軍のイメージを損なわないように』ってことで、少なくとも当事者は一切の口外を無用とされることとなった。この処置に”汚さ”を覚えたものの、立場上それを公言することも憚られる。


 ――俺は、軍人なんだ。その組織の”利益”を損なうことをやっちゃいけない。全体の方針に逆らってはいけない。その為には、こういうことも受け入れなくちゃいけないんだ。



 そして車に乗り、報告のため嶺善班長の元へと帰還する。




 「……面倒かけちまったな」

車を運転しながら、気まずそうに声をかけられる。

「いや、俺が手を出しちまったから……」

「……」


 そう、これは俺のエゴを突き通した結果に過ぎない。あの場で衝突ってコースを選択した時点で、俺はその行動の責任を取らなきゃいけなかった。あまつさえ階級が上の者に逆らい、その尻ぬぐいを勇田にまでさせてしまった。


 「むしろ、俺が止めるべきだった。ずっと忘れてた、俺がなんでここにいるのかってこと。……聞いてくれるか?」

「あぁ」



 そこから勇田は、かつて自分が起こした不祥事について淡々と語りだした。入隊から久留米練兵所へ行かされるまでのこと、そこから上官と暴力沙汰を引き起こして居場所を無くしたところ、嶺善班長に拾われたこと。



 「まぁ、そういうわけだ。俺は上下関係ってのをすっ飛ばしてでも、自分の正しさってやつを捨てきれない人間なんだ。だから、さっきのあの場でも俺は奴らに立ち向かうべきだった。でも、それができなかったのさ」

「そうか」


 初めて聞く、彼の過去の話。薄々聞いてはいたが、なるほど、それは”彼らしい”不祥事だなって、そう思った。



 「だからさ、刻峰。お前を見ていて、二年前の自分を思い出したよ。俺が本来やるべきことってのを、俺がビビっている間にお前がやってくれたんだ。ありがとな」

「いや、別にそんなことは」


 別に、褒められるようなことでもない。


 「……お前さ、俺と似てるよ。でも、違うとところもある。お前はたぶん、俺らとは違う価値観を持ってるんだろ」

「そう、なんだろうか」

「ん。班長がお前を認めてる理由ってのが、少しわかった気がするわ」



 目的地まで、もうすぐ。



 「今日のこと、あんま気にするな。俺みたいになるからよ。反省すんなら、そうだな……とりあえず、多人数相手にあんな喧嘩はすんなってことだな」

「……だな」

「俺は認めるぜ、お前は正しいことをした。”ここ”にいる限り、その正しさってやつを捨てないことだ」


 勇田上等兵は、心の中で


 『嶺善班にいる限りはな』


 と、小さく付け加えた。




*   *   *




 「うわぁ~……」

開口一番、心配と同時に呆れたような顔をされる。

「色々、あってな」

「色々、ですか……」

「うん」



 信濃原一等兵は俺の顔と勇田の顔を見て、何かを察したらしい。事情を語ろうともしない俺達を見て、


 「とりあえず、救護所行きましょうか」

と、傷だらけの俺の手当てに同行してくれた。




 「嶺善班長は今いなくて。たぶん、もうしばらくで戻ると思いますが……」

「そっか」

「……転んだんですか?」

「そそ、”転んだ”」

「ふーん……」



 どう転んだらこんな傷が出来上がるのか。例え坂道を転げ落ちても、こんな綺麗に全身を痛めることはないだろう。


 「あの、つい先日も頭打ってるんですし。あんまり無茶しないでくださいね」

「……ごめん」



 その時、医務室のドアをノックする音が聞こえてきた。


 「入るぞ」

いつもの声。嶺善班長が入室し、手当てを受ける俺のところまでやって来た。


 「……あぁ、刻峰。その様子だと、随分楽しい街歩きだったようだが」

「……」

やばい。物凄く怒鳴られそうな気がしてきた。

「……冗談だ」

良かった。



 「勇田から色々聞いた。俺から言うべきことは特にないが……ご苦労だった」

「いえ、その……ご迷惑おかけしました」

「それより傷、大丈夫なのか?」

「はい!ヒビも入っていませんし、骨も折れていません!」

「そうか」


 明るい調子で応える信濃原とは対照的に、嶺善班長はいたって淡々とした口調である。もう今更このギャップに違和感を覚えなくなってきた。



 「我々は二日後に動く、詳細は後程伝えるが……その時までに体調は戻しておけ」

「了解!」


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