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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
89/134

譲れないもの 3

 *   *   *




 目の前で殴られる刻峰二等兵の姿を、かつての自分の姿に重ねていた。階級、指揮系統、暗黙の了解。そういったもので雁字搦めの状況で、彼もまた、目の前の”敵”と戦うことを選んだのだ。


 ――刻峰将平という男は、もともとこの世界にいた人間ではない。


 正直、はじめのうちは本当に謎だらけで、よくわからなくて。その言い分と主張からは、”頭のおかしい奴”もしくは”狂人を演じるスパイ”と思えたほどだ。


 でも、最初に出会ったときの態度が、目つきが。全身全霊で誠実さを表明するようなその所作の端々に、自分と似た何かを感じ取っていた。


 だから、俺はすぐに打ち解ける道を選んだ。単純に年齢やノリが近いってだけじゃなくて、もっと別のところでも彼とのシンパシーを感じていた。



 自分なりの正しさってやつを、絶対に忘れないってところ。自分で出した結論に対し、責任に対し、真直ぐに向き合うってところ。先日の”掃討”だってそう、彼の気持ちを汲んだからこそキツイ言い回しをした。戦うからには容赦をするなと、無防備であっても遠慮なく殺せと、そう戒めた。


 わかっている。


 そういう正しさってものの形も、そしてそれを押し通せる原因も、俺と刻峰とでは全然違う。そもそも刻峰は異世界人、軍隊とかこの世界なりの倫理観とか常識にとらわれない、だから目の前で”こういうこと”になっている。



 でも。



 おれはさ、お前の行いを”正しい”って思えたのは事実で、


 更に言えば、すぐに同じ行動に出られなかった自分を恥じているのも、また事実。嶺善班長に迎え入れてもらった日、


 『お前は思うとおりに職務を全うして良い。その能力を思う存分に振るっていい。そうしてくれると、俺は信じている』

 

 そう言われたハズなのに。藤橋の奴とイザコザを起こしたときのトラウマが、心のどっかに残っていたんだろう。




 「ングッ!」

顔を血で汚しながら、お腕に耐える刻峰。今、こいつは何を考えているんだろう。自分の行動に、今この現状を引き起こしたってことに、後悔はないんだろうか。




 ……いや。


 なおも手を離さない彼の姿、じっと耐える彼の姿からは、ただ”やるべきことをやってるんだ”って無言の主張が伝わってきやがる。


 そっか。



 なら。



 俺も、自分に正直に、誠実に。自分自身を、信頼して。


 そして、



 『お前が今後何をしようと、責任はすべてこの私が取る』


 『お前も俺を信じてくれ。上官としての嶺善少佐を、信じてくれ』



 嶺善班長を、信頼して。彼の信頼を裏切らないように。





 俺は。




 「おい」

「あぁ!?」


 ガシッ


 「んぉ!?」


 バシィッッ!!


正しいことを、しようと思う。




 まずは一人目。刻峰を好き放題ぶん殴っている一人を、後ろから不意打ちで掴み、投げ、地面に叩きつけた。




 「なんだ、貴様!」

「刻峰の言うとおりだ。お前らの行為は見過ごせない。続けるんなら、俺が止める」

「この……!」


 頭に血が上っているのか、大ぶりで雑な殴り方だ。当たり前のように体を捻り、軽く動かし、次々に繰り出される殴打を避けていく。


 「当たらねえよ」


 こちとら、”鬼のような奴”と”ハードなトレーニング”を積んできた身だ。正直、その辺の連中には負ける気がしない。


 「大人しく……してろ!」


 腰を捻りながら、ガードが緩んだ無防備な顎に一発。上ではなくむしろ横方向に力を加えるイメージで素早く拳を振るう。狙い通りに顎へヒットし、あらゆる感覚を麻痺させた男は横向きに倒れこむ。



 「……刻峰、悪かった。さっさとこうするべきだったわ、やっぱし」

「勇田……」

「よく耐えたな。とりあえず、後は任せてくれ」

「……あぁ、頼む……」


 ひとまず安心して、体の力が抜けたのだろうか。伍長の拘束を解き、少し離れる。後のことは任せたってメッセージ。


 刻峰のダメージも相当なものだろう、気がかりではある。というか、今すぐに彼の手当てをするなり誰かを呼ぶなりした方が良いのだろうけれど。



 ――大丈夫。刻峰将平という男は、少なくとも自分より軍歴も戦歴も長い奴を一人でぶっ倒した男だ。彼のタフネスを、根性を、俺は信じる。



 「…」

俺自身の強さは見せつけた。なら、余計な言葉は要らねぇはずだ。


 「まだやるか?」

拘束を解かれ、なんとか手をついて起き上がる伍長。その瞳の奥にある憎しみの炎は、未だ消え去っていないらしい。


 ……こいつにも、それなりの”信じるもの”があるってこと。きっとこいつは本当に部下思いの男で、だからこそその敵討ちに執心してしまうってこったろう。



 「あんたの気持ちは分からなくもねーよ。でもよ、それが八つ当たりに向けられるってのは納得できねぇ。大人しく引き下がってくれ」


 「……貴様……」


 「伍長、この辺でいいでしょう」



 !?


 声のした方を見る。コイツが引き連れてきた部下の一人が、まだ残っていた。



 「確かに、俺らのやってることは正当な許可を得ていない行為。たとえ階級が下でも、チクられりゃ面倒になります。それにこいつら、嶺善少佐の班員です」

「嶺善……の……」


 伍長が俺をキッと睨みつける。


 「そうか……貴様が勇田上等兵か。あろうことか上官に反逆し暴行を加えた屑め」

「……」


 「とはいえ、こいつは嶺善少佐に信頼されています。さすがに少佐クラスとのイザコザは分が悪い。ここは、お互い”無かったこと”にするべきだ。勇田、お前も面倒は増やしたくないだろう?」


 これは、どういう意図か。見たところ、奴は一人リンチにも加わらず刻峰が殴られている間もずっと傍観していた。それで仲裁に入るってことは……。


 「それでいい」

刻峰に目を遣る。彼はやや戸惑った表情を浮かべるものの、俺の顔見て小さく頷く。


 ――俺の判断を、信じてくれるということ。



 「……ふざ、けるな」

にもかかわらず、伍長だけは相変わらず納得できない様子で俺を、刻峰を、そしておびえた様子で蹲ったままの店主に怒りの目を向ける。



 「私の大事な大事な部下を殺されて、目の前に仇が居て……どうしてこれを放置できるというのか」


 感情に身を任せた行動の果てに、その言葉の端々に、俺は前の前にいる伍長の本気を感じ取れた。理性をかなぐり捨てた復讐劇の幕切れに、本気で部下を大切にしていた――いや、している――上官というものの、鬼の形相を見たんだ。



 「私が、私が……守り抜けなかった部下の……この気持ちを……俺は、俺は……」


 「伍長」


 再び、無傷の部下が口を開く。



 「俺達は、貴方を信じてここまでやって来た。今までだって、ずっとあなたと、皆と戦ってきた。その果てにここまでのことをやってくれたんなら、俺達も……そして死んだアイツだって、もう心残りはないと思いますよ」


 「……」

黙りこくる伍長。


 「万が一死ぬことがあっても、貴方が死んだ部下のことまで想ってくれるというなら。俺達は、貴方を信じてついていけます。でもこれ以上はいけない、貴方が憲兵に捕まりでもすれば、俺たちは信頼できる上官を失ってしまいます……どうか、賢明なるご判断を」


 言葉を聞き終えた伍長は握っていた拳をゆっくりと解き、顔を伏せ、黙りこくる。十数秒ほど経過したのち、顎まで伝った透明な液が地に滴り始めた。



 そして、


 「……行くぞ」


 と、背を向けて歩き始める。



 「……ふぅ」

上官の説得に成功した部下の一人が、倒れた仲間たちを起こして回る。俺も、刻峰の元へと駆けよる。


 「傷、大丈夫か」

「あぁ……結構、痛いけど」

頬やわき腹を摩りながら、だが大事には至ってなさそうな様子。案外、刻峰を殴っていた連中の暴行も本気じゃなかったのかもしれない。

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