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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
87/134

譲れないもの 1

 *   *   *




 それからしばらく、俺はずっと拘留されていて。藤橋のしたこと、俺のしたこと、ずっとそのことを考えていた。


 俺は、何のために入隊したのか。なんで最高の精鋭部隊に入りたいと思ったのか。それを目指して、何を根拠に、俺はこれまで色んな努力を重ねてきたのか。



 何を、信じてきたのか。




 俺は、仲間を大切にしたかった。ヒトってやつを信じていたかった。たぶん、根底にあったのはそういうものなんだと思う。


 ……そして。



 自分で、自分ってやつも、信じていたかったんだ。




 今まで俺は、常に努力が報われてきたものだと思っている。いろんなところでいい成績を叩き出し、評価され、その成績に見合った次の段階へと次々に進むことができた。だから周りも俺を認めてくれたし、俺も自分を信じることができていた。


 最高の目標に向かってひた走り、それを周りも認めて応援してくれた自分を。


 正しく、模範的であったはずの自分を。




 ……それじゃあ。


 こうやって、まるで犯罪者のように軟禁されている俺はいったい何なんだ?


 軍隊の掟を破って上官に暴行を加え、憲兵の御用になった俺という存在は、一体何なのだ?



 人を皆を信じていたはずなのに、そうあるべきと思っていたのに。自分の所属する軍隊組織というものに疑問を持ち始めている俺は、いったい何なんだ?




 俺は。


 俺が自分で決めた、進むべき道ってもんを見失ってるんじゃないのか。それはもう、優秀で模範的で、誰もが認める勇田秀実って男じゃなくなってるんじゃないだろうか。



 それにあの男。藤橋少尉の行動はやはり許せないにしても、きちんと正当な手続きを踏んで対処した方が良かったのではないだろうか。俺には許せなくても、彼には彼なりの考えがあったのかもしれない――認めたくないが。


 それを俺個人が判断して、あんなことをやらかして良かったんだろうか。もっと上に相談するとか何なりすれば、もっとマシな解決ができたんじゃないだろうか。



 結局、俺は”信じる”ってことができなかったんじゃないのか。藤橋という男も、そして上層部の人間も。


 こんなやつが。こんな俺が。


 もしかすると。


 軍人として、正しいわけがない……のでは、ないだろうか……。





 ………。


 ……。


 …。




 離れたところで、扉の開く音がした。俺の軟禁されている区画と、出入り口の扉……だろうか。続いて足音が響き、こちらに近づいてくるのが分かった。


 「こちらです」

「ありがとう。鍵を借りても良いか」

「はい、こちらです」


 誰かが、カギを受け取っている……?そんな権限があるとしたら、恐らく……。



 独房の扉の前に姿を現したのは、少佐の階級章を付けた見慣れない男。俺は瞬時に、『あぁ、俺の軍法会議行きを宣告しに来たのだろう』と判断。


 あぁ、そうか。



 俺の軍人としての人生は、ここで終わるのか――。




 「勇田秀実二等兵だな」

「はい」

「……」


 男は鍵を開け、中に入る。俺は寝台の上で壁を背に腰掛けたまま、姿勢を改める気力すら起こらない。彼はそんな俺の様子を気にせず、持ってきた簡素な椅子に腰かけて俺と向き合った。



 「4日前の深夜、教官に暴行を加えたそうだな」

「……えぇ、その通りです」


 暴行を加えた、か。確かに間違ってはいない。


 「……なぜ、ぶん殴ったりした」

「……聞いて、どうするんです」

「良いから、話してみろ」

「……」



 なるほど、事前に良い分だけは聞いておこうって話か。ここで話した内容が軍法会議の参考内容になり、藤橋やあの場にいたもう一人の供述と照らし合わされて……恐らく、藤橋の奴と被った内容だけが通ると。


 階級が違いすぎる。俺よりも、きっとアイツの供述が優先されるんだろうな。


 冷静さを失い、ヤケクソな思考に陥っているという自覚はあった。道を閉ざされたと確信してしまった俺は、ここで誤解を解こうって気分にもなれない。精々もう一人の被害者――藤橋に打ちのめされていたあいつ――の言い分が通れば、俺も許されるかもって程度の淡い期待。



 「俺はな、不思議に思っている。お前さんの話は聞いた。入隊直後から模範的な、そして頗る優秀な男がいると聞いてきた。そんなお前さんが、勝手な理由や私怨で暴力行為を働くとは思えない」

「……」

「何かしら理由はあるんだろう。話してみろ」


 目の前の男は、ずっと俺と目を合わせて話している。俺は気まずそうに視線を逸らしているが、対してこの男は一切視線をずらさない。ずっと俺のことを見ている。


 俺の、本音を見ようとしている……?



 ……信じようと、してくれているのか?




 なら。


 俺も、できるだけ心を開かなきゃって。そう思った。




 「わかり、ました」

「よし。それじゃあまず、あの夜に出歩いた理由から順を追って説明してくれ。気になるところがあれば、質問を挟ませてもらう」

「はい」



 俺の中に残った、『人を信じたい』『この人を信じたい』という気持ち。その僅かに残った理想の搾り滓にも等しい思いが、俺の言葉をギリギリのところで繋いでいく。


 目の前に鎮座する男は、俺の話を黙って聞いている。相変わらずキッチリと俺の目を見据えながら、一言一句逃すまいと、そして表情と目つきから俺の誠意を汲み取ろうと努力している。



 「……まぁ、そういうわけで。その後、夢中でぶん殴っている最中に取り押さえられてってのが事の次第です」

「なるほど、な」


 話を聞き終えると、男は何かに納得したような態度で頷く。


 「お前さんは、自分の行いを正しいと思っているか?それとも、間違っていたと思うか?」

「……」

直球の質問に、俺は即答できない。ついさっきまでずっと考えていて、それでも答えが出なかった俺の中の正しさ。正義。


だから、


 「……わかりません」


 そう言うしかない。それ以外、何も言えない。




 「本当に、そう思っているのか?」

……?

「え……」

「本当に、自分の行いの善悪を判断できないのか?」


 なにを言わせたいのだろう。何を言いたいのだろう。



 「お前は、勇田秀実という男は、何を大事にしている?なにを正しいと思っている?何を目指してここまで来たんだ?」

「俺は、」

……どう、なんだろうな。


 「俺は、仲間を大事にしたい、と思っています。仲間を大事にしたい、です。そして互いを信頼できていれば、きっと一人じゃできないような凄いことだって実現できると、そう思っています」

「……それで」

「軍人になれば、大勢の命を預かり、守ることができる。そういう場でこそ、俺は最上級の使命感をもって、俺の一番やりたいこと――”仲間”を守るってことができるんじゃないかって。そう思って……」


「……それで、迷う理由がどこにあるんだ?」



 少しずつ。心の枷が、解きほぐされていく。そんな感じがする。



 「お前は、人を大切にしている。それが正しいと信じている。だから、目の前で倒れた同胞のために体を張って戦ったんだろう。違うか?」

「……違いません」

「お前は思うべきだ。『自分は正しいことをした、大事な仲間を傷つけたアイツが間違っていた、だから正面から脅威と向き合い、戦い、仲間を守ったのだ』、とな」


 この男、顔色一つ変えず、クソ真面目な顔でそんなことを言い切った。いや、言い切ってくれた。


 情けない俺の代わりに、俺の言うべきことを代弁してくれた。



 「俺は……」

心が、揺れる。胸の奥が熱くなり、ずっと抑えていた何かが勢いよく吹き上がってくる。それを象徴するかのように、目の奥から熱いものがジワジワと湧いてきて……涙となって溢れ出る。


 「俺は、見過ごせなかった。藤橋少尉は間違っていた、許せないことをした。だから、」

泣きっ面を隠しもせず、ぼやける視界の中で、なんとか目の前の男を見据える。俺の正直な気持ちを打ち明けるために、何も後ろ暗いことはないんだぞと、無意識に主張するかのように。


 「俺は、何一つ間違ったことをしていない……もし目の前で同じことが起これば、俺は何度でも同じようにぶん殴ってやる……ッ!つもり、です……!」

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