勇田 2
……この時間に、こんな所で何があったのだろう。この辺、マジで誰も来ないはずなんだけどな。
気になって、音のなった方へと歩いていく。音からして、比較的柔らかいもの――例えば、”肉”とか――に何かが強く打ち付けられた音だろう。色々考えられるが、無視して良いものじゃないと思う。
倉庫の裏手を通り、少し歩く。
そして角を曲がろうというあたりで、人の声も聞こえてきた。
「使えない……」
聞き覚えのある声。藤橋少尉……?
「使えない……論外だ………!」
バチンッ!
ドサッ。
最悪な予感と共に、角を覗き見る。そこには倒れている同期の隊員と、鬼気迫る表情で倒れた隊員を見下ろす藤橋少尉の姿があった。
「根性のない腑抜け。貴様は我が隊に相応しくない!」
倒れた彼を足蹴にして追い打ちをかける。倒れた同期は左右の手で頬と頭を押さえており、先ほどの鈍い音が一体何を意味していたのかを察した。
――何故。
こんなことが起こっている……?
ともかく、止めなきゃいけない――!!
「少尉!」
大声で呼びかけ、走り寄る。声に気づいた少尉は少し驚いた顔をするが、一瞬で平静(を偽っているのだろうが)な表情に変わり、相変わらず同期の隊員を踏みつけながら俺の顔を見つめている。
「勇田、こんなところで何をしている?もう就寝時間だが……」
「それはこっちが聞きたいです!何をしているんですか!?」
一時的に暴力が止み、場が静寂に包まれる。そしてその静寂を遮るかのように、倒れた仲間の重い呼吸音と小さな呻き声が漏れ聞こえてくる。
「あぁ……お前には関係のないことだ。今すぐ戻れ。命令だ」
暗がりの中、細かい表情は伺えない。だが、こん状況で説明もなく返そうとするその態度に、何か不穏な隠し事の気配を感じ取った。
「さすがに、無視できません。こいつが何かやらかしたんですか?」
「……」
答えない。つまり、これは軍紀とかそういうのに則った正当な処罰――にしても、こんな暴力が”正当”なものってのはどの道あり得ないわけだが――じゃない。そう自白しているのと同じだ。
「勇田、お前は優秀だ。何をやらせても出来る男だ。ここで多くを学び、さらに成長していくに違いない金の卵。恐らく、この隊から輩出される最も優秀な軍人の一人に数えられることだろう」
答えになっていない。だが、何か言いたいことがあるのは理解する。なんと返せばいいのか分からず黙っていると、彼は再びしゃべり始めた。
「俺も同じだ。努力に努力を重ね、できることは何でもやって来た。そして今、ここ久留米練兵所で教官として勤めている。そしてこの先も、貪欲に上を目指していくつもりだ」
……同じ、ね。
「俺が上へと上がるためには、成果を出さねばならない。分かるか?私に必要な成果とは、優秀な隊員を多く育て上げること。これは、そのために必要な”作業”なのだよ」
「仰る意味が分かりません。優秀な人間を出すためにこの暴行が必要って、どういうことなんですか」
藤橋少尉は、俺から目線を外す。そして、足蹴にしている隊員の方へとつまらなさそうな表情で向き直る。
「俺はな、自分が育てた隊員たちは”全員”が優秀であってほしいと願っている。それを思って熱心に指導し、鍛え、面倒を見てきた。だがこいつは、付いて来られなかった」
倒れる同期の方を見る。俺が来るまでに相当痛めつけられていたらしく、呼吸に伴って胴が膨らむ以外に身動き一つとれないらしい。
「満足に戦えない、戦力に数えられない。そりゃ肉壁くらいにはなるだろう、二線級の部隊にでも送ればそれなりに使える人間にはなるだろう。だがここは”精鋭”を作る場であり、ここで鍛えられた隊員は皆精強でなくてはならない。つまりコイツは、この部隊にとっても、私にとっても不要な存在なんだよ」
踏みつけている足を一瞬離し、わき腹を蹴り上げる。
「ヴッ」
と唸り、体を丸めるように蠢く。痛々しいその姿を見て、俺の中に怒りが――理不尽に対する強烈な憎悪が――こみあげてきた。
「要らないものを育てても仕方がない、こうすればコイツも勝手に辞めてくだろう?それがお互いのため、みんなのためだ。何せ、退職を促しても一向に諦めねえんだから。俺は現実を見せて後押ししているのさ、『お前はこの世界じゃやっていけない』ってな」
「そう、ですか」
自然と拳に力が入る。
「分かったならいいだろう。互いのためだ、早く兵舎に戻って寝ろ。言っておくが、口外は」
「アンタはそういう人間なんだな」
「……は?」
俺はきっとこの時、ブチ切れてるのが一目でわかるような表情をしていたのだろう。だが暗がりの中、藤橋少尉はそれが見えなかったはずだ。
しかし、俺の声でなんとなく感情自体は感じ取れたはず。
「まさかとは思うが、上官の命令に違反しようなどとは考えまいな?」
「……」
そう。こういう場合であっても、基本的に上官への反抗など許されない。軍隊組織の大前提、下は上の命令に絶対の信頼を置き、従わねばならないから。どうしても不満であれば、別の上官に話をするなどして対処すべき。
そして俺は、そんな軍隊の最高峰の部隊を目指している。そのためには、模範的でなければならない。まして上官への反逆など論外である。
「合理的に考えろ、勇田。お前は春宮隊に入りたい。その為にすべきこと、してはいけないことも理解しているはずだ。お前がこの組織で望みをかなえたいのなら……分かるな?」
脅迫めいた言い回し。要は、”保身のために見過ごせ”と、”自分のためにコイツは捨て置け”と、そう言っているようにも聞こえる。
――馬鹿野郎。
「今すぐ、彼を離してください。そしてアンタこそ帰ってくれ」
「おいおい、本当に何を考えて」
「帰れっつってんだろ!!」
大声で怒鳴る。自分の中で、ここは譲れない場なんだと思えたんだ。
「でなきゃ、あんたをぶちのめすしか選択肢がなくなるんで」
格闘術の教官に対してって考えると、無謀な啖呵を切ってしまった。……いや。そんなことはどうでもいい。目の前で転がっている戦友を見捨てることが正しいわけがない、そこにアイツが立っているなら立ち向かうしかないんだ。
「……お前、恩ってやつを知らないな。わざわざ目をかけてやったというのに」
流石に向こうさんも頭に来たのか、静かな声から密かな苛立ちが伝わってくる。僅かな月明かりでうっすらと見える目は完全に据わっており、足蹴にしていた態勢を正して俺に向き直る。
「上官に逆らうとはいい度胸だ。しかも格闘術のプロである俺にな……お前は本当に愚かだ、勇田」
「そんなもん、関係ないっす」
そう、相手がどうとかそういう問題じゃない。俺が信じる”正しさ”の問題だ。
「ここでコトを起こして、上官に盾突いて、今後の進路がどうなるか分かってるんだろうな?」
「覚悟の上です」
「そうか」
彼は数歩歩み寄り、お互いに顔が見える位置にまで近づいてきた。それでやっと確認できたが、どうやら表情の中に強い怒りを見せているのはお互い様だったらしい。
「なら、貴様も不要だ。ここまで成長できたというのに……貴様の出世も私の手柄になるはずであったが、止むを得ん」
普段は人の好さそうな面をしていた少尉だが、筋肉質な体格とドスの効いた声でかなり恐ろしい男に見えてきた。背丈や体格はほぼ同等か、或いは少尉の方が少し上か……。
――知らねえ。
「アンタこそ、後悔すんなよ」




