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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
83/134

勇田 1

 ………。


 ……。


 …。




 翌日、起床後の走り込みを終えた俺たちは格闘訓練に従事することになった。例の教官――藤橋少尉――の元で。



 「諸君は、この国でも有数の精鋭部隊に所属している。この意味が分かるか?」

俺達を整列させた藤橋少尉は、声高らかに演説を披露する。


 「我が軍で最も優秀とされているのは、言うまでもなく春宮隊である。彼らは日々鍛錬に鍛錬を重ね、単独であろうと団体であろうと最高の戦力となれる逸材だ。加えて、他にも複数の特技隊が存在するわけであるが……」


 一同を見回し、一人一人と目を合わせる。


 「そんな彼らにも弱点はある。例えば、敵と戦うにあたって春宮隊のみで戦い抜くことは可能であるか?……君、答えてみろ」


 目が合っている。ということは、俺が指名されたってことか。


 「……それは、不可能であると考えます。戦い方次第ではあると思いますが……」

「その通り。通常、敵の戦力とまともにぶつかり合う展開となれば、少人数だとどうしても限界が来る。量を質で補うという発想も必要だが、それでも大多数を前にして少数は少数。それは変わらない」


 他の隊員たちにもちらりと目を遣り、続ける。


 「我々は人数を揃えた上で、一人一人が優秀な隊員で構成されている。実際、我が隊は”春宮隊の栽培畑”などとあだ名されることもあるからな。多くの春宮隊隊員を輩出していることからも、それは明白である」


 再び全員の顔を見回し、若干の間をおいてこう締めくくる。


 「諸君は、量と質を兼ね備えた事実上の最高戦力、我が国を防衛する上で最良の切り札となるだろう。そんな君たちに、これから”最後の最後”に重要となってくる、対人格闘戦術を教育していく。これまでも何度か訓練は受けただろうが、この部隊の訓練は厳しい。皆、最後までヘバらずついてこれることを期待する」



 ……なんというか、拍子抜けした。悪い噂でイメージが先行していたせいか、とてもマトモで有能な上官のように思えてくる。激励の言葉も真剣なものに聞こえるし、実は結構良い人なんじゃなかろうか。


 やはり、人を断片的な情報で判断すべきじゃない。伝聞した内容なんてのは話半分で聞くくらいが丁度いいのだ。



 「では、早速訓練を開始する。まずは二人ずつで……」



 そんなこんなで、訓練開始、二人で一組になり、藤橋教官の教える通りの動きを再現していく。入隊直後の訓練内容とはレベルが違うらしく、単純に投げたり殴ったりするだけでなく『相手の動きに合わせた対処の仕方』『殺害せずに捕縛する技術』『相手が武器を使用した際に素手で対処する最善の策』など様々な内容を叩き込まれていく。


 「そう、それでいい。優位を確信した敵は動きが大雑把になる。その隙を見計らって……」

「違う、安易に足を使うな。頭なんぞ蹴り上げるくらいなら股間を蹴飛ばせ」

「反復が重要だ。その動きを繰り返し、体で覚えるんだ」


 


 ………。


 ……。


 …。




 「そこまで!今日はこんなものだろう。次の訓練では同じ内容を繰り返し行う、反射的に動けるようになるまで何度でも繰り返すんだ」


 「了解!」

「ありがとうございました!」




 ……その後。



 「なんだ、結構良い奴じゃねえか」

「おっかねえ棒切れも持ってなかったしな」

「だから言ったろ?噂なんだよ、噂。そうそう鵜呑みにするもんじゃねえっての」

「勇田の言うとおりだったな。熱いしかっけえし、意外に優秀な幹部なのかもな」



 皆も同じ感想を持ったようで、いつもの馬鹿話は明るい話題で持ちきりとなった。



 「そんでよぉ、胸がデカくて柔らかくてさぁ……」

「ずるいぞお前!」

「俺は棟よりも尻の方がだな……」


 結局、こんな下世話な話で盛り上がってしまうのが俺達なんだけど。そう、今日もいつも通り。



 『我が国を防衛する上で最高の切り札』

『最後の最後に重要となってくる』


 ……そういうノリ、嫌いじゃない。あのオッサンからは、もっと多くのことを学べる気がする。不利な条件でも十分に戦える技術を持っていれば、それは自信につながる。自信を持てれば、イザって時に雪を持てる。極限状態で戦闘をする精鋭部隊、当然そういった要素も大事になるはずだ。



 こうして俺は、藤橋少尉を上官として認め、十分に敬意を払おうと決めた。……というとおかしな話だが、少なくとも誤解は解けたし、教え方も素直に上手だと思った。


 それから数か月、繰り返される訓練の中で彼の格闘術を存分に吸収し、ひたすらに兵隊としての腕を磨いていった。俺がそれなり以上のペースで成長しているからか、藤橋少尉も俺のことを気に入ったらしく、特に世話を焼いて色んなことを教えてくれた。


 『その調子だ、勇田。お前は特に覚えが良い、必ずや春宮隊に選抜されることだろう』


 彼は俺を激励してくれたし、俺も期待に応えようと懸命に努力を重ねた。結果として俺は同期と比べても抜群に上達が速かったし、同期同士で多人数を想定した乱取りを行っても制圧できるくらいの体術すら心得た。




 ……そして。ある日。



 「……眠れねえ」

夜、就寝時間。体調が悪かったりとかそういうものはなかったんだが、その日はなんとなく寝付けなかった。


 「どうした?ムラムラしてきたか?」

「ちげーよ」

二段ベッドの上で寝ている仲間からの冷やかしを軽くあしらい、寝ていた体を起こす。


 「ん?便所か?」

「あぁ、ついでに煙草でも吸おうと思ってよ」

「なるほどな」

「んじゃ、行ってくるわ」

「あぁ」


 あまりに遅い時間だと外出も憚られるのだが、今は注意を受けるような時間帯でもない。それにここはやや規則が緩めで、就寝時間にその辺をうろついててもあまり問題視されることもない。



 「春宮隊、か」


 そんな独り言を言いながら、目的地に向かう。兵舎から出てしばらく歩き、敷地の端へ。一人の時間を作りたい時にいつもやってくる、今はあまり使われていない旧倉庫の裏手。精々年に数回しか行われない催し物や特別な訓練の際に必要な物を取りに来る程度で、そこで誰かと遭遇したことは一度もない。



 倉庫の壁にもたれかかり、煙草を取り出す。マッチを擦り火をつけ、煙草の先に点火。大きく吸い込み、軽い”ヤ二クラ”を味わう。酒にも煙草にも強くない俺だが、何かを忘れてぼうっとしたい時にはコレが効く。



 燃える煙草の先端を見つめつつ、また吸い込んでみる。小さかった火種が大きく燃え、葉っぱが1cmほど一瞬で灰になる。



 時々考える。反省する。自分がなりたいもの、やりたいこと。そして、その理由。俺はもともと人間が好き、仲間が好きだ。誰かと一緒に何かをする、人を信じて一緒に前へ進んでいく、そういうノリが大好きだ。レベルが高い環境ならそれだけ、素晴らしい出会いが増えるものと信じている。


 人の命を救う、仲間の命を救う。最高じゃないか。そのためには銃だって握るし、敵を倒しもする。大事なものを理不尽な攻撃から守りつつ、仲間たちと最高の信頼関係を作っていく。俺にとって、ここは理想的な環境だと思う。



 ……だから。上に行きたい。優秀になって、強くなって、できることを増やしたい。誰よりも立派な戦力になって、志を同じくする仲間たちを支えられるような人間になりたい。


 そういう、理想を持っているから。俺は、頑張れるんだ。




 ――十分だ。


 改めて、明日以降の訓練を頑張れる気がした。煙草も二本目を吸い終えたところだし、丁度いいタイミングだ。


 壁から背を離し、元来た道へと戻ろうとする。



 そしてその時、そう遠くない場所で


 『バチィンッ!』


 と、大きな音が鳴った。

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