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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
82/134

衝突 4

 目の前で、新人が暴行を受けている。確かに刻峰の主張通り、民間人へリンチを働いていた連中の行為は決して許されるものではない。確たる証拠もないのに、軍律に違反した暴力行為は当然に禁止しされているのだから。


 その一方で、”上官への反逆”という行為に対しては色々と思うところがある。基本的に軍隊ってのは組織であるから、上が下した決断に下が従属し、連携して動くことが求められる。例え個人的な不満や不平があったとしても、一人全体に逆らって動くよりも全体の動きに馴染んだ方が何かと都合がよい。なぜ命令違反が重い罰則なのかを考えれば、明らかなこと。



 だからこそ、例え”間違っている”と判断しても上官には逆らわないこと。もし重大な不満があったり何かを告発する際には、しかるべき手続きを踏んで行うこと。そのことの重要性を、俺はとっくに分かっていたはずなのに――。



 *   *   *




 刻峰将平のひのくに世界転移から遡ること3年。勇田秀実はひのくに陸軍へ志願し、『この国を守る最高の兵士になる』との思いを胸に秘め、軍人としてのキャリアをスタートさせる。


 入隊直後の各訓練課程で、勇田はトップクラスの成績を残す。元々身体能力は高く、入隊前はスポーツや武道に打ちこむ体育会系の青年であり、特に入隊直前まで嗜んでいた弓の腕にはかなりの定評があった。


 曰く、『彼が弓を構えたとき、既にその矢は的の中心へと中っている』。曰く、『私が三十年間弓を教えてきた者たちの中で、最も均衡のとれた美しき射形である』。曰く、『技量と人格でいえば、既に教士に値するであろう』。


 十分に鍛え抜かれたバランスのいい体格、センスの良さ、人並み外れた集中力。それに持ち前の真っすぐな性格と明るいキャラクターで、彼はどんな時でも上下問わず人を魅了する前途有望な人材であった。



 教官や上官らからの評価もさることながら、仲間思いで熱心に訓練をこなしていく彼の姿は同期の間でも非常に評判が良かった。裏表のない人格や誰とでも対等に接するその姿勢から、彼を妬む噂の一つすら立たなかったらしい。



 そんな勇田であったからこそ、教官たちは口々に彼に向けて言うのであった。


 『勇田、お前は必ず”春宮隊”行きだろう』と。



 春宮隊。現皇帝の娘たる春宮翡翠の直属である、ひのくに陸軍最高峰の精鋭部隊。数多く存在する陸軍軍人の中でも、ほんの一握りの有能な人材しか推薦されない超エリート部隊。超人的な記憶力を有する春宮翡翠が、陸軍内部のあらゆる情報(入隊直後から現在に至るまでの訓練や実戦での成績・戦績、素行等)を総合的に勘案して選抜する全軍人の憧れの的でもある部隊。



 無論勇田も春宮隊への入隊を熱望していたし、何よりも『最も優秀な部隊で最も有能な人材になりたい』という思いに応えてくれるのはそこしかないとすら思っていた。


 軍人としての心得。上と下との信頼関係、仲間を大事にすること、時には非情な決断も辞さない覚悟を常にできていること。そして、最高峰レベルの技量を身に着けていること。


 勇田は何をさせても優等生であり、特に射撃に関しては『神業』とすら称される天才的な実力の持ち主でもあった。彼は訓練期間中に弾丸を一発も外すことなく、初の射撃訓練では弾の全てを的の中央に命中させた。弓を引くうちに覚えた”中てること”への意識は、結果として彼を狙撃の名人へと昇華させるに至った。


 

 そんな彼は、入隊直後の訓練課程を終えた時点で既に将来を有望視され、春宮隊選抜者の多い優秀な部隊へと配属。優秀な仲間と上官たち、そこで勇田秀実という男の出世ルートは確約された。


 ……はずであった。




  *   *   *




 ――2年前 皇国ひのくに 久留米練兵所



  いつものように訓練を終え、何人かの仲間たちと馬鹿話をする。訓練や任務の間はとことん真剣に、真面目に。その分、職務から解放されたときには気分を切り替えて朗らかな雰囲気で仲間達との団欒を思いっきり楽しむんだ。


 苦しくて厳しい時間の連続に、人は中々耐えられない。どこかで心の癒しを持たないと、正直やってられないと思う。それに俺は仲間たちとのコミュニケーションや連帯意識ってのを大事にしていきたいし、こういうくだらない時間を過ごすことも目標へ近づくために必要なことだと信じている。



 「マジでよ、安形軍曹鬼みてーだよな」

「どんだけ走らせるんだよ……って話だ。勇田、お前なんか『余裕があるならもう一周行けるな』ってオマケ付きで走らされてたな」

「俺?まぁ実際バテてもねーし平気だったけどな。たぶんあの鬼軍曹の倍は持久力あんぜ」

「それ、目の前で言ってみようぜ。たぶん文字通り倍の距離やらされっからよ」

「洒落にならん、よせやい」


 ――どこにでもある、俺達軍人にとっては日常の風景。堅物なタイプならそうでもないんだろうけど。


 俺だけじゃなく、同じ課程をこなす仲間たちもかなり上昇志向が高い連中だ。だから訓練には真面目に取り組むし、キツくても苦しくても『目標のために』って懸命に頑張ってる。不満が一切ないといえば嘘になるが、実際のところ教官や身の回りの連中に対しても本音で罵ったり、悪口を言うようなことはない。


 このやり取りにしてもそう、所詮は『にしても訓練結構きついよな』『俺たちはかなり高度な訓練に参加している』って話を遠回しに共有しているだけ。別に教官への恨み言を言いたいのでもなく、現状に不満を垂れて消極的な気分になりたいのでもない。むしろ成長しつつある現状に概ね満足しているからこそ、こういった冗談が言えるんだ。



 ……だが、一つだけ例外があった。



 「……つか、マジで嫌なのは格闘訓練なんだが」

一瞬、場が静まる。


 「まぁなぁ……」

「教官の中で、一番嫌いな部類かも」

「……」


 話題に上ったのは、この練兵所で素手や銃剣を用いた格闘術を教育する藤橋少尉の話。彼はいわゆる”ヒラメ人間”であり、お上にお伺いを立てながら昇進してきたってことで有名だ。実際のところはどうか知らないけれど、確かに彼の言動には部下に嫌われそうな要素がいくつもある……気がする。


 「聞いたか?あいつ、気に入らない隊員を棒切れで叩きのめしてるらしい」

「マジかよ?」

「あぁ。それで骨折ったり目悪くして除隊した奴もいるらしい」

「机に立てかけてるあの角材みてーなやつか……」

「そりゃ骨も折れるわな」


 ……一昔前までは当たり前のようにドギツイ体罰も存在してて、実際に体を壊すようなケースもあったらしいが。翡翠総司令官が教育や軍政に様々な改革を行ったそうで、不当な暴力や非合理的な鍛錬の類はあまり見受けられい状態にまで改善されている。


 そのことに対しては反感を持っている幹部も少なからずいるらしく、教育が厳しければ厳しいほど強靭な肉体と精神になるなんて主張もあると聞く。



 「ほんと、化石みてーな奴だな。今んとこそういうのは見ねーけどよ」

「噂、だからな」


 火のないところに煙は立たないって言うけれど、俺は必ずしもそうじゃないと思ってる。断片的な情報や聞いただけの情報で判断すると、どこかで間違いが起こるってことくらいは分かる。


 ……ついでに、余計な敵を作りたくないってのも本音なんだけど。



 話を変えたい。頃合いかな。


 「まぁ、それはそれとしてよ。昨日医務室へ行ったんだが、研修に来てたっぽい士官の女がすげー美人でさ……」

「マジ!?詳しく聞かせろ!」

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