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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
80/134

衝突 2

 「サンキュ、勇田」

「まぁ、出世払いな!」

「出世て……」


 車で町中を回りながら、手に入れたナイフを眺める。もしも銃が壊れてしまった時、もしも銃剣が使えなくなってしまった時、この小さなナイフが俺の持つ最後の武器となるわけだ。


 そういえば、格闘戦の弱みを克服しなきゃいけなかったんだ。先日の戦いでも背後から叩きのめされたわけだし、運が悪ければ死んでいた。


 ……というか、敵前で気を失ったって時点で一度死んだようなもの。意識が飛び転がっている体に銃剣を一突き、或いは首や頭部を踏みつけられでもしたらそこで死んでいただろうし。こちらが余程有利だったからか、奇跡的に追撃が為されなかっただけ。


 それ以前にも塹壕戦で敵に力負けしたりって場面もあったし、白楼上等兵や滝隅上等兵みたいに上手いこと白兵戦をこなせるようになりたいと思う。



 ……今まで、ロクに喧嘩すらしたことのない人生だ。ひのくに本国での訓練だけじゃ、色々足りない気がする。




 「……ん?なんだ、ありゃ」

勇田の声に、一旦ナイフとのにらめっこを止める。そいつを懐に仕舞いつつ、勇田の見ている方向に目を向ける。そこにいるのは数人のひのくに兵と……あと、誰だ?


 「勇田、」

「あぁ」

『言わずもがな』って感じで停車。俺は先に下車し、『先に行ってる』と言い残して騒ぎの方へと走っていく。商店街のど真ん中、四人のひのくに兵――階級は二等兵が二人、一等兵が一人、伍長が一人――と現地の住民らしき一人とで何やらトラブルでも起こっている様子。



 ……いや、トラブルなんてもんじゃなかった。



 「だから、私は何もしていませんってば」

「黙れ!!!」


 近くに来て、話まで耳に入る距離になる。嫌な予感がした。



 「キーウィの犬めが!」

バチィンッ!!!と大きな音、続いて人体がモノにぶつかる鈍い音まで大きく響く。現場に到着したときには、頬を打たれて倒れこむ中年男性の姿と、それを冷たい目で見降ろす兵たちの姿が確認できた。


 「何、してるんですか……?」

余程の大ごとか。恐る恐る聞いてみる。


 「あぁ、こいつの店がニュージーランドに物資を垂れ流してたってよ。許せねえよなぁ、全く」

一等兵の階級章を付けた者が応じる。他の三人は、皆倒れた男から一切視線を逸らさない。


 「てめぇ、堂々と武器なんぞ売りさばきやがって!」

「やめてくれ!」

「この野郎!」


 目の前で、不法な暴力行為が繰り広げられる。屈強な体格の軍人が、束になって一人の民間人を虐待している光景。


 「てめぇらのせいで、部下が死んだ!」

「どうしてくれんだ!」

「賊めが!くたばれ……!」


 どうやらここは鉄砲店か何からしく、虐待されている男はその店長らしい。彼は地に伏し、丸くなり、両手で頭部をガードしている。そんな無抵抗の彼を、兵隊たちは一心不乱に蹴りつける。



 ……見ていて。


 とても、不愉快だ――。




 「刻峰、なにがあった?」

背後から勇田の声。不穏な空気を察したらしく、真剣な表情で様子を伺っている。


 「……敵に協力したとか何とか言って、リンチしてるらしい」

「……リンチ、ね」



 「私は何もしていない!本当だ!」

「言い訳無用!」

「付く側を間違えたな、虫けら!」


 ……最低な人格否定と罵倒の数々。



 確かに、ここに住んでるってことはニュージーランドの支配下にあったってことで。そりゃ、俺達から見れば敵勢力との交流があったのかもしれないけれど。


 俺は目の前の光景を、どうしても正当化できなかった。彼らの行いが、ひのくに軍の兵士として正しいものとは思えなかった。



 「やめましょう」

リンチに夢中な連中にも聞こえる声量でハッキリと言う。


 「もう、十分でしょう」

できるだけ真っ向から否定しないように、彼らの怒りに火を注がないように言葉を選んだ……つもり。



 「はぁ?こんなものじゃ済まねえんだよ」

「二等兵か、失せろ。俺は伍長だ」


 ……気圧されるな。



 「民間人への暴力行為は禁止されています。それを知らないはずがないでしょう」

「うるせぇ、こちとら大事な大事な新人殺されてんだ!」

「こいつは民間人ではない、敵だ。我々が制裁を加えねばならんのだ」

引く気はないらしい。


 ……困った。こういう時、嶺善班長や徳長軍曹でもいれば穏便にコトを収められたかもしれないのに……!



 「刻峰」

後ろから肩を掴まれる。勇田が言わんとしていることは分かる、『関わるな』。後で上官に報告するなり憲兵に連絡するなりして対処しろってことなんだろう。


 ……でも。



 店主らしき男は、この暴力を止めに来た俺の方をじっと見ている。今にもぶん殴られそうな状況で、小さく俺の方を覗き込んでいる。


 ……。



 勇田の肩を振り払う。

「あなた方がやっているのは、軍紀違反だ。憲兵、呼びましょうか?」


 「……貴様」

「早まるな。……おい、お前、二等兵。所属と名を名乗れ」


 伍長――階級が上の者――からの質問。聞かれたら、答える。

「嶺善班、と言えば分かりますよね。刻峰将平です」

伍長は、少し意外そうな表情を見せる。だが、すぐにニヤッとした顔になった。


 「嶺善班……新人か。刻峰将平、聞いたことがあるぞ。なんでも、頭のおかしいふざけた経歴を名乗る大ぼら吹きだそうだな」

「俺は、嘘など言っていませんが」

「なぁにが別世界からやって来た、だよ。馬鹿話で上官も役人も丸め込んで、よっぽど口達者なのだろうな。どうせ無戸籍の浮浪者か何かだったのだろう、お前」

「違いますが」

「馬鹿馬鹿しい」


 ……”こいつ”。



 伍長は俺に近寄り、顔を近づけ――鼻が擦れる寸前くらいの距離――、冷たい声で言い放つ。

「阿呆が。身の程を弁えろ」


 「身の程を弁えて、憲兵に連絡します」

「……クソガキッ!」


 伍長は顔を遠ざけ、拳を固め、体をひねる。


 ――殴られる!



 腹に、重い衝撃が走る。恐らく避けようと思えば避けられただろうけど、すぐ後ろには勇田がいる。彼まで巻き込んで面倒なことにはしたくなかった。



 「んぐ……」

思わず嗚咽が漏れる。人生で味わったことのない、初めてにして一番痛い腹パン。


 「分からないか?お前みたいな阿呆にチクられたところで、何てことはない。そんなことすら理解できないのか」

「なら……なんでわざわざ俺を殴るんですか」


 彼が本当に『刻峰将平に何か報告されても何の問題もない』のならば、わざわざ俺を脅迫する必要なんてないんだ。本当になんでもない存在と認識しているならば、テキトーに無視してればいいんだ。排除を試みるのは、俺が実際に手を出してからでいい。


 というか、彼が先に手を出したことで俺の立場は有利になったとすら認識している。彼は、味方に危害を加えた。これもまた、重大な軍紀違反である。



 「あなた、俺を殴りましたね。もう後がないですよ、これ黙っててほしかったら今すぐその人から離れてください」

「お前……!」


 彼も分かっているはず。ルールくらいは理解しているはずなんだ。でも怒りに身を任せた結果、後に引きにくい状況になってるってだけで。


 それも、自分の立場を不利に追い込んでいるのが”格下”の人間であるってことで。間違った形で部下の復讐を果たしに来たこの男は、もうその時点で怒りに任せて行動するタイプってことが透けて見える。



 「本当に彼がなにかやったというなら、それが問題なのだとすれば、それこそ憲兵に報告して捜査してもらうべきだ」


深呼吸。一言一句、強く」言い切ってやる。

 「もう一度言います、あなた方は間違っている」

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