衝突 1
相変わらず、この世界、この時代の自動車ってのは乗り心地が良くない。サスペンションも甘い、日本にいた頃乗ったどんな車よりもガタガタしてる。エアコンも当然ないし、なによりこいつには屋根すらない。
オープンカーでドライブと洒落こむには湿度も気温も高い。できればこう、涼しい社内で窓越しの大自然を満喫したかったものだけど。
でも。
蒸し暑い中で風を切りながら突っ走り、気の合う同期とどうでもいい雑談をするって時間。しばらく敵と戦ってばかり、いつ何時接敵するか分からない緊張感の中で生活してきた俺にとって、こういう時間そのものが癒しになっている気もした。
「そろそろつくぜ、マニラの街」
「あぁ。そういや、この辺の街ってどんな感じなんだ?」
「どういう感じ、か……。博多に比べりゃ寂しいとこじゃあるけどよ、色んなとこがあるぜ?かわいいねーちゃんもいるし、結構良いとこだ」
「そりゃ、楽しみだ」
実際のところ、現状可愛いおねーちゃんとイチャつきたいとかそういう願望はあまりない。男性たるもの性欲が皆無ってわけでもないし、発散はしたくなるところだけれど。
それ以上に異国情緒ってものに入り浸ってみたかったし、そこまで”何がしたい”ってことはあまり考えてなくて。無計画な旅行のように、フラフラしながらいろんなものを見て回りたいと、ただそう思っていた。
「そうそう、お前英語喋れるよな?」
「あぁ、”向こう”でそれなりに勉強してたし。敵が話してるのも大体わかるよ」
「ならいい。ここの人たち、結構英語は喋れるからさ。言葉の心配はないな」
完全に忘れてたけど、言葉通じるかどうかって結構重要だな。ここは英語圏のニュージーランドやオーストラリアと長らく交流……そして支配が及んでいた土地。現地の義務教育には英語も入っているらしい。”現代”の東南アジアでもお年寄りには日本語が一部通じる地域だってあるそうだし、そういうものなんだろう。
「……あ、そういえば」
「どったの?」
「言語はいいとして、そもそも街ってその……大丈夫なのか?戦闘があったんだろう?」
ひのくに軍の占領下におかれてるってことは、少なくともニュージーランドかオーストラリアとの戦闘があった、その戦いを経て奪取したんじゃないかと思う。
あれだけ激戦を繰り返し行ってきた両軍、その戦場となった街が平穏であるはずはないと思うのだが……。
「あぁ、そのことな。確かに戦闘はあったけど、あんましだったらしい。物資の一部は持ってかれてたけど、敵さん早々に撤退したらしいからな」
「そう、なのか。敵にとっても大事な拠点だと思うけど」
「戦力を温存したかったとか、防衛に向かないと判断したか。或いは、いつでも取り返せるとか思ってんじゃね?」
前者二つはありえそうだが、一番最後のはたぶん論外。
こんな感じで会話を交えつつ、俺はマニラの街に思いを馳せる。もうすぐ到着するフィリピンの街は、いったいどんなところなんだろうか。
* * *
途中にいろんな馬鹿話を挟みつつ、遂に目的地へ到着。駐車場と言える場所もないから、当たり前のように路駐していくスタイルらしい。本来は歩いて色々見て回りたかったけど、万が一車両に何かあれば問題になるとのことで、そこは我慢することにした。
……それにしても。
この時代の東南アジアってことで、なおかつ今まで見てきた集落の建物のイメージが頭にあったせいで、目の前の近代化した街並みに少々驚きを覚える。博多の街とは趣が違うものの、結構近しいレベルで発展してる街なんじゃないのか、ここ。
「思ったより……」
「栄えてんだろ?いいとこだ」
ニヤニヤしながら、俺の反応を楽しんでいるらしい。得意げに少年のような笑みを浮かべる勇田を見て、本当に憎めない奴だなって思う。
「そんじゃ、まずは腹ごしらえだ!昨日行ったとこも良かったんだが、他にも気になるとこがいくつかあってな……あぁ、そういや他の部隊の連中が美味いぜって言ってたとことかも……」
……本当に。勇田は、若者って感じで。そんで、良い奴なんだろう。
そんなこんなで昼食を済ませ、何か所かお店も回った。モラル的に飲酒は(運転しなきゃいけないし……)控えたが、美味いもの食べて、出店で買い物して、いろんな所を見て回った。
そんな店の中の一つ。刀剣類を販売している店で、いくつかナイフを物色。フルーツナイフくらいの大きさのものもあれば、サーベルといって差し支えないレベルのものも発見できた。
「これ、いいな」
目についたのは、焦げ茶色……というか、グリップの部分が濃い色の木製で、なおかつ独特の焦げ跡が散見される、かなり細身のナイフ。丁寧に布と革製のケースもついていて、どこか古ぼけた印象を持ったものの純粋に格好いいと思えたんだ。
「へぇ、お前はそういうの好きなのか」
「うーん……刃物なんてあんまし見ることなかったけどな……なんつーか、ロマン?感じね?」
「俺はもっと洗練されてるっつかさ、」
そう言いつつ、軍服の内側に軽く手を入れ、
「こんなやつさ。お気に入りだ」
自前のナイフを取り出す。
「あぁ、それ見たことあるかも」
彼が持っているのは、片刃が鋸状になっているタイプのもの……いわゆるサバイバルナイフに近い形状のもの。グリップ底部にはストラップ用のリングも着いているようだが、とくに繋いではいないらしい。
「結構便利なんだぜ。つか刻峰お前、銃剣しか持ってねえのか」
「特に必要と思ったこと、あんまないからかな」
そもそもひのくに本国にいる間、街へ出る時間も限られていたし。官給品以外に何か所持するって発想自体なかった。
「一つくらい持っとくと良いぞ。刃物にもいろんな種類がるし、使い道も様々。例えばよ、銃剣で鉄条網が切れるか?肉の解体ができるか?」
「できなくはないけど……包丁みたいに扱ったりは難しいかも」
「そ、そゆことだ。そもそも銃剣つけっぱだと咄嗟の至近距離に弱かったりするし、備えあれば患いなし。一つくらい買っとくと良いぞ」
なるほど。
「そっか。んじゃ、気に入ったからこれ買っとくか」
「それでいいのか?……そもそもそれ、お前には扱う憎いかもしれんけど」
「ん、どゆこと」
「刃先見て見な」
見てみる。独特なカーブを描いた、やや中膨れ気味の刀身。特に問題があるとは思えないのだが……?
「両刃。両方に刃付けされてんぜ。敵を刺すときには有効化も知れんが、扱いに慣れてないと怪我しやすいのさ」
「あぁ……」
気にも留めていなかったが、確かに他の多くの刃物、そして官給品の銃剣と違って両方が鋭く研がれている。
「ついでにその刃、観賞用には丁度いいかもしれんが手入れは大変だぜ。曲線の刀身を研ぐのって結構大変だ」
あまりイメージはつかないが。そういうもの、なんだろうか。
「……まぁ、慣れるさ」
強がってみる。
場合によっては命を懸けて所持するものだ、せっかくなら気に入ったものを選びたい。多少扱いにくかろうと、俺はこのナイフの見た目がすこぶる気に入っている。
それに、手入れが面倒なものほど、どこか愛着も湧いてくるように思えるタイプなのだ。勿論メリットも考えている、左右対称にデザインされた刃先であれば、裏表とか左右とかあんまり考えなくても咄嗟に構えることができそうだ。
「ま、気に入ってんならそれでいいか。んじゃそれ、買ってくるわ」
「え、でも俺班長から金……」
「先輩からのおごりだ。いいから、いいからよ」
そう言って、勇田は俺の手からナイフを受け取り、店主の元へと向かった。




