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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
78/134

勝利と 4

 半島エリア制圧の後、捕虜の連行と収容、付近エリアの掃討などが行われた。結果としては殆ど敵は見つからず、精々負傷して動けなかった敵兵が発見された程度にとどまる。


 敵が既存の防衛拠点を続々と強化し、また全体的に士気も上がりつつあるとの情報も入ってきている。敵の潜伏する拠点を潰せたのはいいが、この半島での戦いも所詮こちらの消耗を期待して行われたもの。事実ひのくに側は甚大な損害を被り、敵は”捨て駒”を十分に活用して戦い抜いたって状況。


 加えて、敵の退路を断つために配置された部隊の損耗も著しい。単に人員が失われただけでなく、参加した兵の中に精神を病んだ者が複数おり、逃げる敵の背中を撃ち続ける光景に我が方の正義を見失ったものもいた。


 ――この勝利も、手放しで喜べるものではない。




 「あまり、無理しないでくださいね」

「あぁ、ありがとう」

戦闘から三日後。打ち所が悪かったらヤバいってことでずっとベッドに寝かされていたが、今日になってようやく元の生活に復帰できた。


 まだ頭に痛みは残っているし、初めて作るサイズのたん瘤もある。しかしそれ以外に特別目立った症状もなく、『鉄帽でも被れば問題なかろ』という軍医の一言でめでたく復帰である。


 ……まぁ、ヘルメットなんて重いもの被らないんだけれど。単純に重いから体力を消耗するし、どうせ銃弾でも当たれば被ってても普通に死ぬわけで。基本俺ら嶺善班は隠れて行動することが多く、それに伴って”足”で戦うことになる。そういうわけで、メットなんてデメリットの塊は身に着けていられないのだ。



 そんなこんなで今、見舞いに来ていた信濃原一等兵に付き添われて嶺善班長の元へ向かっている。



 「ちなみにさ、由紀や他の人たちはどこで戦ってたの?」

「うーん……一人一人聞いたわけじゃないんですが、私は途中途中で怪我してる人を手当てして回ってました。班長は神吉さんと動き回ってたそうで、他の方はほとんどバラバラだったんじゃないかと」

「そっか……」


 多くのメンバーは単独で戦力になってたってことか。俺は勇田と一緒に戦ったけど、結果として負傷し彼の足枷となってしまった。


 「……みんな、すごい。改めて思ったけれど、すごいよ」

一人一人、何かしら突出した才能がある。それが単純に目の前の敵を殺傷することに向いたものでなくとも、みんな持ち味を生かして戦いの中でそれぞれに活躍しているんだ。



 「……すごい、ですか」

どこか沈んだ表情で応える信濃原。


 「凡人の俺には、みんな超人だよ」

「……」


 相変わらずの表情で、顔を伏せて押し黙っている。……彼女が沈鬱に押し黙る理由が思い当たらず、俺も黙ってればいいのか、何か話せばいいのか分からず――結果、俺も何も言えない。



 「別に、すごくなんてないです」

「……そう、なのか」

「はい」



 誰だって、自己評価の加減は難しい。俺のような新参者には分からない事情とか、色々あるのかもしれない。あまり軽率に人を褒めるもんじゃないのかも、なんて考える。


 「……私、は、」

彼女は、なおも言葉を紡ぐ。



 「皆さんみたいに、できないから」


 声の後半は、どこか掠れているような感じだ。言いにくい言葉を無理やり口にしたような、そんな声色。


 皆さんみたいにできない……って、どういうことなんだろう。



 「……色々、あるんだな」


 詮索もできず、無根拠な励ましもできず。そんなつまらない返事しかできない自分に、どこか無力感を覚える。ただ、余計なことを言ってこの空気を悪化させることだけは避けたかった。俺のためにも、彼女のためにも。




 *   *   *




 「無事で何よりだ、刻峰」

俺の顔を見るなり、嶺善班長は多少表情を緩ませた。班の中でいえば新参者、そんな青二才が速攻で負傷したとなればそりゃ心配もするだろうと思える。


 「不甲斐なくて、申し訳ないです」

「そうだな、まぁ不覚を取ったというのは事実だが……しかし手柄を立てて生存できたというのも事実。ここまでヌルい戦いが続いていただけに、油断もあったのかも知れんな」

「はい」


 決して責める感じではなく、本当に安心してる様子だ。最初に出会った時からこれまで、俺は嶺善班長が厳しい人ってイメージを持っていた。


 もちろんそういう一面もあるのだけれど、人の顔ってのは一つじゃない。



 「それにしても、二日間ずっと退屈なのは辛かったろう?」

「いえ、むしろ、色々と考え事とか」


 ……戦闘の終盤、無防備な敵を撃ち続けたときのこと。あの時の俺はどんな思いで引き金を引いていたのか、殺される連中はどんな思いだったのか。そんなことを考えていた。


 二日とも、”撃たれる側”の連中になったような夢ばかり見て。必死に逃げ延びようとする味方たちが次々と撃ち殺され、次は自分の番かもと恐ろしい思いをしながら逃げ続けて。最終的に、何かに憑りつかれた様な顔をしている”俺”の顔をした敵兵に、俺自身も撃ち殺される。


 そんな、ろくでもない夢。


 

 「反省も大事だが、今は次を見据えるとき。聞いているかもしれんが、近いうちにまた攻めることになる」

「えぇ、既に散発的な攻撃は始まっていると聞きましたが」

様子見程度の、攻め落とす気もない小規模な攻撃。小手調べってことだと思うが、半島制圧の時よりも敵の防衛は頑強であるらしい。


 「そういうわけで、だ。今のお前には、敵前へ立つのに不足しているものがある」

「不足、しているもの。ですか」

「あぁ。疲労し、敵を殺し、自らも死にかけ、心労も少なからずあろう。というわけで……」


 嶺善班長は懐から何かを取り出し――お金?


 「”英気”を養ってこい、刻峰二等兵」



 金銭。それは一目でわかる。でも俺の知っているお金――日本円でも、ひのくにの通貨でもないらしい――じゃない。表記は英語であるようだが……?


 「ここの通貨だ。テキトーに遊べるだけの分はある。足りなかったら誰かに借りると良い」

「でもあの、この辺にお金を使うところなんて……」

「この近くには、それなりに大きい街がある。歩けば時間はかかるが、幸いにして車両を一両確保している。勇田あたりなら、同行するんじゃないか?」


 「勿論っす!」


 どこから話を聞いていたのか、いつのまにか勇田上等兵が姿を現していた。



 「丁度いい、勇田。刻峰をマニラへ連れてってやれ」

「了解っす!」


 ……ともかく、そういうことになった。俺としても外国の街を見るのは好きだし、正直好奇心は強いほうだ。森の中で隠れ動く生活を繰り返してた分、新鮮味のある体験に興味も湧いてきた。



 「お心遣い感謝します、嶺善班長」

「そう畏まらなくてもいい。勇田は昨日もマニラへ行っていたはずだ、案内してやれ」

「了解!」

「それじゃよろしくな、勇田」

「おうよっ!」


 町へ繰り出す若者。軍隊組織の中に居ても、やっぱり人間なんだなって、そう思える。ウキウキで歩みゆく勇田の背中を見て、なんとなく安心感を覚えた。


 「それでは、行ってきます」

「楽しんでくると良い」


 挨拶を交わすと、俺も勇田に続いて車の方へと向かった。




*   *   *




 しばらく舗装もされていない道を歩き、車両が複数停めてある駐車場っぽいところに到着。直ぐ近くに小屋があり、見張りの兵や事務手続きをしてる感じの兵も何人かいるらしい。


 「借りてくる」

そう言って勇田は小屋に向かって良き、入り口に立っている兵と少し話して小屋の中へと消えた。そして数分も経たないうちに、首尾よく車のキーをゲットして戻ってきた。


 「俺運転するから、助手席に座ってくれ」

「了解だ」


 こうして俺たちは、マニラの街に向かって出発した。


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