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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
77/134

勝利と 3

 念のため勇田上等兵が警戒しながら先導しつつ、先へ歳へと歩いていく。


 途中、戦闘と殺し合いの跡を何度も見かけた。乱れた足跡、地にしみ込んだ血液、折れた銃剣やナイフの剣先、散らばる薬莢、大小様々な誰かの肉片。敵や味方の死体は、交通事故現場で飛び散った車のパーツみたく道から外れた位置に引きずられ放置されている。


 高温多湿故か、ハエの飛び回る音がうるさい。死体や肉片の中には、皮膚の避けたあたりに白くて小さな何かが蠢いているものもあった。



 そして、辿り着く。最前線の、すぐ近く。



 聞こえる銃声は、ひのくに軍のものが殆ど。あまり明確に区別できるわけじゃないが、この頃にもなると使われる弾薬や銃の機種によってなんとなく銃声の違いが聞き分けられるようになっていた。


 「押してるってことかな」

「だな」


 既に、俺たちは半島先端部に近いポイントまで進んできている。こうなれば敵は完全に背水の陣、それこそ死に物狂いの抵抗が予想されるが……。



 現実は。


 もっと、残酷なものだったらしい。




 「……勝負あったな」


 もう、湖と岸部がハッキリ見える位置に到着。大量の黒い軍服と、それに混じって横たわる、或いは更に奥の方で小さくひしめき合う緑色の軍服が見て取れる。


 湖を見ると、島のようなものがあることも確認できた。地図で見てその存在を認識はしていたが、半島の半分くらいの大きさだろうか。そのくらいの小さな小島が、数百メートルおきに浮かんでいる。


 島を見て、そしてこちら側の岸辺を見ると、その間に沢山何かが漂流している……いや、島に向かって動いている……?



 「泳ぎに、自信があるってか?」

勇田上等兵は、呆れたように”彼ら”を見つめている。追い詰められた敵兵たち、そんな彼らにも一応の逃げ道として残されていたんだろう。



 これは、真の意味での背水の陣ではなかったってことか。本格的に退路がない、もう戦うしかないって状況が背水の陣ってやつだ。死ぬか戦うか、その二択に迫られたとき人は”生”への渇望が最高潮に高まるものだ。その渇望から来る必死さ、いわゆる火事場の馬鹿力ってやつが追い詰められた者を奮い立たせる。


 だけど、彼らは逃げ道を認識してしまった。戦う以外に生存の道を見出してしまった。


 だから。



 「そりゃ、死にたくないよな。人間だもの」



 泳ぎ達者なものもいるのだろうが、殆どの者達は着衣のまま水に浸かったせいで動きが鈍い。普通に泳ぐ人を見ているよりも、そのスピードは決して早いとは言えない。オマケに衣服や装備が水を吸収し、浮かぶだけで精一杯って感じの人が多いみたいだ。


 水の抵抗と浮力の不足。そんな二重苦に苛まれつつ、それでも彼らは逃げ延びようとする。そこに逃げ道が、生きる道が残されているから。



 そして、そんな彼らに



 「逃がすな!」

「撃て!」

「また立ち塞がる者どもだ、生かして返すな!」


 勝者たちによる、無慈悲な銃殺刑が始まった。




 「……行くぞ」


 しばらく様子を見守ったのち、勇田は岸辺の近くへと進んでいく。俺も連れられて進んでいく。


 道中にいろんな兵隊を見かけた。負傷者を運ぶ者、無抵抗の敵を捕縛する者、連行する者、付近の施設に何かを運び込んでいる者。流石は軍隊組織といったところだろう、色んな人間が各々の役割を全うし、戦いの後処理を開始している。



 『自炊ができる奴は、料理しながら洗い物も同時に済ませるんだ』


 大学時代、同期の誰かがそんなことを言ってたな。戦いながら戦場の後処理もできるってのは、結構合理的なことなのかもしれない。


 ……何せもう、一旦の勝利は決まっているのだから。前列の者達が行っているのは、いわば消化試合みたいなもの。



 そして。俺達には、いかなる役割も与えられていない。つまり、純粋な戦闘要員としての任しか与えられていないってこと。



 そうなると。



 「刻峰、彼らを憐れむか?」

勇田上等兵は、泳ぎ逃げる連中を観察しながら俺に問いかける。


 「……彼らは、敵だ。味方も大勢殺した」


 「そして、今や無防備に逃げている。きっと殺さないでくれ、撃たないでくれって心ン中で思いながらな」


 「そう、だな」


 冷や汗が出る。無抵抗の敵を目の前にして、そんな敵連中が無遠慮に殺される様を見て、そこに銃弾を発する行為に何の抵抗も無いわけじゃない。



 「……でも。だからと言って、”戦えない”わけじゃないさ」

抱えてきたライフルを肩からおろし、普段のように構えて見せる。最前列の連中に混じって、敵を狙う。浮かんで地味に動き回るものだから、正直正確に当てられるかはわからない。


 「上出来だ」


 勇田上等兵も銃を構え、一秒も経たないのに発砲を始める。素早く照準を合わせ、撃ち、次弾を装填し、また撃つ。実際に当たっているのかどうかは分からないが、彼のことだ。的確に命中弾を叩き出しているのだろう。



 俺も、しっかりと狙いを定め、撃つ。逃げ行く敵の背中を狙うというのは何とも心地が悪い、感覚的には明らかに”悪事”とか”嬲り”に近いものをやってる気がする。既にこちらに弾は飛んでこない、逃げずに粘っていた連中はとっくに全滅しているわけだし。


 でも。逃げられたら、また銃を持って、待ち構えて、俺や味方達に攻撃してくる可能性がある。



 「投降しなかったのが悪い」


 誰に言うでもない言い訳をこぼし、次々に弾を発射していく。明確に当てた感覚はないが、射撃の直後に沈んだ敵の姿を見て殺したって事実を理解する。


 ――単に潜ったのではない。だって、沈んだ連中は二度と浮かんでこなかったから。



 それからも延々、ひのくに兵による敵兵掃討は続いた。誰もが遠慮なく、逃げ行く敵の背中や頭に銃弾を浴びせていく。ついに浮かぶものが無くなったとき、やっと射撃音は鳴り止んだ。



 海水だったらどうだかわからないが、淡水に浮かぶ敵兵たちは死ぬと皆沈んでいった。というか、沈むまで撃ち続けた。確実に止めを刺すために、逃がさないために。


 結局、逃げ延びたものは一人もいなかった。生き残れる可能性が殆どないことを承知で、それでも逃げた敵兵たち。唯一の小さな希望の光を追い求めて、それを追い求めた敵兵たち。その先に待ち受けていたのは、ヒトの手による絶望だけだった。




*   *   *




 「あれを見ろ」


 撤退に成功したニュージーランド兵たちは、湖に面したエリアから戦いの趨勢を見守っていた。殆ど”看取り”に近いものであるが、自分たちを命懸けで逃がしてくれた仲間たちの最後、勇敢なる仲間たちの最後をせめて見届けたいと思っていたのである。


 そこで彼らが目にしたものは、圧倒的な力で次々に追い詰められる仲間たちの姿。蹂躙され、逃げ場を失い死にゆく仲間たちの姿。一縷の望みにかけて泳ぎ逃げ、情け容赦なく射殺されていく仲間たちの姿。


 ――逃げ行く者たちを、卑怯だとか臆病だとかは思わない。自分らがまさに逃げてきた身であるというだけじゃなく、誰だって死ぬのは怖いことだと、生きる道があるなら迷わずそれを選ぶだろうと容易に想像できるから。



 「……あんまりだ」

「こんな……酷い」

「何てむごたらしいことを」

「鬼どもめ……」


 見ている兵たちは、怒りや悲しみに満ちた声でそれぞれの心中を吐露する。



 「こうなることは、、分かっていた」

トム軍曹も、部下たちと事の成り行きを見守っていた。



 「……彼らの無念は、我々が晴らす」


 部下たちは、黙ったまま一斉に頷いた。

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