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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
76/134

勝利と 2

 「撤退だ!!」


 そう言いながら、丘の上付近を駆けまわる。


 「これ以上の消耗は許容できない、脱出予定の兵員は早急に撤退せよ!今しかない!」


 敵を遠ざけたこの状況。残った守備隊の戦力を考えると、これ以上撤退を先延ばしにさせた場合敵の追撃を受ける可能性が高い。


 ……残った守備隊を、殿にするということ。彼らが全滅することを前提とした撤退。だからこそ、一刻も早く脱出せねばならないのだ。彼らの戦いを、命を、無駄にしないために。



 「了解!」

「すまない、後は頼む」

「俺はもう撃たないと思う、この弾は全部使ってくれ」

「幸運を」


 撤退予定者たちは、次々に持ち場を離れ、丘を下り、まだ敵のいない湖に面したルートを目指して駆けていく。その誰もが、残る者たちへ何かしらの言葉を残していった。



 「……俺は、愚かだった」

守備隊の負傷兵の手当てをしていたデラトマ上等兵も、『早くしろ!』との呼びかけに応じつつ別れの言葉を口に出している。


 「このへんの出身者は、皆臆病で脆弱で、俺よりも劣った戦力と考えていた」

手当されている兵は、痛みに耐えつつ黙って吐露を受け入れる。


 「本当に、愚かだった。俺は、未だかつて君らのように……勇敢、で、力強く……ッ!」

声に力が入る。言葉が不安定に、噛みがちになる。ボロボロの姿になってなお戦い続ける、傷だらけになってもなお奮戦する守備隊の姿を見て、デラトマ上等兵は本当にショックを受けたのだ。

 

 「……俺も、君らのように……」



 「……後は、任せてくれ。そしてそのあとは、君たちに任せる」

負傷兵は、彼が何を言いたいのか、言葉に出ずとも理解できた。そして、こんな連中ならば、きっとこの戦争にいい結果をもたらしてくれるだろうと確信できた。


 ……彼らが逃げ切るまで、ここは敵に渡せない……ッ!


 「後のことは頼んだ。幸運を」

「幸運を」

互いに、敬礼。命懸けの挨拶を交わし、デラトマ上等兵はトム軍曹の元へと走る。それを見届けた負傷兵は、銃を携えて丘の上へとゆっくり向かう。負傷した足を引きずりながら、包帯に血を滲ませながら、それでも進む。


 「後のことは頼んだぞ、偉大なるキーウィ達」



 「軍曹!全員揃いました!」

「では、行くぞ」

他の兵たちが皆無事に脱出できたこと、トム軍曹の分隊が最後であることを確認すると、トム軍曹と分隊員たちは振り返らずに走り始めた。


 一応安全と思われる脱出経路。念のため警戒はしながら進みたいが、脱出はむしろ時間との勝負になる。油断よりも鈍足の方が危険と判断し、拙速を心掛けた最短ルートでの奪取るを図る。



 「俺たちは、後を託されたんだ」

情に厚い巨漢、ヴァルビン一等兵。彼の言葉は、脱出者皆の決意を表している。


 「強かったね。敵の死体の方が多かったっすよ」

ジェイコブ一等兵の言葉も、あの戦場に立っていた皆の共通認識。


 「そう、だな」




 結局、脱出メンバーは丘で死んだ者と移動困難な負傷をしたもの以外全員が安全に脱出できた。遅れてきた者も含めると数百人、抗戦でなく脱出を命じられた部隊の中にはニュージーランド陸軍の中でも比較的優秀な隊員が多い。


 ひのくに軍はこの後も侵攻を継続し、ついに先の丘を攻め落とす。その際彼らは、まず丘の向こう側に転がる死傷者の数に面食らう。そして、死に物狂いで抵抗を続けるボロボロの守備隊に驚愕を覚えた。


 余裕のあるひのくに軍の兵と、体力を消耗しきった守備隊。それでも守備隊の兵たちは諦めず、果敢に白兵戦を挑んだ。中には、全身血だるまに近い状態でひのくに兵へ殴りかかった者もいた。


 だが現実は、力ある者に勝利をもたらす。必死の抵抗虚しく、次々と守備兵たちは倒れていく。


 「なんなんだ、こいつら!」

ひのくに兵たちはこれを倒しつつも恐怖し、震撼し、中にはこの後二度と銃を握る気になれなかった者もいた。それほどまでに、守備隊の抵抗は常軌を逸していたのである。



 そして。


 丘の上だけでなく、半島全体においても着々と侵攻が継続しつつあった。




*   *   *




 「……ね」


 意識が覚醒していく。酷い頭痛と倦怠感、このままゆっくり休みたいと呑気なことを考える。


 「き……ね」


 徐々に意識が回復していく。同時に頭痛も強まっていくが、その原因となった出来事も思い出せてきた。


 ……が、その前に。それ以前に。俺は戦っていたはず。つまり、戦場に――



 「刻峰!刻峰!!」


 

 聞きなれた同僚の声と共に、はっきり目が覚める。思い出す。戦場に立っていたこと、勇田上等兵と共に敵を倒したこと、そして白兵戦――格闘戦――の最中、恐らく後ろから頭をぶっ叩かれて失神したこと。



 「勇田……」


 回らない頭で状況を確認する。周りを見渡すと、ここは先ほどの戦場ではなく、簡易的な救護所――同じように負傷者が複数名いるようだが、野戦病院って程本格的でもなさそうだ――のように見える。当然敵の姿はなく、同じ軍服を着た仲間たちが騒がしくアレコレと動いているようだ。


 「ったく、心配させんなよ」


 余裕と見せかけて多少の焦りが隠しきれていない。そんな声色に聞こえた。


 「すまん、俺、たしかぶん殴られて……」

「あぁ、景気のいい一発だった。敵さんに銃床でドスンって感じだ」

言って、銃の尻で目の前をぶん殴るジェスチャーをして見せる。

「……なるほど、ね」


 不甲斐ない。あの集団戦の中、360°一切の隙なく戦うことは不可能だったと思う。でも、それで何度も無事に生き抜いてきた連中は確かにいるんだ。たとえば、目の前のこの男も……


 「ま、生きてるだけで運が良かった。あんなの食らって骨の一つも割れてねえ。お前の頭蓋骨メチャクチャ頑丈なのな」

石頭、か。

「痛みはするけどな、うん」

頭カチ割る勢いで叩かれるのは初めての体験だったから、さすがに自覚はない。……まぁ、したくもなかったし、この先一生したくもない体験だったけど。


 「それより、戦況は」

「問題なく進んでる。もうしばらくでこの半島丸ごと制圧できるんじゃねえのかな」

「……ここは、前線からどのくらい離れてるんだ?」

「そうだな……そんなに遠くはないけど、仮に戻ったところで俺らの出る幕はないってくらいだ」

「……まだ、戦える」


 彼の言い方からして、遠回しに諫めようとしているのは分かっている。でも……。


 「頭打ってんだぜ。無理すると危ねえ」

「分かってる。けど、みんな戦ってる」

「……お勧めは、しないけどよ」

溜息をつきつつ、それ以上の反論はしてこなかった。


 「これも経験か。じゃ、行ってみるか?」

念のため銃は携行しているようだが、どうにもこれから戦いに行くって雰囲気は感じられない。


 「あぁ」


 俺も痛む頭を擡げつつ銃を手に取り、立ち上がる。起き抜けって感じで、体は弛緩しきっている。筋肉がゆっくりと反応してる感じで、体のまごつき方にイライラながらも歩を進める。


 「マジで、無理はすんなよ?」

敵の抵抗よりも、俺の体が心配らしい。本当に、性格の良い奴だと改めて思う。


 「大丈夫、だと思う。大丈夫」

ただ、その態度の原因は別のところにもあるんじゃないかと薄々感じている。敵を舐め腐っているとか味方を信頼しているとかじゃなく、先の展開を”知っている”かのような。



 「なぁ、先に行っておくぞ」

先導しながら、彼は振り返らずに忠告する。


 「敵は、倒すもんだ。この状況、武器捨てて投降するってんなら命拾いさせるけどよ。それ以外は、殺さなきゃならねえ」


 「あぁ、分かってる」


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