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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
75/134

勝利と 1

 遂に、敵の姿が見えた。攻撃を凌ぎつつ上ってきた敵が、丘の頂上に至る。一名、二名と見えた姿が数秒後には十数人に増え、丸見えになったこちら側の兵員に銃口を向ける。


 ――ゆっくり。ゆっくりに見える。トム軍曹は、眼前のピンチがスローモーションのように見えている。



 戦力の温存。そのための脱出。ここでの戦いは、本当に正しかったのか。


 ボロボロの状態でも戦う守備隊の姿に感化され、本来不必要なリスクを負ってしまったのではないか。



 そういう反省が頭の中をグルグルと周り、自分の行動の正当性――或いは、せめて共に到着した兵たちくらいは逃がした方が良かったのではないかという疑念――について。疲弊しきった劣勢な味方に攻撃しようとする敵兵の姿を目にしつつ、そんなことを考えてしまう。



 ……俺は。


 同じ戦場で戦い、自らの”捨て駒”としての立場を知りつつも、それでもなお果敢に戦ってくれた友軍。彼らを見捨てなかったことは間違っていなかったと、そう信じたい。


 信じたい……!




 「撃てぇ!!!」


多数の銃声が鳴り、バタバタとヒトが倒れていく。


 その掛け声は、英語――ニュージーランド兵の声であった。




 「!?」


銃声と掛け声の方向――後ろ?


 振り返ると、そこには見慣れた味方の軍服が数百人という規模でそこに立っていた。ニュージーランド軍兵と現地民兵が入り混じった集団は皆丘の上目掛けて銃口を向け、丘を越えてくるひのくに兵を次から次へと撃ち抜いていく。


 そして、皆一気に丘の上へと登り、守備隊たちに混ざって一斉に応戦を開始したのだ。そして、その中から一人、こちらへ向かってくる者がいる。


 「軍曹、遅くなりました」


 「ジェイコブ……敵の追撃に向かっていたのではなかったのか?」


 ジェイコブ一等兵は土と草の色に汚れた姿で、上官に向かって爽やかな表情で報告する。



 「いやぁ、コイツを片手に敵追いかけまわしてたんですが……敵さん遠くまで逃げちゃったもんで、倒せたのは精々20人くらいっす。そんで道中嫌な予感がして寄り道してみたら、敵さんの大部隊がずうっと後ろの方まで、とんでもない人数が待ち構えていたもんでっ!」


 比較的小柄な体で身振り手振りを交えつつ、物事を大げさに話すような口ぶりで続ける。


 「慌てて戻り走って、途中で見かけた連中全員に声かけて。そんで今、やっとこさここに辿り着いた次第です」


 自分の大手柄を確信した口ぶり。その喜色じみた表情をみて、改めて年若き部下への信頼を強くする。そして、


 「あぁ、でかした、ジェイコブ」

と、素直に褒める。



 救援に駆け付けたのは、ジェイコブが集めてきた人員だけではない。脱出のためここを目指してきた隊員たちも、ボロボロの守備隊と加勢する兵たちの姿を見て物も言わず丘の上へとはせ参じる。戦い続ける友軍に弾を配り、治療を施し、彼らに混じって戦い始める。



 攻めるひのくにの側は攻撃の手を緩めることなく突撃を繰り返すが、既に”敵の脱出前に退路を断つ”という目論見は失敗に終わったことを理解した。


 ……こうなれば。


 この丘の敵を釘付けにしつつ、これ以上敵が脱出できないよう”経路”の方を封鎖せねばならない。



 「……って考えてそうっすけど、俺が散々蹴散らしてきたもんで、敵さんの足は遅いでしょうね」


 ジェイコブは自信満々な表情で愛銃を見つめ、既に百発近くを射出した銃口を撫で始めた。彼は手持ちのピストルカービンを自分用に散々弄っており、ストックやグリップのパーツに至るまで最大限に軽量化している。


 俺だけの、俺にしか扱えない最高の相棒。そんな銃と共に戦場に立つからこそ、安心して戦えるのだと彼は自信を持って言う。



 「あぁ。確かに、そうだ」

味方の加勢で、一旦は丘の頂上を超えた敵も再び元の位置まで押し戻された。再び機関銃の射撃と慎重な前進を行う方向へとシフトし、状況はこちらが押される前へと戻った。



 ……だが。



 「しかし、我々の任務はあくまで脱出。脱出を命じられたメンバーは既に到着している。俺達と共に最初にここへ来た連中の中には、既に倒れた者もいる」


 トム軍曹の視線が不自然に移る。ジェイコブ一等兵が追って見ると、視線の先には精気を失って倒れるニュージーランド兵の姿があった。


 「この状況で我々の取るべき選択肢は……戦うことではなく、逃げ延びることだ」


 ……しっかりした声で、強い口調で言い放つ。だがこれを聞いたジェイコブは、むしろ声色が曇っているように思えてならなかった。



 トム軍曹は走り、守備隊指揮官を探す。目標の人物は部下たちに紛れ、自身も小銃を片手に敵陣地への射撃を行っていた。


 ――その姿を見て、トム軍曹は一瞬戦慄に近いものを覚える。彼は左腕の肘から先を失いながら、土嚢を利用した依託射撃を行っていた。時に部下へ大声で指示を出し、檄を飛ばしている。



 「指揮官殿」


 躊躇する心を殺し、話しかける。


 「どうしたのです、軍曹殿」


 「……我々は、行かねばなりません」


 率直に言う。言葉を濁したり、オブラートに包んだ物言いで誤魔化すようなことはしちゃいけないと、そう思えた。



 「そう、でしたな」


 あろうことか、指揮官はバツの悪そうな顔で、無理やり作ったような悲しい笑顔で応じる。


 「……すまない」


 その顔を見て、声を聴いて、涙腺が緩んだ気がした。威厳のある職業軍人として失格だな、と自嘲しつつ、顔を伏せて表情を隠す。


 「いえ、いいのです」


 相変わらず戦闘は継続している。そこらじゅうで銃声が鳴っており、この人数で抑えてやっと戦力がギリギリ足りている状況だと、そう理解できる。



 「我々は、この地で生まれ、育ち、幼き頃から故郷を愛するように教えられてきました。あのしつこい侵略者どもからこの地を守ることは、我々の威厳を守ることでもあるのです」


 時折痛みに耐えかねたような呻きが漏れるが、言葉を続ける。


 「我々の役目は、あなた方をこの場から安全に逃がすこと。既に何人もの方を死なせてしまったこと、申し訳なく思う。我々はあなた方を逃がし、あなた方はこの先の戦場でより強固にこの島を守る。さればこそ、我々はあなた方のために死ねるのです」


 「……」


 返事の言葉が出てこない。植民地として占領し、この土地を占拠してきたニュージーランドとオーストラリア。両国とも現地住民への配慮と公正な統治で上手く植民地経営を推し進めてきたが、それでも土地や住民を”利用”してきたことには変わりない。


 それでも。


 そんな、実際的な”支配者”に対して、彼はこんな物言いができるというのか。



 ……応えねば。


 その思いに、言葉に、覚悟に、命に。


 応えねば。




 「ここを、頼みます」


 顔を上げる。しっかり目線を合わせる。どんな顔をしていようと、どんな震えた声であろうと、俺はこの男に対して最大限誠実な言葉を伝えねばならない。



 「我々はここを脱出し、この先により強固な防衛線を構築します。ひのくにの連中がどれだけ抗おうと、どんな手を使おうと、絶対に通さない防衛線を。我々は、絶対に、負けません。ですから、」


 眼球から雫が垂れる。指揮官は、じっとトム軍曹の言葉を聞いている。



 「ここを、頼みます」


 言って、敬礼する。今までしてきた中で、最も敬意を込めた敬礼。



 「了解しました」


 言って、指揮官も返す。



 「では……ッ!」

トム軍曹は、敬礼を解いた。そして、走り出す。部下と、そして交戦中の脱出予定者達の元へと駆ける。


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