抵抗 4
丘の守備隊を攻めるひのくに側でも、このままの状況が続くことを是とすることはできない。敵の抵抗が薄まってきているとはいえ、極力早い段階でここを制圧しないと半島エリアの敵を包囲殲滅することは叶わない。
敵の一部が退却の構えを見せていることは既に伝わっており、敵の兵力を少しでも削ること、敵に兵力を温存させないことが現在彼らの至上課題であった。
その上で、この丘で一気に侵攻がストップしたことは彼らにとってかなりの衝撃。半島制圧作戦の開始から破竹の勢いで進んでいたにも関わらず、この場所だけは中々落とせない。
――出し惜しみは、していられない。
………。
……。
…。
「軍曹!」
一通り指示をこなしてきた部下達が、再びトム軍曹の元へとはせ参じる。
「死傷者が増えています。脱出予定だった連中も…・・・」
「何人、やられた」
「6人、死にました。3人は命に別状はありませんが、敵弾を」
「そうか……」
ここで戦っていた守備隊は、死ぬ気でここを守るだけの気概がある。それは、先の戦闘の様子とトム軍曹達が来るまでこの丘が落ちていなかった事実から明らかである。
だが、彼らの戦闘能力、戦闘技術がニュージーランド出身兵のそれを上回っているとは思えない。訓練の質も量も、本国にはとても敵わないと思われる。
そういった環境の中で、温存すべき本国出身兵をこれ以上死なせること。それは、あまり得策でないようにも思えるが……。
「……それにしても」
トム軍曹は、自分たちが通ってきた道を振り返る――人の気配を微塵も感じられない。
「後続の連中は、いったい何をしている」
数秒後、敵陣から凄まじい連射音が聞こえてきた。
ダダダダダダダダッ
「!?」
反射的に身を伏せる。だが、どうせ敵弾が届かない角度にいることを思い出す。
「……」
目を遣ると部下たちも同じように身を低くしており、何とも言えない表情を作りながら元の姿勢に戻る。
「機関銃……!」
交戦中の味方に目を遣る。次々と敵弾に倒れ、身を乗り出していた兵たちが仰け反って転げ落ちていく。
「くそ!」
リスクを承知の上で、恐る恐る土嚢の間から敵方を見る。思っていた通り、先ほどまでライフル銃を据えていた銃座には、真新しいピカピカの機関銃が据え付けられ、身をさらす味方を目掛けて遠慮ない連射を浴びせていた。
「……まずい」
一瞬、銃口がこちらを向いた。慌てて身を伏ると、土嚢とその周辺に十数発の弾丸が飛んできた。
「封じ込めに来たか」
これはマズイ。マズイ。この人数でこれはマズイ。迎撃が、できない――?
そして、このタイミングで
「突撃!!!」
敵陣から号令が響き、同時に大量の足音と怒号か発生。機関銃でこちらを牽制しつつ、一気に攻め落とす算段か――。
「軍曹!」
「軍曹!」
部下たちは、少々不安げに指示を仰ぐ。トム軍曹は冷や汗を流しつつも、彼らほど不安な表情を見せていない。
「……もう少しだけなら」
今できる最大限を出し尽くす。それがどんなに原始的であれ、精神論的であれ、”やれること”はまだあるんだ。そう思って、少しでも心に余裕を持たせる。
「もう少しだけなら、耐えられる」
間に合ってくれ――。
ひのくに軍は攻める。いくつも配備した機関銃で丘の空際線を制圧し、敵の銃眼に動きがあれば蜂の巣にする。こうして敵の射撃を阻止し、歩兵が丘に辿り着いたら形勢逆転。有利な丘上を制圧すれば、あとは逃げ行く敵を狙い撃ちにし、犯行の意志ある敵を白兵戦で一掃するだけ。
人数も、銃口の数も、こちらの方が上。もう少し後半まで機関銃の弾を節約しておきたかったが、ここで留まるくらいなら使うべきと判断。
敵は戦力もそがれ、迫撃砲も撃ってこなくなり、射撃も遠慮がちになっている。ここまでやってしまえば、丘の攻略は時間の問題である。
……そして。
これは間違いではなかったが、見通しが甘かった。
トム軍曹は、比較的動ける負傷兵を伝令として、丘の全体にいくつかの伝達事項を出していた。
一つ。
「三秒以内だ!」
先ほど、敵の機関銃が自分を狙った時のことを思い出す。敵の射撃は正確であるが、正確に狙うまでの時間はそれほど早くないと判断。別の場所を狙っているとき、新たな標的を捕捉し、狙い、実際に発射するまでの時間は三秒程度とざっくり計算した。
丘の守備隊はコレを厳守し、かなりの短時間で、なおかつ不規則に射撃することで、敵の機関銃の脅威を誤魔化しつ敵への反撃を行うことができた。
二つ。
「今だ!」
守備隊の一人が、迫撃砲の砲弾を手にする。砲弾の底を叩きつけ、振りかぶり、丘の向こう側へとぶん投げる。
ドオォンッ!!
豪快な爆発音とともに、十数メートル四方のひのくに兵たちが宙を舞い、倒れ、破片で体中に傷を作る。
迫撃砲の攻撃が止んでいたのは、単なる弾不足ではない。むしろひっきりなしに稼働させた本体が正常に使えなくなったことが原因であり、弾自体はそれなりに余裕があった。
トム軍曹はそれに目をつけ、発射薬の量や安全ピンを改造させ、高威力な即席手榴弾として各員たちに使用させたのだ。
三つ。
「この野郎!!」
負傷兵たちが、迫撃砲弾に混じって投石を行う。幸いにして手ごろなサイズの石ころがそこかしこに散っており、片手だけでも正常な兵士たちに集めさせ、それを弾代わりに敵陣へと遠慮なくぶん投げ続ける。
銃弾に比べれば殺傷能力は低いように思えるが、直撃すれば想像以上の殺傷力を発揮する。曲線を描いて落下した重量物により顔面はつぶれ、手足は折れ、腹には重いボディブローを食らった以上の凄まじいダメージ――下手をすれば内臓を破裂させるほど――を与える。
ひのくに軍からしてみれば、これまで散々戦ってきた敵がこれほどの反撃をしてくるとは完全に想定外であり、ただ早く丘の上へと昇ろうと脚を動かす歩兵達の心理にも少なくない衝撃を与えた。
「……効いてます、効いてますよ、軍曹!」
イディーレ二等兵は、喜色を孕んだ声で――時折敵を狙い撃ちにしつつ――戦果を報告する。
「砲弾、こんな使い道があるんすね」
一方のナーギィ上等兵は、トム軍曹の機転に驚きを隠せない。
そして、
「開けてくれ」
後ろから、ヴァルビン一等兵の声。イディーレとナーギィは振り返り、納得したように左右へとズレる。
「ッシャア!!」
威勢のいい掛け声とともに、ヴァルビンは手に持っていた岩を敵に向かってぶん投げる。勢いよく転がる岩は、何人ものひのくに兵を跳ね飛ばし、倒し、そして潰す。
「まだまだァッ!!」
気力の衰えを感じさせないヴァルビンは、得物を探すために駆け足で丘を降りてゆく。
「……あの人、すご」
「信じられん。ゴリラだな」
限りある選択肢の中、彼らは勇猛果敢に戦った。弱った敵の死に物狂いの抵抗に、ひのくに兵は中々前へと進めない。ほんの数分で攻略できると考えていた丘を、もう三十分以上攻め続けている――。
だが。
ひのくに側も、決して折れない。戦う中で機関銃手も敵が顔を出すポイントを悟り、次々と狙い撃ちにできるようになった。また最前線で丘の上へと向かう兵たちも、仲間の死体を超え、盾にし、少しづつ少しづつ安全な道を作っていく。
「……限界か」
いくら奮起しても、どれだけ死にも狂いで戦おうとも。実際的な”力”を前にして、これ以上持ちこたえることはできそうもない。たっぷり時間を稼いだにも関わらず、味方は今だ到着しない。脱出部隊は姿を見せない。
――畜生!!




