抵抗 3
丘の上に上り、土嚢の隙間から敵の様子を伺う。ひのくに軍はうまいこと遮蔽物を利用しつつ、こちらの銃座に向かってひっきりなしに射撃を繰り返し、前進する連中を支援しているようだ。
幸い丘の周辺は低木や草が生い茂るのみで、敵が正面や側面からコッソリ近づいてくる心配は薄い。敵の数は計り知れないが、ここから見るだけでもこちらの人数に匹敵するか、それ以上の人数に見える。
「ここを落とすな!」
握りしめた銃の感触は、訓練の最初期に触った銃と同じものであった。既に第一線からの使用を終えている旧式銃、サイズが大きく携行に不便であり、森林戦では取り回しも悪い。
……だが、今は好都合だ。
迫りくる敵を狙い、撃つ。現行ライフルよりも長い銃身のお陰で精密に狙いやすく、本体の重量もあって反動も気にならない。敵弾の飛び交う中、勇敢に身を乗り出し、確実に敵の戦力を削いでいく。
「……無理は、しない」
彼は、油断と慢心にだけは気を付けるよう心に言い聞かせる。先の戦闘でビリー中尉が不覚を取ったのも、ひのくに軍の戦力を見誤ったことが原因だったと聞く。
――俺は、そうはならない。あなたにできなかったことを、俺はやるんだ。
* * *
オーストラリアとニュージーランドは、オージーランドと一括りにされることがある。それは地理的に近い位置にある白人系国家であるという理由だけでなく、両国が基本的に一致団結して動いているという事情もある。
――すべては、ビリー・ランパルド中尉の父親に当たる、とある高名な陸軍軍人の功績によるもの。
それゆえ、軍事においても両国は協力関係にあり、軍人間での交流も頻繁に行われている。過去にそこで、トム軍曹はビリー中尉に会う機会があった。
彼は、階級的に下の者、しかも友好的関係にあるとはいえ外国人のトム軍曹に対しても壁を作るようなことをせず、いたって親切に対応する。
『ビリー中尉殿は、なぜ初めから軍人を目指さなかったのですか?』
そんな、かなりセンシティブで個人的で、ともすれば失礼と受け取られるような質問に対しても、
『親父の背中は、あまりにも大きかった……』
『俺は、俺の道を進むべきと。俺にしかできないことをしようと……』
『だから、俺は軍人として。自分の力で、親父を超えたいんだ』
そういうことも、熱く語った。自分の悩みも、弱みも、ともすれば恥と感じていることに関しても、嘘偽りなく正直に話した。
彼にとっては、それが正しい振る舞いだったのだ。父親が作った両国の絆、それを更に強めること、確固たる物井することが自分の使命であり、父親に追いつき追い越すための条件の一つでもあると考えていた。
『ビリー中尉殿。私は、貴方を尊敬します』
隣国には、こんなにも誠実で真っすぐな軍人がいた。しかも、その男は自らの立場と周囲からの視線に思い悩み、努力し、試行錯誤し、人らしく苦しみもがいた末に自分なりの道を選んだのだ。
華々しい肩書からは想像もつかない、”未来の英雄”の姿。そこに、彼は敬意を覚えている。
そんな彼が、敗北した。初めの第一歩で躓き、オーストラリアだけでなくニュージーランドの士気を招く結果となってしまった。
誰かが、何かが、我々の精神的支柱とならねばならない。
『俺達には、彼がいる』
そう言わしめるだけの逸材を、我々は欲している。特に現状、敵のいいように戦線を押し戻されている今、誰かがキッカケを作らねばならない。
――ならば。
彼ができなかったことを。
俺が……!!
* * *
敵も、やられてばかりではない。前進こそ叶わないものの、こちらの戦力を確実に削いでいく。的確な射撃と数の暴力が合わさり、丘の内側に転がる兵が徐々に増えていく。中には傷口を簡単に覆ったのみで血を流しながら戦う者、弾を使い果たしたのか投石で応戦している者もいる。
「……くそっ!」
物資の不足はなにも衛生用品だけではない、銃弾や武器も不足しつつある。退却する味方はまだまだいるはずだが、未だに来ない。
「軍曹!」
案の定、
「武器弾薬が不足しています!」
部下から、早速報告が入る。
「……あぁ」
だが、補給の手段がない。
「確実に狙い撃てる機会を伺うんだ。無駄撃ちは避けるよう伝えて回るんだ」
「了解!」
……これは、本格的に石ころ集めでもすることになるか。
「イディーレ!」
「はいっ!」
この状況を打開するために、まず必要なこと。
「全体を見回って、武器弾薬の不足具合を確かめてこい。端から端まで、全てだ!」
「了解!」
状況の把握。もしかすると、全体の物資量に偏りがあるのかもしれない。そうなれば、こちらの抵抗が薄い”隙”を突かれて戦線が崩壊する可能性がある。そうならないために、まずは現状を正しく理解せねばならない。
「ヴァルビン!ナーギィ!」
「はっ!」
「はいなっ!」
そして。
「死んでいる者や、負傷者の武器弾薬を回収するんだ!手近な戦闘員に渡して回れ!」
「了解!」
「了解!」
ダメもとであろうと、今できる最大限の努力は怠らない。
そして、自らも動く。
負傷者が多く置かれている場所を目指す。複数あったはず、その中でも規模の大きなところに目星をつけて向かう。中には軽傷な者もいるはず、彼らを動かすのは心が痛むが……やむを得ない。
負傷者の元に辿り着き、彼らの様子を確認する。足をやられている者、胴体を撃ち抜かれている者は戦力外と判断。腕や肩を負傷している者をメインに、次々と声をかけていく。
「どこをやられた?」
「はい、右手を……」
差し出された右手は、親指と人差し指が欠損していた。
「……左手は、どうだ?それから、他の部分に負傷は?」
「いえ、右手以外は動きます。しかしこれでは銃が……」
「構わない、まだやれることがある。今、我々は非常に追い詰められている状況だ。戦ってくれるか?」
その言葉を聞いて、負傷兵の眼光に力が入る。
「……勿論です」
………。
……。
…。
全部で四か所、負傷者の救護所――とはいっても、ほぼ放置されているに等しいが――を駆け、できる限りの人数に行動を促す。驚いたことに、彼の言葉を聞いた皆が例外なく戦いへの復帰を志願した。
――少し、心が痛む。
「軍曹!」
部下たちが帰ってくる。
「武器は問題ないのですが、弾薬が不足している箇所が多いようです。どこも弾は節約しているようですが……残弾数の不足具合は場所によって違うようです」
「ライフルは大量に、旧式銃が多いようですが……」
「一人数発しか持ってない者もおりましたが、それなりに余りはあるようです」
――最悪の事態は免れた、と判断。この激戦の状況、冷静に倒れた仲間の弾薬まで回収することはできなかったのだろう。
「まだ、いくらか残っているようですが」
「わかった。では、三人で残りの弾薬を回収して不足している場へ運んでくれ。場所のアテは……イディーレ二等兵が分かるはずだ」
「了解!」
体格の大きなヴァルビンは、大量に抱えた弾の中からいくらかトム軍曹に渡し、少し上で交戦中の味方の元へと走る。残りの弾薬を渡すと、すぐに二人の元へと走っていった。
「……守ってみせる」
トム軍曹は決意を新たにし、再び前線へと戻る。丘の上から頭を出し、補給された弾丸で敵を狙い撃つ。
敵弾も飛んでくるが、命中はしない。
――敵弾が何だ、当たる前に当てれば良い……!!




