表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
72/134

抵抗 2

 トム軍曹の分隊、そして彼らと合流した総勢20人ほどのニュージーランド兵は今まで以上のスピードで進軍した。敵地に侵入した敵にとって大事なこと、それは気づかれないことと迅速な行動。気付かれないために痕跡を残さず、敵の視覚・聴覚・嗅覚に存在を気取られないように工夫しつつ、そのうえで迅速に動く。


 だが、こちらはそんなことに気を使う必要はない。敵と違い、追いすがるこちらはただ迅速に進むことだけに集中できる――!



 間に合え。



 だが、トム軍曹の期待は破られることになる。


 ほんの百メートルほど先の方、味方の守備隊が防衛線を張っているエリア。そこで、今までとは違う距離からの銃声が聞こえてきた。


 「……くそっ!」

苦虫をかみつぶしたような表情。だが――



 「早くいけば間に合います!」

「分かってる!」

諦めはしない。



 そして。



 「いたぞ!!」

視界の塞がる林道を抜け、ひのくに軍の軍服が目に入る。味方は丘の上に陣取り、正面から攻めてくる敵を上から撃ちおろしたり、丘の裏から迫撃砲を展開して撃退している。そして、今まさに敵の侵入部隊が味方の側面と背後から奇襲を仕掛けていた。


 「撃て!」

敵は多く見積もって30人程度。もしかすると、付近にもっと多くの敵が潜んでいるのかもしれない。


 敵からの奇襲に意表を突かれた味方の守備隊は、絶えない正面の脅威への対処が精一杯で、この奇襲に対抗して戦える頭数は殆どない様子。――駆け付けられてよかった。


 トム軍曹と駆け付けた仲間たちは、一斉にひのくに兵へと銃撃を開始する。奇襲成功に安心感を覚えていたひのくに兵たちは、突然の挟み撃ちに度肝を抜かれたらしい。堂々と姿を見せていた連中は瞬く間に一掃され、残った奇襲部隊の生き残りも逃げていく。



 「念のため、行ってきます」

ジェイコブ一等兵は、トム軍曹の了解も待たずに逃げた敵を追い始めた――自慢のピストル・カービンを握りしめて。


 「……一応、まだその辺にいるかもしれん。警戒を怠るな」

「了解だ」

「了解」




 ………。


 ……。


 …。




 敵の攻撃が一旦落ち着きを見せる。どうやら、次なる突撃のために態勢を整えているらしい。


 「ありがとう、助かりました」

丘の守備隊には、かなりの人数が配備されていた。ここが落とされれば残りは水路で逃げるしかなくなる。そのため、比較的士気の高い現地出身兵が多数ここにいる。


 ……はず、だった。




 「……人数が、だいぶ減っているようだが」

数百人いたはずの守備隊は、もう百人を切る人数にまで減っていた。そして、丘の裏のあちこちに負傷兵が並べられており、また丘の下には転げ落ちたであろう死体が大量に転がっている。


 「えぇ、増援が中々来なくて……我々の火器でも、限界が」

守備隊の指揮官は、部下たちの方にちらりと目を遣る。彼らの所持する武器には、年季を感じさせるものや敵兵のライフル銃も混じっている。


 「そうか」

そういうことか、と納得する。



 戦争とは、軍とは残酷なものだ。命に優先順位をつけ、それは分かりやすい形で表に出てくる。現地兵は確かに戦力として申し分ない、何しろ土地を守る気概と地理的事情に明るいのだ。遠い地から遠征してくるアウェーの連中よりも、その場の地理を知り尽くしているホームで迎え撃つ側の方が有利な場面も多い。


 だが、現地兵はあくまで現地兵。本国の者からすれば、職業軍人と臨時の兵隊では扱いに差が出るというもの。加えて敵海軍の軍事力を鑑みれば、補給だって限られてくる。


 その時両者にどんな差が出てくるのか。自分たちが今持っているピカピカの拳銃や最新の小銃と、守備隊の現地兵が持っている旧式の小銃や鹵獲品を見て、トム軍曹は(そして現地兵の面々も)扱いの差というものを思い知る。



 そして。



 「我々には、退却命令が出ている」


 命にも、差はあった。




 トム軍曹は、しっかりと目を合わせて宣言した。それに対し、守備隊の指揮官は

「そう、ですか」

と返し、目を伏せる。


 「我々だけではない、まだここに到着していない連中も、まだまだここを通って半島から離脱する」

「……ならば、」

指揮官は、伏せた目を上げ、トム軍曹の目をしっかりと見据え、


 「ならば、それまではここを明け渡すわけにはいきませんね」



 「そう、だな」

トム軍曹も、指揮官の顔を見返す。未だ闘志尽きぬ指揮官の顔を、目を、まっすぐに見返す。


 「それまでは、共に戦いたい」

いつの間にか、トム軍曹と共に来た他の面々もすぐ近くに控えていた。彼らも一様に、守備隊の面々を見据えている。



 「……心強い!」

指揮官は、手を差し出す――握手を求める。トム軍曹も、離脱するニュージーランド兵たちを代表して手を握る。


 ……そして。



 丁度といったタイミングで、敵の方向から威勢のいい掛け声がかかり。銃座についている者たちも一斉に射撃を開始した。




 「聞いたな!ここを守るんだ!」

トム軍曹の部下たちは大声で『了解』と返す。既に守備隊指揮官も部下たちの元に戻っており、敵の様子を観察したり指示を出したり、人員の不足を補うため自らも小銃を手にして応戦したりしている。


 「彼らの間に入れ!」

ニュージーランド兵たちは一斉に散開し、丘の上部へと駆け上がり思い思いの位置へと陣取る。そして守備隊の現地兵と混じり、ひのくに軍への反撃を開始した。



 敵の突撃の規模は先刻よりも大きい。ジェイコブ一等兵が敵の追撃へ行ったっきり戻らないのは、次なる奇襲に備えて後方を監視している者と解釈。トム軍曹は、部下を信じている。


 部下たちが皆戦闘に混じったことを見届け――そして、目の前で倒れた現地兵の元へと駆ける。


 「ググッ…・…」

倒れた彼は痛みに耐えつつ、被弾した肩を抑え込んでいる。


 トム軍曹は彼の上半身を抱え、できるだけ早い足取りで安全そうな位置を探す。ちょうどよく、丘の中腹に平たくなった部分を発見。それなりに広く、既に数人の負傷者が運ばれていた。


 秋のある位置へと彼を運び、まずはそっと寝かせる。

「大丈夫か?」

「……はい、肩を掠っただけで……」


 とても掠ったじゃ済まない傷口を隠し、彼は強がりを口にする。



 「……あとは、任せてくれないか」

そう言い、彼の持っていた小銃――年季の入った、ニュージーランド陸軍の旧式銃――に手をかけ、負傷兵にできるだけ力強い声で尋ねる。


 「……・お願い、します」

意図を察した負傷兵は、トム軍曹の勇敢な言葉に従うことを選ぶ。銃を手渡し、弾薬を手渡し、最後に残していた手榴弾をも彼に託す。


 「手当くらいは、自分でできますんで」

そう言うが、周囲の負傷兵の手当てを見ても十分な応急手当てが受けられている様子はない。既に医薬品や包帯の類は尽きているらしく、破った軍服の切れ端等を使用して傷口を塞いでいる者が殆どだ。


 「……コレを使ってくれ」

トム軍曹は、腰に提げた袋の中から衛生キットを取り出す。官給品ではなく、彼が個人的に用意しているモノだ。内容物は最小限に抑えられているが、それでいて必要なものは一通り揃っている。フィリピン出撃が決まったタイミングで、個人的に備えていた大事な道具の一つである。



 負傷兵は一瞬断ろうとしたが、トム軍曹の目つきを見て考えを改める。


 「ありがとう、後は任せた」


 こうして、二人の物々交換は完了した。戦場の物々交換、殺すための武器と生きるための医薬品。逃げる者と残る者。”立場”など無関係に、お互いが必要なものを手にして。


 トム軍曹は、そのまま部下たちの元へと走った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ