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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
71/134

抵抗 1

 *   *   *




 戦闘開始からしばらくたった後。ひのくに軍の侵攻は留まるところを知らず、次の防衛線、また次の防衛線と次々に攻略していった。


 道中に出た犠牲者の数も多いが、圧倒的な勢いと士気の高さを前にして、ニュージーランド側はそれ以上の兵員と土地を喪失している。


 ニュージーランド軍やオーストラリア軍の指揮官に支えられた現地出身の兵員たち、職業軍人の指揮と土地勘に優れた戦闘要員。それをもってしても、戦局の不利を覆すことはできない。




 「思ったより厄介だな」

「……そうだな」

だけど、俺と勇田上等兵は――というか、恐らく戦場に立つ殆どのひのくに軍兵士は――そんな実感を得られない。


 味方の突撃隊に合流していくつもの防衛線や拠点を攻略していった俺達だが、先へ進めば進むほど、敵がどんどん手強くなっていくような感触を覚えている。


 そして現在、敵が拠点としている陣地の中で大規模な白兵戦の真っ最中だ。



 「侵略者どもめ!くたばれ!」

勇田上等兵に敵に銃剣が振りかざされる。勇田は慣れた様子でそれを躱し、カウンター気味に敵の胴体へ銃剣を突き刺す。


 「んぐ…」

敵は嗚咽を漏らし、一瞬動きを止める。見たところ、肺だか他の内臓だかを綺麗に貫いたようだ。


 だが。


 「くたばれぇ!」

それにも構わず、勇田の腹に向かって再び銃剣を突き付けようし、


 「……このッ!」

勇田は、瞬時に敵の体から銃剣を引き抜き、慌てて敵の攻撃を受け止める。


 「大丈夫か!?」

俺は俺で、別の敵兵と鍔迫り合いの真っ最中。だが耳に入る勇田の悪態から、彼が手強い敵と対峙していることは理解できた。



 「問題ねえ、目の前の敵に集中しろ!」

「わかった!」


 白兵戦というのは、とても騒がしいものだ。誰もが雄叫びや怒号を上げ、敵に対して威嚇しながら自らを奮い立たせている。ゆえに、味方とのやり取りもそれに負けないくらいの大声でこなす必要がある。


 数百人が入り乱れての白兵戦ともなると、それはもう収拾のつかないほどの大合唱の嵐となる。俺も、腹と咽喉を同時に振り絞るようにして大声を出している。



 「ここは俺たちの土地だ!出ていけ、死ね!!」

そして、今まさに格闘の最中である敵も大声を上げて威嚇してくる。敵兵の多くはこのあたり出身者であり、白人の血も引いていなさそうな顔つきだが、発する言語は基本的に英語である。


 「黙れ!」

 純粋な力比べでは勝てないと判断し、敵と鍔ぜり合う刃先に体重を乗せ、そこから跳ねるようにして後退。敵は逃がすまいと何度も駆け寄り銃剣の切っ先を振るうが、後退しつつ何とか凌いでいく。



 俺は、この戦闘中ずっと心に決めていることがあった。それは、敵を殺す理由や戦う理由を深く考えないってこと。


 『お前も、もっとハッキリと戦う理由を持ったほうが良いかもな。ただの恩返しとか、そういうのじゃなくてよ』


 それが分かるまで、俺はただ軍人としての基本的な責務に従うだけ。余計な感傷や情けの類は、全て死ぬ原因にしかならないと己に言い聞かせる。



 だから、例え敵が先祖代々受け継いできた土地を守るために戦っているのだとしても。或いは、大事な家族を守るために命を懸けているのだとしても。



 「関係、ねえんだよ!」

確かに敵は強い。守るべきものがあるから、それもすぐ近くにあるから、毎回譲れない戦いをしているわけだから。これまで戦ってきた白人の連中とは違うタイプの気概と覚悟を感じる。


 でも、


 「負けるわけにはいかないんだ!」

中高で習った柔道が、ここで初めて役に立った。体格は似た者同士、純粋な力は敵の方が上。ならば、技で勝負を仕掛けるしかない。


 一方的に体重を乗せて刃を突き立てる相手に対し、一瞬体重を斜め後ろに移す。敵の態勢がよろめくと同時に、敵の支え足を蹴り倒す。完全にバランスを崩した敵の体は、そのまま前のめりに倒れこんだ。



 ――勝った。


 倒れこんだ背中に、銃剣をブッ刺す。すぐに抜き、もう一か所、続けてもう一か所に刺す。それでも動きを止めないのを見た俺は、寝そべったままの敵のうなじを思い切り踏み抜いた。


 地面がクッションになったようだが、それでも『ゴキッ』て音が振動で伝わってくる。目の前の敵が死んだことを確認し、勇田の方を振り返ろうとして――



 ゴンッ


 頭に鈍く強い痛み、訳も分からないままその場に倒れる。



 薄れゆく意識の中、相変わらずの痛みと戦い続ける。あぁ、何かがぶつかったのか、それとも鈍器か何かでぶん殴られたんだろう――なんて、意外と回る頭で冷静に状況を把握する。


 それから、


 『刻峰!!』


 そう叫ぶ勇田上等兵の声が聞こえてきたところで、俺の意識は途切れた。




 *   *   *




 「急げ!」

守備する半島の最東部、唯一退路が残されたコントロールゾーン。そこも、今では激しい銃撃戦の真っ最中である。そしてその真っ只中を突破するという命懸けの試みに参加している者たちがいた。


 「早くしねえと……!」

駆ける、駆ける、駆ける。ギリギリのタイミングで下された退却命令に従うべく、トム軍曹率いる分隊も他のニュージーランド兵同様に東へと走っていた。



 「応戦しながらの退却だ、厳しい戦いになる」

「大丈夫、逃げるのは得意だ」

そんな軽口を叩きつつ、彼らの分隊は目的地――激戦区――の付近へと到着する。この地へ近づくにつれて銃声が大きくなるのが分かる、彼らは退却というよりむしろ攻撃に向かうような心地を感じていた。



 「守備している連中、かなり優秀みたいだな」

分隊員の一人、ウィルビン・ウッズマーク一等兵。身長2mを超える大柄で筋肉質な彼は、押され気味の戦場の様子と未だに敵の侵入を許さない半島右部の戦況を鑑みて率直な感想を漏らす。


 「あのあたりも、”この辺の連中”が守っているらしいが……」

ナーギィ・ストーティ上等兵。分隊長の次に人生経験の長い彼は、アジア系の友軍兵をあまり頼りにできないと考えている。体格も劣り、教育のレベルも劣り、食っているものも劣るはず。


 差別が云々という話ではなく、単純に同じ顔をした連中以外はどうしても同じ仲間には見えないのである。



 「……地形は、守備に向いているのだがな」

そう言いつつ、トム軍曹は微かな焦りを感じていた。彼は現状を、敬愛するオーストラリア軍の将校、ビリー中隊長が退却に失敗した時と重ねて考えている。


 有利と思われていた状況、敵が攻めあぐねていると思われていた状況、そんなときにビリー中隊長は大敗を喫し、あまつさえ身柄を敵に拘束されてしまったのだ。


 それゆえ、


 「だが、油断ならない。既に敵はその辺に潜んでいるかもしれない、注意しろ」

「了解!」

「了解!」


 警戒を怠ることなく。歩を進める。




 「……ん?」

道中、ジェイコブ一等兵が異変に気付く。守備隊の元に辿り着く少し前のポイント、丁度小川沿いに歩いている最中。

「足跡、だね」

イディーレ二等兵は気にも留めない様子で口にしたが、直後事の重大さに気づくこととなる。


 「……急ぐぞ!」

トム軍曹の号令で、全員が駆け足での移動を開始。防衛線の内側で発見された足跡、小川沿いのぬかるみの中にうっすらと残った足跡。


 ――真新しく、そしてニュージーランドやオーストラリア軍のブーツとは違う足跡。



 道中、別の分隊とも合流しつつ彼らは先を急ぐ。


 トム軍曹は、心の中で最悪のケースを想定する。敵の侵入を許し、防衛線が内側から破壊され、我が軍唯一の退路が断たれる可能性――。



 「間に合ってくれ……」

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