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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
68/134

侵攻 2

 *   *   *




 合計で三つの集落を回り、極力急い最前線へと向かう。狙いは敵の防御陣地、巨大な湖に突出した半島状のエリア。


 もはや孤立状態の敵。放置して敵の自滅を待つのもアリじゃないかと思えたけれど、水上からの補給で持ちこたえられる可能性や、敵の隠密活動の拠点になっては厄介ということから”虱潰し作戦”の標的となっている。


 「突撃―!!」


 俺たちが前線に到着すると同時に、味方による敵陣地への攻撃が開始された。




 既に敵は半島エリアに押し込められるような形で追い詰められていて、もう少し前線が敵側に移動すれば退路を断たれる状況になる。それ故、追い込めば追い込むほど敵は必死に抵抗し、それに伴って攻め側――俺たちの側、ひのくに軍の陣営――も犠牲者を増やしているという。


 俺たちが到着したのは半島右部分、未だに敵の退路が残されている側だ。


 敵は相変わらずの塹壕構築と簡易的なトーチカを揃えて迎え撃ち、そう簡単には突破を許さない状況となっている。


 ――だが。




 「敵も、あまり余力がないのだろうな」

嶺善班長の一言。俺も全く同じ感想を持った。


 敵の側から、機関銃の連射音が聞こえてこない。これまでは各所で機関銃の連射に苦しめられてきたが、ここでは連続した銃声が一切鳴り響いてこないのである。つまり敵は補給が滞っており、景気よく銃弾をばら撒くだけの余力がないのだと判断できる……はず。



 「でも、味方が攻め切れていないように見えますが」

「あぁ、ことごとく返り討ちにされているようだ」


 定期的に敵塹壕へ向かって百人規模の突撃が行われているが、敵塹壕から飛んでくる的確な射撃の前に半数近くが途中で倒れ、塹壕へ飛び込んでいった味方から陣地占領の合図は飛んでこない。


 突撃するたび、全滅しているというのだろうか……。



 「敵にとって、ここは最後の希望となり得るエリアだからの」

少し離れたところで、神吉さんがポツリと呟く。


 「ここを取られれば、いよいよ退路が断たれることとなる。敵にとっては現実的に生存できる唯一の逃げ道じゃ。ここを取られちゃならねえ、俺たちは半島全員の命を任されていると、そういう強烈な自負を持っているのだろうよ」


 俺たちは今、味方と敵の動きを傍観できる位置から、ちょっとした小高い丘の上から戦場を見下ろしている。その状況にに見合った態度で――呑気に煙草をふかしつつ、観戦者のような冷静な態度で――、神吉曹長は自分なりの分析結果を誰に受けるでもなく吐き出していく。


 「それに、奴らは現地民のようだしな」



 言われて目を凝らす。確かに、一部の白人部隊――軍服からしてニュージーランドの連中だろう――を除き、それ以外は殆どがアジア人の顔、先ほどの集落で尋問した連中と同じ系統の顔をしている。


 「故郷を守る兵は強い、と」

「そうとも、刻峰二等兵。わしらだって、ひのくに本土なら死に物狂いで守るさな」

確かに、全くその通り。



 「で、班長。どう攻めるね?」

老人の問いかけに、嶺善班長は暫し間をおいて、


 「いつも通り、だ」

とシンプルに答えた。




 ………。


 ……。


 …。




 丘を下り、森を抜け、最前線に近づいていく。そして、先ほど観察した戦場の様子と今見える目の前の光景とを加味して、最適な侵攻ルートが組み立てられていく。


 「各員、分かれて行動せよ。敵を分断する」




 今回は、皆自由に動くこととなった。俺は、基本的に敵と距離を取って戦う様に指示される。


 これは俺の戦力を小さく見積もってのことなのか、それとも戦力を正しく評価された結果なのか。……まぁ、普通兵隊ってのは個じゃなくて集団で動くものだし、軍隊は組織であるからこそ強い。俺以外の皆が異常って方が正しいのであるが……。


 迷ったら味方に付いて行けとの指示も出たので、俺は俺の思うように戦ってみようと思う。他のメンバーは、皆ある程度の動き方を頭に叩き込んだうえで勝手気ままに単独行動を開始していた。



 「……適切に行動、か」

どうしたものか。分からないので、とりあえず森を抜けて……


 「あ、」



 この班の戦い方の特長を思い出す。少人数、特技持ち沢山。少数で多数に対して効果的に被害を与える戦い方。


 頭の中で素早く判断がついた俺は、恐らく他のメンバーたちと同様の行動――できるだけ敵に気づかれないように、そっと敵の陣地内に接近する道――を選んだ。



 脳裏に浮かぶのは、俺が初めて兵士として戦った時のこと。戦うというか、コソコソ逃げ延びるような戦いではあったが。敵にとっては、的が少ないほど見つけにくい。お互いに場所が割れていれば当然多数側が有利ではあるが、そうならないように行動しさえすれば……。




 こうしている間にも、敵味方のぶつかる前線からは激しい銃撃戦の音が聞こえてくる。一体何人が死んで、何人が傷ついて、どれだけの成果がもたらされているのか。今の戦場を見ている限り、ここしばらくの戦いのような破竹の進撃はできていないらしい。



 「……このへん、かな」

茂みの中を這いつくばって進み、敵の第一線から少し離れた位置に到着する。いい感じの隠れ場所を見つけて攻撃の頃合いを見図ろうと……


 「よっ」

!?


 心臓が飛び出るかと思った。思わず銃口と共に声の方を向くと、見知った青年がそこにはいた。


 「おっと、悪い悪い。撃ってくれるな……?」


 「勇田……驚かすなよ」

班員随一の凄腕スナイパーこと勇田上等兵が、俺のすぐ近くで先行して待機していたらしい。


 「考えることは同じっと……お前も、良いセンスしてるぜ」

彼は珍しくライフルからスコープを外し、銃剣を装着した状態でアイアンサイトの調整を行っているらしい。俺がその光景に認めていると、『ここじゃ、近すぎてな』とニマッと笑う。



 「敵さんのドンパチやってる塹壕から二十メートルくらいか。こっからは後ろの敵が撃ち放題だ。いい景色だな」

「まぁ、確かに」

敵の塹壕は少々特殊な作りになっていて、単純に地面を掘るだけでなく、堀った土くれと他の資材を合わせて大きめの”壁”を構築している。塹壕というより、射撃用の斜面とでも言った方が適切かもしれない。


 敵、すなわち防衛直ぐ側は緩やかな斜面を作って応戦し、敵に向かっている側の斜面は角度を急にしている。そりゃ、正面からの突破は難しく見える。



 「ああいう作りにしていれば、万一あそこを攻略されても敵に利用されにくいってことかな」

「お前、本当色々考えてんな。台湾から帰ってくるときも思ったけどよ」

彼は、本当に感心してそうな表情で素直に賞賛する。


 「兵隊向きなのかもな……”不慣れ”はあるようだが」

直ぐに攻撃する意思はないのだろうか、いったん銃の構えを解き、しかしここから見える敵陣地に目を光らせながら、彼は雑談を持ち掛けてくる。



 「不慣れって、さっきの……」

「ん、それだ」

とても人殺しの話をしているのとは違う、まるで後輩にバットの振り方を教える優しい先輩みたいな口調に感じる。


 「俺たちはさ、ひのくに軍の目的達成のために動いている。別に、軍人ってのは敵を殺すことが目的じゃないし、銃を撃つことが目的なのでもない。あくまで戦力として戦う必要があるから、そうしているだけだ」

それはそうだと思う。仮に国にとっての脅威が敵国の軍隊ではなく怪獣か何かだとしたら、俺たち軍人の仕事は怪獣退治ってことになるんだろう。

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