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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
67/134

侵攻 1

*   *   *




 その後、似たような集落を二つほど回った。一か所は既に味方が立ち寄っていたらしく、敵兵の遺体と血の臭い、そして置き去りにされた友軍兵の遺体も放置されていた。


 きっと、敵がいないか確認している最中に不意を突かれたのだろう。敵の必死の、そして捨て身の抵抗による無残な敗北の証が、脳天を撃ち抜かれた仲間の亡骸としてそこに残っていて。敵の死体と味方の死体、数は大体同じくらいだろうか。


 「分かるか、刻峰。非情になれねば、お前もこうなる」

久々に聞く、嶺善班長の厳しい言葉。俺は何も言い返せず、ただただ死体の数々を目に焼き付ける。



 もしかして。というか、恐らく。


 嶺善班長、白楼上等兵、滝隅上等兵のような面々だけでなく。勇田上等兵や信濃原一等兵やみんなも、目的のためなら先刻のような手段を自ら選んだのだろうし、きっと今の俺以外はみんな同じような選択ができるだけの覚悟が備わっているのだろう。


 自国の勝利と、そして味方を生かすための選択。それが、どんなに非人道的で、残忍なものであったとしても……。




 二つ目の集落では、文句なく家々を焼き払った。潜伏する敵の抵抗を許さないだけでなく、後々敵に家屋を利用される事態を防ぐためでもあるという。俺も渡されたマッチで点火し、数人が立てこもる家屋を焼き尽くした。


 先ほどの体験を踏んだ俺は、もはや自分を責めることもなく。これは仕方ない、これが戦争なんだと己に語り掛け、敵の悲鳴も慟哭も、全て聞こえないふりをした。



 「そう、それでいい」

滝隅上等兵の言葉は、感心さえうかがわせるような声色である。まるで、生易しい人道精神を捨て去った俺が、今初めて一人前の兵隊――殺人マシーン――になったと認識し、それを祝福するかのようだ。


 こういう道を選んだのは俺、殺し方なんて関係ない。今までも銃剣で、銃で、この手で、人を殺してきた。今更何を迷うものがあるのかと、案外納得もできるものである。


 俺の中に残る大事そうな感覚が、少しづつ麻痺しているような。そんな気分だ。




そして、最後の家に到着。そこへ点火しようとしたとき、家の中から何かが飛び出してきた。あれは……布?真っ白な布を、棒切れに巻き付けたもの。



 ――白旗、降伏の証――。



 白旗を掲げた敵兵が数名、武器を持たず両手を掲げて家からゆっくりと出てきたのだ。彼らの顔を見て、俺はその意外な光景――いや、むしろ頭が回っていれば当然想定できる範疇の出来事――に驚いた。


 彼らの顔は、オーストラリアやニュージーランド人の者ではなく。衣服こそニュージーランド軍の軍服ではあるが、顔は完全にアジア人のそれである。背丈も雰囲気も、白人のそれとは大きく異なるように感じられた。


 現地の住民、それが占領国によって徴発されてきたってところだろうか。五名いるが、そのうちの悔しそうな表情、二人は沈んだ暗い表情、そして残りの一人は完全に脅え切ったような表情をしている。



 「……」

彼らは無言で、無抵抗の証と服従の態度を崩さず、銃を向け続ける俺たちに脅えながらもゆっくりと家を出てきて――数歩目のところで、一様に歩みを止めた。


 そして彼らの目の前に立ちはだかるのは、白楼上等兵。


 「他に、お仲間は?」

銃を向けたまま、無抵抗の彼らに質問する。


 「いや、これで全員だ」

彼らの先頭に立つ、一番年齢の高そうな兵が答える。


 「……そのまま、両手を頭の後ろに。座って」


 降伏してきた敵兵たちは、みな指示に従う。それから、短い尋問時の時間が始まった。



 「ここにいた目的は」

「他の集落にも敵がいたが、配置はどうなっているのか」

「住居や建物をどのように管理しているのか」

「知っている限りの仲間の位置を答えろ」

「食料や武器弾薬などの物資はどのように補給しているのか」


………。


……。


…。




 不思議と、彼ら自身の身元や情報は確かめることもせず、淡々と敵軍に関する質問を投げかける。それに対して彼らは誠実に、いたって正直に答えていた――ように、少なくとも俺にはそう見えた。


 全てを聞き終えたのち、


 「……十分」

その一言を皮切りに、残った敵兵に対する一斉射撃が開始された。



 あまりに急なことで俺は発砲し損ねたが、他の班員たちは――銃を持っていない信濃原一等兵と徳長軍曹以外の全員は――示し合わせたかのように無抵抗の彼らに銃撃を浴びせる。


 三秒と経たないうちに、そこには残虐な処刑の跡だけが残される結果となった。思ってたのと違い、そこらに血しぶきが飛び散るようなことはなく、ただただ項垂れるように転がるヒトの体だけがそこに横たわっている。




 「……えっ」

一瞬、目の前起こった出来事を理解できず。俺の口からは間抜けな声が漏れ出る。


 ――降伏した敵を、殺した……?


 無抵抗で無害な捕虜を、殺害した……?



 「お前の思考が分かるぞ、刻峰」

滝隅上等兵は、背中から俺に語り掛ける。呆気にとられたままの俺は、動けもしない。


 「降参した敵を死なせるなんて残酷だ、捕虜としての人道的扱いがどうたらって、そんなことを考えている」


 滝隅上等兵は、語りながら前へと歩み出る。そして敵兵の死体に近寄り、その死に顔を俺の方へと向ける。もはや光を失った両目は、不自然に上方向へと焦点を当てている。



 「人道?道徳?そいつはご立派な心掛けだがよ、現実を見ろ」

”現実”と称して死体を見せつける彼が、いったい何を言いたいのか。


 「さっきも言ったが、俺たちは少人数で行動している。こいつらを生かしたとして、どうする?その変異逃がして、俺らにもう一回銃を向けさせるか?それとも、貴重な班員とともに後方へと戻して戦力を損なってみるか?」


 「……」


 何も言えない。言えるはずがない。



 「こいつら、きっとこの辺りの住民だったんだろうよ。故郷を守るために侵略者と戦えって、向こうさんに焚きつけられたんだろ。自分たちの住居を燃やされ、故郷を踏みにじられ、終いに命まで奪われて哀れなこったな」


 「……さすがに、そういう言い方は」


 「戦場でキレイゴト抜かすな、誰の得にもなりやねえ」


 それから死体を手放し、今度は俺の顔にドアップで顔を近づけ――眼球の毛細血管がハッキリと認識できるくらい肉薄し――、ゆっくりと一文字一文字を噛みしめるようにしゃべり始める。



 「戦うってことはな。敵を殺すってことだ。殺すってのは、この世で最も残酷で人道から外れた行為だ。人道から最も外れた行為をしながら人道を気にしてりゃ、重大な過ちを犯すか、お前自身が矛盾に耐えられなくなる。そうなったとき、犠牲になるのはお前だけじゃない」


 『犠牲になるのはお前だけじゃない』、この言葉に耳が痛む。



 「……分かりました」


 頭の中にはモヤモヤが残るが、滝隅上等兵の言い分が100パーセント”正しい”ってことは理解できる。そりゃそうだ。戦争ってのは殺しが伴う。


 それなのに、殺しを躊躇えば。敢えて無用なリスクを背負うようなことがあっては……。




 俺はこの時、戦争の残酷さってやつを知った気分でいた。座学で学んだ、捕虜ってやつの定義に照らして『彼らは正式な捕虜でない、そもそも捕虜の取る取らないはこちらが選べること、然るに敵は殺されても文句は言えないのだ』と考えて……あくまでも、”殺す側”としての残酷さってことだけど。


 だけど、それはまだまだ序の口に過ぎなかったんだってことを、すぐ後の戦いの中で徐々に理解していくことになる。

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