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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
66/134

森に紛れて 4

 白楼上等兵が飛び出してから、特に銃声など聞こえてこない。黒桐伍長の言うことが正しければ、少なくとも撃たれたのは”俺達”じゃないはず。一応は安心感を覚えつつ、しかし油断はしないように外へと飛び出していく。



 そして、それはすぐ目に入った。少し離れた家屋の入り口に、勇田上等兵と神吉曹長がライフルを引っ提げて立っている。もう一人駆け付けた白楼上等兵は入り口に向かって銃口を突き付けており、『この家の中に何かがいる』ということが俺と黒桐伍長に理解される。


 ……あれ?この二人と行動していたもう一人は……?



 その疑問は一瞬で解決される。今度は家屋内から小さな嗚咽――本当に、俺に聞こえたのが不思議なくらい小さなもの――が漏れ、少し経つと中から滝隅上等兵が出てきた。


 その姿を確かめると白楼上等兵は銃を下ろし、

「敵が?」

と短く確認。

「あぁ、三人いた」

と、滝隅上等兵も短く答える。


 「あの、どういうことなんですか?」

歩いて近づく黒木伍長と対照的に、サッサと彼らの元へと駆け付けた俺は早速質問する。


 「……この家に踏み込んだ。中には三人いやがった。二人はサッサと撃ち殺して……」

「残った奴に尋問してきた。この近くの家に潜んでいる奴がまだいるらしい」

状況の説明を始めた勇田上等兵にかぶせて、半分遮るような形で滝隅上等兵は言う。


 「オマケに、その辺にも斥候がいるらしい。さっきの銃声で俺たちの居場所は割れてる。隠密行動もクソもあったもんじゃねえな。残念なことだ」

あまり残念さを感じさせない口調でそう続けつつ、滝隅上等兵は家の脇に置かれていた薪を数本手に取り、隣の家――まだ中を確認していない家屋――の前まで歩いていく。


 「……」

彼は無言で薪を玄関に放り、懐から小さな箱を取り出す。


 ……マッチ?



 そしてごく自然な動作でマッチを一本取り出し、火をつけ……そのまま、薪に火を放った。

丁度良く乾燥していたのだろう、薪は燃料としての役目を十分な勢いで果たし、数秒で建物へと引火してしまった。



 「……え?」

一瞬、理解が追い付かない。


 「黒桐伍長、刻峰二等兵、敵が出てきたら撃ち殺してくれ……神吉曹長、勇田上等兵、白楼上等兵、行くぞ」


 滝隅上等兵は、そのまま次の家屋へと向かう――俺たちがまだ探索していない、人が中にいるかもしれない家屋へ。



 「……あの」

思わず呼び止める。

「何だ?」

彼の行動の意味は俺にだって分かる。何かしらの脅威があるかもしれない家屋、それを最も簡単に、そして確実に制圧することができる手段……家屋ごと焼き払ってしまえば、それはいとも簡単に達成できてしまう。


 幸いにも、この付近の家屋には裏口などない。精々小窓があるくらいで、中にいる者が脱出できる手段は出入り口のドアしかないんだ。だったらここで待ち受けていれば、火の手と銃口とで家屋の完全包囲が完成できてしまう。


 ……しかし。



 「その、敵にも呼び掛けすれば諦めて降伏するのでは。何も焼き殺すなんて……」

俺の中にある、素朴で人道的な感覚からすれば。これは、さすがに残酷すぎる手法に思える。

「この家だって、もともとこの辺りに住んでいた人たちの者です。できるだけ損傷は避けた方が」

「刻峰二等兵」

割って入ったのは、滝隅上等兵……ではなく、白楼上等兵の声。


 「阿呆ですか?」


 分かりやすく罵られた。


 「……阿呆」

「はい、阿呆です。この家と味方の命と、どっちが大事なんですか?」

「……」

「時間がないのでお説教している暇はありません。とにかく、黒桐伍長とここを見張っていてください」

「……了解、です」



 「そもそもな、刻峰」

今度は、滝隅上等兵の声。


 「さっき尋問した敵兵も、その場で殺してきた。俺たちに捕虜を取る余裕などない。考えろ」


 

 俺と黒桐伍長以外の面々は他の家屋へと向かっていく。


 「……まぁ、あんまり気にするな。気持ちは分からなくもないよ。でも、これが我々の仕事だからね」

「……はい」




 離れた場所で探索していた嶺善班長達が駆けつけ、黒桐伍長が事の次第を説明する。その間、俺は家の入り口に銃口を向けつつ先ほどの二人の言葉を反芻していた。


 『この家と味方の命と、どっちが大事なんですか?』

『俺たちに捕虜を取る余裕などない。考えろ』



 しばらくで黒桐伍長の話が終わり、嶺善班長のグループももう一つのグループも散っていく。そして、探索済みでない家屋から次々と火の手が上がる。



 ……。


 確かに、このやり方は実に合理的であるように思える。敵にこちらの位置はバレている、ゆえに火の手や煙が上がったところで、今更気にする必要性も薄いだろう。それに、ここへ直ぐに来るような距離に敵がいないこともある程度確認できている。こちらは安全に、そして敵には致命的な結果を生む単純な作戦と言えるだろう。


 そして、捕虜が取れないんだってのもまた分かる話。俺たちは10人で行動しているし、このまま複数の集落を回った後更に敵と一戦交えることになっている。そんな中、もしかすると抵抗してくるかもしれない、またすぐ敵対行動を始めるかもしれない捕虜を取る理由は俺たちにない。そして、捕虜を管理できるだけの余裕もない。


 ……分かる。俺にも、それくらいは理解できるんだ。



 たとえそれが、ここの住民たちにとって最悪な行動であったとしても。戦意を喪失した敵兵にとって、悪夢のような結末であったとしても。



 目の前の家屋が業火に包まれる。それなりのサイズの建物ではあるが、入り口のあたりからジワジワと燃え始めた炎が内部にまで徐々に進行していく。


 「熱い!熱い!熱い!」


 突然、中から人の声がしてきた。どうやら、複数の人間――恐らくは敵兵――がこの中に潜んでいたらしい。途中で一発分の銃声が聞こえてきたが、黒桐伍長によれば敵の使っている拳銃の音であるらしく、恐らく死を覚悟した敵の一人が自決したものと解釈できた。


 残った声はやがて絶叫となり、俺たちはただ安全圏から敵兵の断末魔を最後まで聞き届ける結果となった。その悲痛な叫びは、きっと俺の中でこの先ずっと消えずに残るんだろう、と思う。



 「……死んだね。もう大丈夫だと思う」

「……えぇ」

黒桐伍長に次いで、俺も銃を下ろす。力なく保持しているに過ぎなかったライフルだが、それでも”命令”だけは順守していた。


 「他も似たような感じみたいだよ」


 言われるまでもなく、あちこちで火の手が上がっているのを確認できた。これだけ派手に燃やせるのも、事前の偵察と、そして付近を味方が進行しているという安心感の賜物である。そもそも“狼煙”と言われるくらい、煙というのは目に付く存在。遠くで防衛線に張っている敵からすれば、恐怖心と敵愾心をこの上なく掻き立てられる光景だろう。


 すこし遠くの燃え盛る家の方向から、数発の発砲音が聞こえてきた。恐らく家を出ようとして、そのまま殺されたのだろう。誰のいるグループかは分からないが……。



 「君、戦える?」

俺の顔を覗き込み、黒桐伍長が訪ねてくる。

「えぇ、問題、ありません」

客観的に問題ない顔色ではなかっただろうが、俺はそう答える。

「そっか」


 この人は、あんまり兵隊さんって感じがしない。躊躇いなく人を殺せるとか満足に戦えるとか、そういった要素でいえば勿論優秀な軍人なんだろうけれど。でも、なんというか……。



 「用は済んだし、行こうか」

「はい」


 そのまま、滝隅さんたちが向かった方に歩き出す黒桐伍長。俺は、燃え盛る炎に暫し目を奪われていた。

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