森に紛れて 3
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平和な国の学生って立場を捨ててからこれまで、ひたすら軍隊組織というものに関わってきてこれまで、俺はひたすらにただの一兵卒だった。刻峰班という特殊な戦闘部隊に配属されてからも、やはり歩兵として戦うって経験自体は多くの軍人と変わらない。
それでも、たった数か月の戦闘経験でこんなに”慣れる”ものなんだなって、不思議な気分だ。敵の目の色が分かるような距離で戦うことは少なくて、これまで何人の敵の死に関わってきたのかはよく分からない。
決まった時間に寝て、決まった時間に起きて。時には夜番に立ったり夜に侵攻するってこともあったけれど、おおむね軍人としての生活リズムも身に付いてきたように思える。入隊してから実戦配備されるまでの過程が特殊だっただけに、今更って感じもあるけれど。
戦場の歩き方にも慣れた。足元の罠や障害物に気を付けつつ、正面や横方向への警戒も怠らぬようにして進むんだ。なんとも気力の費やされる作業だけれど、一度敵の通った可能性のあるエリアにはそこら中に危険が潜んでいるって考えながら歩いてないと、些細なミスで命を失うこともある。
実際、手榴弾を使った簡易的な罠、針を落ち葉などで隠したブービートラップ、それに落とし穴のようなものまでいくつも確認されている。俺も何気なく移動しているときに光峰上等兵に指摘され、あと一歩のところで足にでっかい針が貫通するところだった。
……まだ、光峰上等兵のように罠を見抜くこともできないし、白楼上等兵のように静かに走ったりはできないけれど。それでも着実に”戦場に慣れつつある”と、嶺善班長も請け負ってくれている。
「今日は、ここ……湖の周辺一帯を攻めることになる。我々が向かうのはこのあたりだ」
班長自ら地図を示しながらのブリーフィング、例のごとく霧雨曹長は不在なため残りの全員で集まって今日の戦場についての説明を受けている。
「現在我々のいるのはここ……カロ―アン南部、そして、敵は南部に複数の拠点を構えている。敵にとっては逃げ場がない、かなりの抵抗が予想される。今までよりも厳しい戦いになると考えていいだろう」
確かに、班長の示すエリアは丁度巨大な湖に面したあたりで、敵がいるのは湖に面した半島状のエリア。文字通り『背水の陣』といったところで、陣取っている敵にしてみれば引くに引けない戦いってことになるはず。
「追い詰められた敵は、手強い。それに、途中いくつか現地の集落を回ることになる。一応、敵は民間人の避難くらい済ませているはずだが……」
そこで、嶺善班長は俺にちらりと目を遣る。その意図はよくわからないが……。
「戦い方は”いつも通り”に。さて、質問はあるか」
誰も、何も言わない。
「では、早速移動を開始する。行くぞ」
………。
……。
…。
今まで戦ってきたのは、森林地帯とちょっとした湿地帯がほとんど。考えてみれば、民家や集落のある場所なんて、とっくに味方が占領し終えたエリアで休息をとる以外の目的では立ち寄ったことすらない。
森を抜け、林道に沿って進み、敵地の内部内部へと侵攻していく。道中、敵の痕跡や罠の類は一つも見つからなかった。
どれくらい時間がたったか、遂に一つ目の集落に到着。木製の家、コンクリート製の家、色んな家が並んだ小規模な集落。恐らく、現地の住民が住んでいる……或いは”住んでいた”家であろう。
「……誰も、いないみたいですね」
率直に感想を述べる。俺達嶺善班員以外の人の気配を全く感じない。既に人は引き払っている、無人のエリアになっていると思って間違いないと、そう思える。決して豪奢でない、いかにもこの山林地帯にありそうな雰囲気の長閑な建物からは、家畜や人が出払っていても相応の生活館というか、そういうものを漂わせている。
「それはどうかな」
家々の様子を眺めつつ、光峰上等兵がつぶやく。
「まぁ……みすみす手付かずで残ってるってのは不気味だな」
勇田上等兵も、何かを察したような声でそれに応じる。そお口調に、きっと勇田上等兵は”何かある”って確信があるんだろうなと、そう思った。
……というか、たぶん俺以外の全員がこのエリアに”何か”の気配を察しているのだろう。誰も口を挟まないし、異論は一切出ない。
結局、10数棟の建物とその周辺を3,4人規模で分かれて捜索することになった。今回俺は白楼上等兵と黒桐伍長についていき、まずは一軒目の木造住宅に近寄っていく。
……なんというか、『東南アジアの山中にある小屋』ってまんまのイメージ。とはいえ多少は広く作ってあるようで、一応は人の住む住居って感じではある。
「……さて、どうしようか」
黒桐伍長は、見慣れぬ異国の家屋をじっくり眺めつつ場の主導権をさりげなく放棄。
「そう、ですね……」
この時俺は、一応敵地――というか係争地――にある建物であるということを薄く考えていた。普通に、知らない人の家の前に立った時と何ら変わりない心持で、やはりどうしたものかと考えを巡らせている。
俺と黒桐伍長の世数を察した白楼上等兵は、しばし入り口と建物の全体像を観察した後ひとり玄関近くへと移動し
「誰かいるなら返事を。しないなら殺します」
と、中に向かって大きめの声で語り掛ける。
……10秒待ったが、中からの返事はない。
「……気配も、ないですね。一応確認くらいはしておきましょう」
そう言って、白楼上等兵はまたもや一人先行する。続いて俺と黒桐伍長も中へ入るが、どうやら子の家には本当に誰もいないらしいことが分かった。
しかし。
「あ、これって」
視界に入ったのは、恐らくキッチンであろう部分の隅に落ちていた小さな欠片。既にみずみずしさは失われているが、恐らく野菜高だか山菜だかの欠片と思われる、緑色でシナシナになった葉。しかも、水分は抜けきっていない。
「ほう」
俺の声に気づいて近寄ってきた黒桐伍長は、俺の示した葉の欠片をまじまじと観察し
「このあたりでとれる山菜の一種だね」
と結論づけた。
……食材の欠片が、未だここに乾ききらず残っているという事実。それって、つまり。
「一日放置されてるかされてないかってところでしょうね」
更に後ろから、白楼上等兵の声がかかる。彼女が近くに来たってことに全く気付かなかったので、すこしびっくりしてしまう。
「……そんなこと、分かるんですか?」
動揺を隠しつつ、なんとなく口を出た言葉。
「えぇ。料理はそれなりにしますので」
逆に、俺の自炊機会が少ないことが露呈したような気がする……。
……ともかく。
「人が、ここにいたってことですね」
「昨日一昨日まで、ここの住人さんが残ってたとは考えにくいし……」
「いますよ、絶対」
その時。
ダンッダンッ
すぐ近くで、二連続の銃声が鳴った。
「!?」
緊急事態。誰だって、無意味にでっかい音を鳴らしたりはしない。俺達はここにいることを付近に潜んでいる(かもしれない)敵に居場所を悟られたくないし、その辺に潜んでいるであろう敵だって同じはず。
俺たちが個別に行動しているこのタイミングでの銃声、つまりは誰かが敵と接触したということ。
「やっぱり」
白楼上等兵は、またしても一人でサッサと外に飛び出していく。
「……二回とも、俺たちの銃と同じものだね。鹵獲品の心配はあるけど、まぁ後れを取るようなことはないでしょ」
黒桐伍長は落ち着いた様子でそう呟く。突然の出来事に心臓バクバクの俺や白楼さんとは違う、驚くほどのマイペースっぷり。
「とりあえず、出ようか」
「……はい!」




